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ジョン・カーペンターが継承する、恐怖と悲しみに満ちた
エレクトロニック・ミュージック

29 October 2021 | By Tsuyoshi Kizu

町が恐怖を期待するハロウィンの夜に、白いマスクをかぶり、ナイフを手に現れる大男。……言わずと知れたホラー・クラシック『ハロウィン』(1978)に登場するブギーマンのイメージはいまなお鮮烈だ。『13日の金曜日』シリーズのジェイソンや『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスらと並んでアイコニックな架空の殺人鬼だが、ブギーマン=マイケル・マイヤーズの場合、物悲しい旋律を携えていたことは存在としての悲劇性を際立たせていた。シンコペートするメロディが独特のリズム感覚を生み出す『ハロウィン』シリーズのテーマ曲には何か、恐怖とともに根源的な悲しさを喚起させる力がある。作曲したのは、オリジナル版『ハロウィン』の監督を務めたジョン・カーペンターだ。そして同曲は、オリジナル版の正式な続編にあたるデヴィッド・ゴードン・グリーン監督による『ハロウィン』(2018)がヒットを記録したのを契機に、現在進行形のものとして再び秋の夜の暗闇のなかで鳴っている。2018年版の『ハロウィン』、そしてその続編『ハロウィン KILLS』(2021)は監督こそグリーンに譲っているが、サウンドトラックはカーペンター自身が手がけているのである。

ジョン・カーペンターは、それこそジョージ・A・ロメロやトビー・フーパーらと並び称されるホラー映画界の巨匠だが――カーペンターのフィルモグラフィには『ハロウィン』以外にも『遊星からの物体X』(1982)や『ゼイリブ』(1988)といった傑作がある――、作品の多くで自ら音楽を手がけてきたことで個性的なキャリアを築いてきた人物だ。特筆すべきは、音楽教師をしていた父の影響でクラシックの素養もありつつ、初期からシンセサイザーを積極的に導入したことで先駆的なエレクトロニック・ミュージシャンとなった点である。ただ、カーペンターのミュージシャンとしての存在感が増したのはむしろ21世紀になってホラー・リヴァイヴァルとともに過去作のサウンドトラックが再発されてからで、たとえば2000年代以降のいわゆるシンセウェイヴは明確に80年代のカーペンターの仕事の影響にあることが指摘されているし、あるいは2010年代以降のホラー・ルネッサンス――挙げればキリがないが、ジョナサン・グレイザー『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013、音楽:ミカ・レヴィ)、デヴィッド・ロバート・ミッチェル『イット・フォローズ』(2014、音楽:ディザスターピース)、アリ・アスター『ヘレディタリー/継承』(2018、音楽:コリン・ステットソン)『ミッドサマー』(2019、音楽:ハクサン・クロークことボビー・ケリック)などなど――における音楽の重要性は、ある意味でカーペンターの遺産のもとで受け継がれているような感覚もある。また、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーやゾラ・ジーザス、ブランク・マスなどのいまをときめくエッジーなエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーたちも、カーペンターをはじめとするホラー・クラシック映画の音楽からの影響を公言している。

そのように音楽家としても再評価が著しいなか、カーペンターは2015年から「Lost Themes」と題した連作を発表している。現時点での3作――『Lost Themes』(2015)、『Lost Themes Ⅱ』(2016)、『Lost Themes Ⅲ: Alive After Death』(2021)はもちろんジョン・カーペンターのミュージシャンとしての側面を発揮したものだが、同時にコラボレーション作品でもある。参加しているのは息子コディ・カーペンターと、ジョン・カーペンターの名づけ子(!)でザ・キンクスのデイヴ・デイヴィスの息子(!)であるダニエル・デイヴィス。コディ・カーペンターは父の音楽教育を受けおもに映画音楽からキャリアを始め、ジャズやフュージョンも学んで多岐な活動をする音楽家であり、いっぽうのダニエル・デイヴィスはストーナー・ロックやハード・ロック界隈から映画音楽へと進出した個性派だ。そんな3人の音楽家の共作である「Lost Themes」シリーズは父カーペンターのシンセ・ミュージシャンとしての長年のキャリアを生かしたものでありつつ、ハード・ロックを思わせるラウドなギターやインダストリアル・リヴァイヴァルと同期する高圧的なビート、ノイズ、あるいは現代音楽からの反響も混ざった興味深い作風で、ある意味で2010年代におけるエクスペリメンタルなエレクトロニック・ミュージックの一角として聴くこともできる。〈Sacred Bones〉からのリリースというのも、じつに腑に落ちるものなのだ。

