【From My Bookshelf】
Vol. 38
『日韓ポピュラー音楽史:歌謡曲からK-POPの時代まで』
金成玟(著)
そういうことだったのか!
日韓ポピュラー音楽史の実態を描写した書
本書は、日本と韓国のポピュラー音楽を時系列に観察しながら、時に東アジアやアメリカまでもスコープを拡大し、その関係性における実態を明らかにする。
と書いてみたものの、こういった題材について論じる際、納得性高い「実態」をあぶり出すのは難しい。この書籍においても、65年の日韓国交正常化から98年以降の日本大衆文化開放に至るまで日韓の文化に大きな影響を与えた社会的出来事が論じられていくが、本来それだけでは社会論の域を出ない。一方、セールスやサウンド傾向といった音楽の話題だけに閉じていても、議論は本質に迫らない。本書がすばらしいのは、社会と音楽の双方を行き来しながら、そこから見出せるリアルな実態を「物語」として描いていく点である。ゆえに、事実の羅列による無味乾燥な通史にはなっていないし、狭い領域を窮屈に語っている印象もない。両者を練り上げながら、「そういうことだったのか!」とストンと腑に落ちるような説明を展開することで、「実態」がありありと迫ってくるのである。
例えば、第6章の「東アジアの文化権力を変えるK-POP」では、韓国型アイドルが誕生した背景を深い洞察のもと論じる。90年代のJ-POPが東アジアの音楽シーンの中心にあった中で、ヒップホップ/ラップへの反応が薄かったこと、それまで強みだった異種混淆への積極性が失われ始めたことなどを挙げながら、韓国型アイドルのプロトタイプが形成される流れを対比的に論じるくだりは非常に刺激的だ。日本型アイドルが「安定的であるが拡張性に欠ける」存在であり、韓国型アイドルが「拡張的であるが安定性に欠ける」というのは鋭い指摘だろう。そこでは、「70年代に日本がポスト戦後社会に突入する過程で生じた日本とアジアのあいだの認識と感情のズレが、90年代に今度はアジアがポスト戦後社会に突入するなかで、なお再生産されることになったのである」として、そのズレがJ-POPの求心力の低下につながっていったことを示唆する。同様に、日韓の歴史的文脈のうえで構築された「禁止」のメカニズムが「グローバル化」とともに解体されていった、その象徴的存在がX JAPANだったと論じられる第5章もスリリングだ。
最終章では「2010年代の日本におけるK-POPの受容は、単なる消費ではなく、むしろK-POPというプラットフォームへの参加だったのである。こうした観点から見ると、嫌韓vs韓流という図式はそもそも成立しない。この二項対立的な構図はナショナリズムに基づいた幻想にすぎず、資本と欲望が集まるプラットフォームのメカニズムとはかけ離れている」という記述がある。そこには、日韓の関係性を精緻に観察しながらも、ポピュラーミュージックのマーケット感覚を見誤らない著者の冷静な視点が見えるようだ。XGやimaseなど2020年代の状況にも言及しつつ結ばれる本書だが、海外におけるJ-POPの流通に大きな変化があらわれている現在だからこそ、参照されるべき書籍だろう。本書の歴史・文化への慧眼は、むしろ今後の未来予測にも役立つに違いない。(つやちゃん)
Text By Tsuyachan
『日韓ポピュラー音楽史:歌謡曲からK-POPの時代まで』
著者 : 金成玟
出版社 : 慶應義塾大学出版会
発売日 : 2024年1月24日
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