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【From My Bookshelf】
『The Creative Act: A Way of Being』
Rick Rubin(著)
あなたも私もアーティスト
〜大いなる“一つ”に参加するあなたへの、アートのすゝめ〜

05 March 2026 | By Sho Okuda

J. コールの最新アルバム『The Fall-Off』に収録された「I Love Her Again」は、コモンの有名曲「I Used to Love H.E.R.」にオマージュを払ったものである。両曲ではヒップホップを女性になぞらえた巧みなストーリーテリングが展開されているが、コールが自身の曲に用いたのは、同じくコモンの「The Light」の一節であった。2週間後、ベイビー・キームがアルバム『Ca$ino』をドロップした。その収録楽曲「Good Flirts」では、ゲストのケンドリック・ラマーが、なんとまったく同じ一節を自身のヴァースに借用している。

この奇妙な一致は、様々なジャンルの音楽プロデューサーとして名高いリック・ルービンに言わせれば、次のように説明できそうだ。以下、彼の著書『The Creative Act: A Way of Being』からの筆者抄訳である。

ワクワクするようなアイディアを思いついたとして、それを実現する前に、他のクリエイターがそのアイディアに命を宿すことは珍しくない。それはなにも、そのアーティストがあなたのアイディアを盗んだからではない。そのアイディアが自らの“時を迎えた”のだ。

つまり、何かが生まれるとき、それは誰かの行為の結果として起こるのではなく、もっともっと大きなことが、知覚では捉えられない世界で起こっているというのだ。世界は一つ。“ユニティ”とか“We Are the World”とかそういう話でなく、物事を分解してそれぞれに意味を与えているのは人間の思考であって、本来は全てが一つなのだ。もちろんあなたもその“一つ”の一部で、大きな流れに参加しているにすぎない。

リック・ルービンは本著にて、上述の調子で自らの創作術を展開していく。スピリチュアリティの世界では一般的に言われているような内容も多く、それこそコールやドーチーも読んだことで知られる『The Artist’s Way』等の書籍と重なる記述も多い。読んで忌避感を覚える読者もいるかもしれないし、そうでなくとも、意外と凡庸だなと感じる部分もあるかもしれない。ただ、そこはやはり名プロデューサーのリック・ルービン。長らくアートの世界に身を置くことで得た知見をもとに、たとえばアンディ・ウォーホルやエミネムがどのような環境での創作を好んでいたか、ザ・ビートルズとザ・ビーチ・ボーイズが互いの作品を通じでいかにインスパイアし合ったか、などの逸話を随所に挟んでくれる。音楽ないしアート全般を愛する者の興味を引くには十分な内容だろう。

さて、前述のとおりアートとは本質的にスピリチュアルな営みであるから、意志の力をもって創作しようとする姿勢は似つかわしくない。では、努力に意味は無いのか? 答えは否である。そう、この本、けっこう具体的かつ実践的なアドバイスまで記されているのだ。たとえば、自由な創作を願えばこそ、ルーティーン(屋外での瞑想でもいいし、コールド・シャワーでもいいらしい)を決めて確実に実行すべし、など。

また、上述のとおり“世界は一つ”だということは、何かを創り世に出したいという願望の尊さを損ねるものではない、ということも強調しておきたい。タイラー・ザ・クリエイターは昨年の『Don’t Tap the Glass』リリース後、Apple Musicのインタビューにて、「“これがこの時の俺”って振り返れて最高だ」「当時の関心事が反映されたものが『Goblin』や50歳の時の作品と並ぶって、美しいこと」と、人生のタイム・スタンプとして作品を残すことの素晴らしさを語っていた。これはルービンが考える創作の意義にも通じるところがある。その時にしか作れないものがあるからこそ、いつまでも同じ作品にしがみついていないで、順番待ちをしているアイディアに機会を与えるべきだ、と彼は述べる。アートを世に出すことで自分なりの世界の見方を共有するとき、それに触れた別の誰かを刺激する。その繰り返しで現実は作られるのだ、と。

本書の重要な前提に言及しそびれていた。職業としての“クリエイター”や“アーティスト”であるとないとにかかわらず、人は常に何かをクリエイトしている存在だ、とルービンは語っている。「そうは言っても自分、そんなアーティスティックな人間じゃないし、アートは好きだけど仕事もアートと無関係だし……」と尻込みしてしまう筆者のような読者に向けても、ルービンは嬉しいことを書いてくれている。曰く、「自分の情熱とはまったく関係のない仕事からコンテンツが生まれることもある」「多くの記憶に残る曲は、好きでない仕事をしている人々によって作られてきた」と。

ただ、アートに関心のある人の近くに身を置くことは、やはり大事らしい。「ちょっと何かアーティスティックなことをしたいな」くらいに考えているあなたへ。たとえば、知り合いのポールダンスのステージを観に行くことから始めてみてはどうだろうか?(奧田翔)

Text By Sho Okuda


Rick Rubin

『The Creative Act: A Way of Being』/『リック・ルービンの創作術』(訳:浅尾敦則)

出版社 : Penguin Press(原書) / ジーンブックス(翻訳書)
発売日 : 2023.01.17(原書) / 2024.12.19(翻訳書)
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※記事の筆者は原書を読み原稿を執筆

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