「当時の日本のテレビ番組を見ると『未来』が映し出されている」
Ginger Root『シンバングミ』インタヴュー
南カリフォルニア在住のアーティスト=キャメロン・ルーによるプロジェクト「Ginger Root」が、前作から4年ぶりとなるサード・アルバム『シンバングミ』を明日9月13日に世界同時リリースする。
架空のメディア複合企業「ジンジャー・ルート・プロダクション」を舞台に繰り広げられるコンセプト・アルバムである本作では、かねてより日本の1980年代のポップ・カルチャーを愛する彼ならではの、親しみやすくもハイコンテクストな独自のエンターテイメント世界が、過去最もバラエティに富んだ形で展開されている。ソウルやファンク、ディスコからニューウェイヴ、シティポップやアイドルポップスまで、様々な音楽の意匠を巧みに取り込みながら、紛れもない「2024年感覚」でメイクアップしたその内容は、ほとんど短編映画というべきハイクオリティぶりを見せる一連のビデオ・クリップとともに、これまで以上に幅広いリスナーへとアピールすることだろう。
アルバムリリースを控え、「ジンジャー・ルート・プロダクション」の制作作業のために来日したキャメロン・ルーに話を訊いた。
(インタヴュー・文/柴崎祐二 写真/中野道)
Interview with Ginger Root(Cameron Lew)
──まずは、名門レーベル《Ghostly International》との契約に至った経緯を教えていただけますか?
Cameron Lew(以下、C):他のレーベルとも何度かミーティングをしたんですが、《Ghostly International》は僕の音楽を一番よく理解してくれていたんです。僕の表現を、「商品」ではなくてあくまで「作品」として見てくれていて。レコード会社のスタッフと話しているというよりも本当にただの友達みたいな雰囲気で、みんなすごくいいヤツばかりです(笑)。
──そういう雰囲気も反映しているのか、アルバム全体が以前よりも更に楽しげというか、目指そうとしている音のヴィジョンがくっきりして、スケール感もグッと増した印象を受けました。
C:それは嬉しい感想ですね。機材や楽器はほぼこれまでと同じなんですが、ちょっとだけレコーディングの技術の面でも成長したと思います(笑)。曲作りの段階でも、自分の耳の感覚に自信が持てるようになってきたというのもありますね。そのおかげで判断がシャープになりました。
──全体的に、よりグルーヴ志向になっているようにも感じました。
C:グルーヴに関しては、ファンクとかソウルとか、昔からそういう音楽が大好きだったんですが、そういう部分も今回はレベルアップできたと思います。僕は元々ギタリストだったんですけど、高校の軽音楽部でベースを担当する人がいなくて、たまたま僕がやることになって。結果的に、それがとてもいい経験になりましたね。それをきっかけに、ベースとドラムというリズムの骨組みが一番大事だなと思えるようになったんです。あとは、単純に寂しい曲が好きじゃないから、ハッピーでグルーヴィーな曲ばかり作ってしまうんです(笑)。
──コンセプトメイクの特異さも相変わらず興味深いです。前作は1980年代前半の日本が舞台となっていましたが、今回はそこから更に数年進めて1987年に設定されています。これにはどんな意図があるんでしょうか?
C:前回のエピソードから4年後にしたら、そこに色々なドラマがあることを想像しやすいんじゃないかと思ったんです(笑)。実際に、前作では「10番テレビ」の契約社員だった僕が、今回はそこを解雇されて、新しい会社「ジンジャー・ルート・プロダクション」を立ち上げるというドラマが展開されています。
──1980年代前半から1980年代後半へ移行する中で電子楽器の飛躍的な進化があって、MIDIとか、デジタルシンセサイザーの技術が浸透するじゃないですか。そういうサウンドの移行感がちゃんと表現されていると感じました。
C:ああ、そう言われてみると確かにそうかもしれないですね。サウンド全体にデジタル感が増しているというのはあるかもしれないです。
──僕は1983年生まれなので、アルバムに収録されているテレビCMっぽいスキットにも、「まさにあの当時の雰囲気だな〜」と郷愁を掻き立てられました。そもそも、こういうものをどうやって知ったんですか?
