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【From My Bookshelf】
Vol. 40 『成功したオタク日記』
オ・セヨン(著)桑畑優香(訳)
「愛するのをやめるのはもっと難しい」オタクによるオタクのための癒しと連帯のドキュメンタリー

28 November 2024 | By Yo Kurokawa

書籍『成功したオタク日記』と映画『成功したオタク』は、双子のような関係だ。弱冠22歳の新進映像作家オ・セヨンが撮影の過程で綴っていた当時の日記や、映画ではカットされた部分も含むインタヴューの文字起こしなど、映画にまつわる様々なテキストをまとめた全記録である。

映画のキャッチコピーはこうだ──「ある日、『推し』が犯罪者になった」。ジャンル問わず「芸能人」を熱烈に応援している/いた経験があれば、このコピーを見て素通りできる人はそう多くないだろう。私もその一人だった。

中学生のころから、とある男性K-POPスターの熱狂的ファンだったセヨン。本人から認知され、テレビ共演まで果たしたいわゆる「成功したオタク」だった彼女は、推しの性加害報道で突然「犯罪者のファン」になってしまった。わたしたちは、どうすればいいんだろう──そんな怒りと、苦悩と、煩悶から出発しているドキュメンタリー作品である。もしこの映画を物足りなく感じる人がいるとすれば、提示される視点が一面的で自己中心的に見えることが原因かもしれない。しかし書籍を読めば、これが行き過ぎた推し活文化に多面的に切り込む社会派ドキュメンタリーではなく、一人の女性が傷ついた自らの過去を受容し、連帯により癒しを得ていく過程の赤裸々かつ誠実な記録であることは明らかだ。

二次加害の危険性や報道後も盲目的に推し続けるファンなど、この性暴力事件自体を取り巻く様々な要素を認識しつつも、どう「映画」として作り上げるべきか。「女性と若者、アイドルファンに限定された現象ではなく、わたしたちの社会における偶像化とは、一体何なのか。わたしは(ゆがんだ)偶像化について、ファンダム現象について語りたいのだ。あの人を起点とする悩みが、たんなる怒りで終わらないように」。監督自身が映画のテーマそのものである状態で、被写体からどう距離を取って何を見つめるべきか。「映画をつくるのは、難しくて苦しい。……わたしは自分の苦しみを見せびらかしたいのだろうか。……勇ましく撮りはじめた映画は、私の感情の波にのまれて転覆しそうだ。ハハ」。悩み続ける監督が日記につづるユーモラスで率直な言葉の数々と、そこに覗く彼女の思慮深さ。書籍は映画から零れ落ちた監督の思考の断片をすくいあげ、「成功したオタク」という映画を補完しつつさらに魅力的な作品にしている。

本書の中でオ・セヨン監督は、ファン心理について「愛というにはあいまいで、応援というには執着に近く、信心というには宗教ともまた異なる何か。奇妙で奇怪な心」と書いている。盲目的な愛のような何か。一方的な理想化と熱狂。何事もほどほどがいい、というのは簡単だ。確かにそのとおりだろう。推しに対して、かけがえのない自分の感情と時間という人生の一部を費やし、同一化させていく行いは、やっぱりちょっと尋常ではないのかもしれない。映画を一本撮り切るエネルギーまで生んでしまうのだから。「誰かを全力で愛することは難しい。愛するのをやめるのはもっと難しい」という監督の言葉が胸に突き刺さる。それでも、「愛することは世界を広げる経験だ」という一節も、信じてみたい気がするのだ。(Yo Kurokawa)

Text By Yo Kurokawa


『成功したオタク日記』

著者 : オ・セヨン
翻訳 : 桑畑優香
出版社 : すばる舎
発売日 : 2024.7.3
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