グリーン版の『ハロウィン』シリーズのサウンドトラックはこの3人によるチームで制作されており、音楽自体で成立する「Lost Themes」シリーズよりは当然映画に奉仕する内容ではあるものの、たしかに連続性を感じさせるものだ。ダークで不穏なムードを醸し続けるシンセサイザー音楽という点ではカーペンターの80年代の作品群と共通しているが、ビートやストリングスのタッチや21世紀のアンビエント/ドローンを意識した音響において今風にアップグレードされている。2018年版の『ハロウィン』は1978年版の『ハロウィン』の主要キャラクターだった女子高校生ローリー(ジェイミー・リー・カーティス)を主役とし、か弱い少女だった彼女を屈強な戦士へと変えることでジェンダー観を現代的に更新していた。だからそのサウンドトラックもまた、いまのエレクトロニック・ミュージックの質感に調整されているのである。いまや70歳を過ぎたレジェンドたるジョン・カーペンターが、息子世代の力を借りつつ現在もモダンなコンポーザーであろうとする姿には感嘆させられるものがある。

さて、新作の『ハロウィン KILLS』だが、前作でやっとの思いで息の根を止めたと思っていたブギーマン=マイケル・マイヤーズが死んでおらず、再び町の住民を殺害し始める……という、まあシリーズ2作目の定番のパターンの作品になっている。ただ興味深いのはブギーマンに対抗しようとする町人たちが集団心理によって暴徒化していく様が映画のハイライトになっている点で、ブギーマンは途中から、「人びとの恐怖を反映させた」概念のような存在になっていくのである。「そんなに風呂敷広げちゃって、次作はだいじょうぶ?」と思わなくもないが(3部作の完結編となる『ハロウィン ENDS』の制作がすでに決定している)、そうしたやや観念的なテーマが入ることで『ハロウィン』シリーズが元来持っていた物悲しさが前面に出ており、カーペンター・チームの音楽もそのニュアンスを醸すのに一役買っている。おどろおどろしいコーラスと重厚なシンセ・ベースが妖しさを演出する最新版のテーマ・トラックはもちろん、静謐でメランコリックなピアノの調べが耳に残る「Frank and Laurie」や、威圧感のある電子音がいくぶんスペイシーなシンセが重なる「It Needs To Die」などはとくに本作のムードを象徴する楽曲だろう。この世界に愛されることがなく殺人鬼となってしまった人間としてのブギーマンの悲しみが『ハロウィン』シリーズの底につねにあり、ジョン・カーペンターはそれを守り続けているのである。

今回の『ハロウィン』シリーズは3世代の女性たちがブギーマンと闘うことに象徴されるように、継承が主要なテーマのひとつとなっている。であるとすれば、その音楽もまた、命題としての継承を内包しているだろう。才気走ったエレクトロニック・ミュージシャンとしてのジョン・カーペンターの遺産がモダンなものとしてここで蘇りつつ、その実験精神はたしかに次世代に手渡されている。(木津毅)

Text By Tsuyoshi Kizu


『ハロウィン KILLS』

10月29日(金) TOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開

監督:ジョン・カーペンター
脚本:スコット・ティームズ、ダニー・マクブライド、デヴィッド・ゴードン・グリーン
音楽:ジョン・カーペンター、コーディ・カーペンター、ダニエル・デイヴィス
出演:ジェイミー・リー・カーティス、ジュディ・グリア、アンディ・マティチャック、ウィル・パットン、トーマス・マン、アンソニー・マイケル・ホール
配給:パルコ
© UNIVERSAL STUDIOS

公式サイト


JOHN CARPENTER, CODY CARPENTER AND DANIEL DAVIES

HALLOWEEN KILLS: ORIGINAL MOTION PICTURE SOUNDTRACK

LABEL : BIG NOTHING
RELEASE DATE : 2021.10.22


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