C:やっぱりYouTubeの存在が大きいですね。とはいえ、ここまでうまく再現できたのは、参加してくれたナレーターの皆さんの力が大きいです(笑)。レコードのA面とB面という構成を意識して、その間にCM的なものが入るようにしたかったんです。
──現代のアメリカのアーティストの目に、当時の日本のテレビ番組とかエンターテイメント系のコンテンツがどんな風に写っているのかというのも、とても興味深いです。
C:なんというか、今のエンターテイメントにはない豪華な雰囲気を感じるんです。当時の日本のテレビ番組を見ると、「未来」が映し出されているように感じます。その点、今現在の主流のエンターテイメントっていうのは、なによりも「今」にフォーカスされ過ぎている気がして。たとえばあの当時の『ザ・ベストテン』の舞台とか美術って、アメリカのテレビではありえないくらいキラキラしているように見えるんです。毎回新しいセットを作って、壊して、また作って…みたいなことが成立していたということ自体に大きな興味があるんです。
──タレントの衣装にも独特のきらびやかさがありますしね。
C:そうそう。僕の住んでいるハンティントン・ビーチという街には、高校の頃にもほとんどアジア系の友達がいなくて、アジア人が独自のエンターテイメントを作るっていう発想自体がなかったんですが、YouTubeで日本の昔のテレビを見て、「アジア人にもこういう世界が作れるんだ!」と驚いたのを覚えています。
──香港の古い映画とかもお好きですか?
C:大好きですねえ。1970年代〜1980年代のジャッキー・チェンの映画とか、思いっきりその時代独特の雰囲気があるじゃないですか。ありえないような映像に「えー、なにこれ!」って思いながらもどんどんハマってしまって。
──当時のアイドルにしても俳優にしても、テレビ、映画、音楽、雑誌、グッズとか、メディアミックス的な活動を盛んにしていたというのも一つの特徴だったと思うんです。「ジンジャー・ルート・プロダクション」というメディア複合企業のコンセプトにも、やはりそういう文化へオマージュを捧げる意識があるんでしょうか?
C:その部分は特に意識はしていなかったんですが、僕自身、ミュージシャンとして音楽だけやるのは物足りなくて、すぐに飽きちゃうんですよね。曲も作って、映像も作って、自分でそれに出演して、グッズをデザインして……っていう風に色々な活動をするのが好きなんです。アーティストの生活を一つの型に押し込めるんじゃなくて、そういう多彩なルーティーンの元に創作を行えたらもっと楽しくなるんじゃないかなと思っていて。
──それこそ、キャメロンさんが大ファンだというYMOなんて、まさにそういうメディアミックス的な活動を繰り広げていたわけですものね。
C:そうですよね。
──昨年は、細野晴臣さんのラジオ(Inter-FM『Daisy Holiday!』2023年4月16日放送分)にゲスト出演されていましたけど、改めてどんな体験でしたか?
C:緊張で死ぬかと思いました……(笑)。けど、すごくいい経験でした。
──細野さんの音楽は、今作に影響を与えていたりもしますか?
C:「Kaze」という曲は、まさに細野さんからの影響で作ったものですね。ティン・パン・アレー時代のサウンドや、トロピカル路線のアルバムから刺激を受けて、スティール・パンを入れてみたり。この曲は歌詞も日本語なんですが、言葉の響きの面からもあの時期の細野さんの曲のような雰囲気が一番フィットするなと思って作りました。
──ここからは少し大きなテーマの話に移らせて下さい。今回のアルバムに限らず、Ginger Rootの作品には「ノスタルジア」が重要なモチーフとして存在するように思うんですが、作品の中で扱っている様々なカルチャーは、年代からしても、実際にキャメロンさんが体験したものではないわけですよね。
C:そうですね、はい。
──自らの記憶と結びついているわけではないそうした過去のカルチャーに、なぜそれほどまでに惹かれるんでしょうか?
C:今の時代、「なんとなく昔のものが好き」というのは、アメリカだけに限らず同世代の人たちに共通する気持ちなんじゃないかと思います。車とか、音楽とか、ファッションとか、カメラみたいな機械も含めて、今は大体のものが似たようなフォルムになっていて、昔に比べて味わいがなくなってしまっているような気がするんです。だからこそ、個性豊かな1970〜80年代のモノに惹かれているんだと思います。
──あの時代のモノのほうが、現在の「製品」よりもポジティヴなヴァイブスを感じるということですかね?
