【From My Bookshelf】
Vol.8
『音楽のはたらき』
デヴィッド・バーン(著)野中モモ(訳)
音楽の外側へ
──デヴィッド・バーンがパンクのアティチュードでいざなうところ
隠されていたものを白日のもとに晒し、捉え直すこと──デイヴィッド・バーンの活動をいささか乱暴に一言で説明するなら、この本もまた、そのように形容することができる。実用書でも自伝とも異なる、その狭間にある、読む人によって、そして読むタイミングによって、様々な示唆を与えてくれる本だ。読む人の数だけ、面白いと感じるポイントが異なるだろうし、それだけ広範な情報がまとめられている。それでもあえて便宜的にわけるならば、〈建築と音楽の関係〉〈彼自身の音楽遍歴〉〈これからの音楽家たちへ提言〉という大きな括りをつけることができるかもしれないが、それぞれの内容は絡み合い、作用しあいながら進んでいく。
そもそも、なかでも触れられている通り、この日本語版の底本となっているペーパーバック版は、2012年のハードカバー版刊行のあと、バーンが各地で行った公演や読者からの反応、手応えをもって増補されている。よって、バーンが続けているプレイリスト『David Byrne Radio』のように、これからもアクチュアルに更新され続けていってほしいし、クタクタになるまで読まれ続け、そこからまた新しい音楽が生まれる、というのがふさわしい読まれ方なのではないかと感じる。もちろん精読してもらってもいいのだけれど、折に触れてパラパラとめくってもらうだけでも、知的好奇心を十分満足させてくれる。
さきほどの3つの項目を語るうえで繰り返し登場し重要視するのが、パンク、ダンス・ミュージックの肉体性、そして音楽が鳴る場(ヴェニュー)である。その3つが重なり合う場所として、彼は音楽的デビューの地であるニューヨークの《CBGB》を挙げ、そのブッキング・システムや店内の配置や音響がどれだけ彼の原初的音楽の欲求に影響を与えたかを解説する。そのなかで彼は「CBGBでは、むき出しかつ挑戦的な新しい演劇が出現していたのだ」と形容している。
彼による《CBGB》の描写は、今年《A24》の配給によりリバイバル上映される映画『ストップ・メイキング・センス』(1984年)を観客が初めて目の当たりにしたときの印象と変わらないだろう。バンドメンバー、クルー、カメラマン、舞台装置、その全てをむき出しにすることで既存のライブ構成を解体しように、バーンは常に音楽と音楽の外側に目を向けて表現してきた。
ほかにも、トーキング・ヘッズ「Once in a Lifetime」(1980年)のミュージック・ヴィデオで披露したダンスが、同クリップに挿入されている代々木公園のストリートダンサーからインスピレーションを受けたという、ストリート・ミュージックを知る者の間では伝説的な逸話が、本人のペンで綴られるのを読むのはなかなか興奮するし、トレイシー・ソーンやボビー・ギレスピーのそれと同じく、当時のシーンの熱気を伝えるヴィヴィッドな回想録として楽しむことも可能だ。しかし彼がノスタルジーとして自身のキャリアを振り返っているのではないことは明白で、生理学的に、そして機能的に音楽のはたらきを説明するために、自身の経験から生まれた実感が必要だったのだろう。
本書を読み進めていくうちに、このグルーヴ、ちょっとしたユーモアをもって目の前が開けていくようなドキドキする感覚をどこかで味わったことがある、と感じるのではないだろうか。なんだ、これってデイヴィッド・バーンの音楽そのものじゃないか、と腑に落ちるのだ。(駒井憲嗣)
Text By Kenji Komai
『音楽のはたらき』
著者:デヴィッド・バーン
翻訳者:野中モモ
出版社:イースト・プレス
発売日:2023年4月19日
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