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【From My Bookshelf】
Vol. 42 『日本音楽の構造』
中村明一(著)
日本音楽の独自性を解き明かす必携の一冊

09 January 2025 | By yorosz

「日本音楽」、読んで字の如く、私たちが暮らす国の音楽を指すこの言葉は、しかしながら西洋化の影響が顕著な現代にあっては、その実像が認識し難いものとなっているのではないだろうか。

J-POPなどの現代的な大衆音楽を一旦離れて、「日本音楽」なるものを思い浮かべる場合、各地方に根付いた民衆のものとしての「民謡」、日本における宮廷音楽といえる「雅楽」、そして和楽器を用いた表現形態として能や狂言などが(音楽という括りに収めてしまっていいものかという戸惑いを伴いながら)挙げられるところではあるだろうが、これらについてもそのイメージやサウンドを断片的に思い浮かべることはできるものの、身近なものとして感じられる人は少数というのが実情であろう。そんな状況への危機感も要因となって執筆されたのが、尺八奏者/作曲家としても活動する中村明一氏による『日本音楽の構造』である。

本書は様々な形態へと枝分かれした「日本音楽」の特性を、倍音(整数次倍音と非整数次倍音)や音楽の言語性、間やリズムの自由性などに見出し、その在り方を西洋音楽と比較しながら把握したうえで、それらの特性の根幹に潜む日本の環境特性や生活様式が生んだ独特な呼吸法「密息」の重要性に触れる第一章、用いられる楽器の構造/音響的特性と、神楽、雅楽、説教節、浄瑠璃、尺八音楽などの多種多様な種目を取り上げながらその歴史的な位置と音楽的特徴を詳らかにする具体的かつ分解的な第二章、そして社会学や先端科学などの他分野の視点を借りながら、現代の日本における社会状況と「日本音楽」の関わり方を映し出し、これからを検討する第三章で構成されている(密息と倍音、音階などについては付論にてより詳細な解説もなされている)。

圧巻なのはやはり第一章だろう。「日本音楽」が(西洋音楽において発達した狭義の)和声に乏しいことや、間やリズムの自由性を重要視するものであることは筆者も感覚的に理解してはいたものの、本書ではそれらが「日本音楽」の持つその他の特性(例えば音響/音楽/言語の不可分性であったり、非整数次倍音の重用など)と密接に関わり合いながら育まれてきたものであることが、「密息」の存在を地盤としながら立体的に明かされていく。和声と倍音、音量の扱いなど、様々な論点において西洋音楽との比較を用いてマッピングを試みる点については、あくまで「比較的そのような傾向がある*」という程度のものと留意して読む必要はあるかと思うが、皮肉なことに、この比較があるおかげで日本音楽の特性が(日本音楽に対する身近さを失いつつある私たちにとっても)ビビッドに、ある意味では「わかりやすく」表れることは確かだ。

*例えば非整数次倍音は西洋音楽において日本音楽ほど重用されず、なるだけそれを省くように発達してきた面はあるものの、決して存在しないものではない。

また、第二章では日本音楽という広大な領域の中から、様々な種目がその成立過程や音楽的特徴と共に列挙されるため、実際にこういった音楽に触れていく際には大きな手助けとなってくれるだろう。各種目の代表的な音楽家や、それに触れられる地域や場所、参考となるCDやDVDが掲載されてることも非常に実際的であり親切だ。個人的には、雅楽に対して以前から感じていた(他の日本音楽とも明らかに異なる類の)異様さの要因がここから見出せたこと、浄瑠璃の種目としての厚み、そして尺八音楽の音響の機微の深淵さに触れられたことが大きな収穫であった。加えてこの章では楽器や発声についても具体的な構造や特性の解説が続き、その内容は日本音楽以外(例えば西洋音楽)の楽器などを演奏される方にとっても、大変興味深いものだろう。特に三味線のサワリが、調律の種類によってそれが機能する位置を変え、音階上のどの音に重要さを持たせるかといういわば節の形成に密接に関わってるという事実は、日本音楽の価値観を見事に映し出す仕組みに思え、一際印象的であった。また、この章では、桑田佳祐や椎名林檎、松任谷由実、星野源などJ-POPのアーティストの歌声を日本音楽の様々な種目に結び付けながら特徴付けてみせる独自の視点も披露されており、これはJ-POPの捉え方としてユニークなものだろう。

そして第三章では、現在の日本の社会状況と日本音楽の置かれている現状を関連付け、社会学や哲学、先端科学の動向とも結びつけながらその問題点に迫っていく。特に最後に示される「ダブル・バインド」という観点は、そこで例に出される日本語で演じられるミュージカルが醸し出す「可笑しさ」についての解説が筆者にとって膝を打つものであったため、一際重要に思えた。

筆者自身まだまだ日本音楽特有の価値観や、各種目の在り方、その魅力について実感を持って浸れているわけではないが、少なくともそれらへの近寄りがたさを解きほぐすものとして、本書は専門性とわかりやすさをバランスよく備えた、大変貴重かつ優れたものであった。西洋音楽が発展させてきた要素、それによって組み立てられた音楽が身近なものとなって久しい現代の私たちにとって、日本音楽の存在は根源的なものとしても、オルタナティブなものとしても立ち表れ得る、可能性に満ちたものであるはずだ。本書が明かしてくれる要素、特性の数々は、きっと多くの人にとって、その可能性に満ちた領域への具体的な道標となるだろう。(よろすず)

Text By yorosz


『日本音楽の構造』

著者 : 中村明一
出版社 : アルテスパブリッシング
発売日 : 2024.3.25
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