C:そうですね。コロナ禍の頃が特にそうでしたけど、今の世界は、未来に対して素直に希望を持つのがなかなか難しいと思うんです。だからこそ、日本の昭和時代のコンテンツを見ると、そこに希望が溢れているように感じられて元気になれるんです。今の世界に疲れてしまってちょっと休憩したいと思ったときにふと「戻ることのできる時代」が1970年代〜1980年代なんだと思います。そういう時代のカルチャーやモノというのは、リアルタイムに経験していた人にとっては、「そういうのもあったね」という懐かしさを感じる対象だと思うんですが、僕たちの世代にとっては、全部が新鮮に感じるんですよね。なぜなら、過去に見たことがないわけですから。
──Giger Rootの映像作品も、内容はもちろん画質の面からもそういうレトロな感覚にあふれていますよね。ああいったローファイな質感まで再現するのはどういった理由からなんでしょうか?
C:たとえばハリウッド映画にしてもそうですが、今の時代の映像のキラキラした質感だと、かえって「壁」があるように感じてしまうんです。その点、ローファイな映像は友達感覚というか、フレンドリーな敷居の低さがあるように思っていて。アーティストと、それを見てくれる人の関係をとても親密なものにしてくれると思うんです。
──過去のカルチャーをシュミレートしていくというスタンスを含めて、以前のEP『Nisemono』(2022年)のタイトルにもなっていた通り、Ginger Rootの活動にとっては「ニセモノ」=イミテーションであることが重要なイメージの一つになっていると思うんですが、その点についてはどう考えていますか?
C:もともと、「Loretta」という曲が偶然バズって、ファンの人達が次の作品に大きな期待を寄せてくれるようになったんですが、「ちゃんと期待に応えられるものを作れるのかな」と、かえってすごく不安になってしまったんです。そこで、キャメロン・ルーという僕個人ではなくて、僕の「ニセモノ」を作ってしまえばいいんだと思ったんですよ。
──もうひとつの「ペルソナ」を作ってしまえ、と?
C:そうですね。以前から、例えばトッド・ラングレンとか、エレクトリック・ライト・オーケストラ、The B52’s、ディーヴォ等の大ファンなので、そういうアーティストやバンドの創作的な世界観にも影響を受けているのかなと思います。一方で、Ginger Rootの場合は完全に作られたキャラクターというわけでもなく、あくまで僕個人を映し出しているものでもあって。Ginger Rootというクルマを僕個人が「運転」しているっていうのが実感に近いですね。
──キャメロンさんは現在LAを拠点に活動されているわけですが、そういった環境の中で、東洋にルーツをもつミュージシャンとして自分のアイデンティティをどのように捉えているのでしょうか?
C:それはなかなか難しい質問ですね。少し前にそのことで悩んだりもしたんですが……結局は「僕は僕でしかない」という感覚もあって。そもそも、僕の活動は人から見るととても不思議に写ると思うんですよ。中国系のアメリカ人なんだけど、中国語をしゃべることはできずに、過去のコンテンツで勉強した結果日本語はできるっていう……(笑)。そういう人が周りにあまりいないから、「僕はこういうアイデンティティを持っている人間だ」と簡単に決められるわけじゃなくて……。
──ある意味で、グローバルな時代ゆえの複層的なアイデンティティの意識がある、ということなんでしょうか。それってもしかすると、世界中でGinger Rootの作品を聴けたり、過去の異国の映像に即座に触れられるようになった現代のメディア環境とも深く関連したあり方なのかもしれないですね。
C:事実、そういう「定まっていない感じ」は自分としてもありがたいなと思うことも多くて(笑)。日本にいるときは日本のポップ・カルチャーを知っていて日本語も喋れるからコミュニケーションしやすいし、アメリカに返ったら返ったで、またアメリカ人に戻るような感覚があって……なんというか、アイデンティティにバラエティがある感じがするんです。それは自分が好きな音楽も一緒で、ニューウェイヴも好きだし、シティポップも好きだし、ビートルズも好きだし、色んなのをミックスしたのが自分のミュージック・センスであるように、「日本に滞在している中国系のアメリカ人」こそが、今ここにいる「僕」という存在だと思うんです。
<了>
Text By Yuji Shibasaki
Photo By Michi Nakano
Ginger Root
『SHINBANGUMI』
LABEL : Ghostly International / Big Nothing
RELEASE DATE : 2024.9.13
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