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【From My Bookshelf】
Vol.32
『夢と生きる バンドマンの社会学』
野村駿(著)
夢の平熱、平熱の夢

08 August 2024 | By Ikkei Kazama

ライヴハウスはスマホの電波が通じづらい。独自のWi-Fiを用意しているハコも少なくないが、せいぜい最低限のチャットが行えるくらいの通信速度しか出ないし、さっき観たバンドの感想を動画付きでポストするのにも一苦労だ。いっそ外に出てアップロードを……あ、再入場にはドリンク代がかかります。

決して皮肉ではなく、私はそんなライヴハウスを愛している。キャパシティの大小を問わず、非日常への入り口として、街にこっそり開いた穴。それは観客のみならず、ステージに立つバンドマンたちにとっても同様だ。彼らもまた、非日常の体現者として、ステージの上に夜な夜な立ち続けている。

しかし、バンドマンがステージの上に立つ「点」として認識されることはあっても、前後の人生を含めた「線」として観測されることは存外多くない。野村駿著『夢と生きる バンドマンの社会学』は、過去の若者研究に立脚した見立てと総勢35名(!)のバンドマンたちへの綿密なインタヴューを基に、広大なスケールでバンドマンを含めた夢を追う若者の実態を捉え直した一冊だ。本書は「夢を持つ/追う若者への関心の高さに比して、夢を追う若者の実態については、ほとんど明らかにされていない」(Kindle位置No.14)という問題関心から出発しており、「教育・労働・家族」といった社会領域と関わり合いながらも転がり続ける「若者文化」の一例としてライヴハウスに集うバンドマンを「線」で観測している¹。

本書は従来の「若者文化」研究から、若者たちの「夢追い」がいかにして行われてきたのかを戦後日本の動静の中に見出すことから始まる。その手続きは堅牢そのものだが、それ故に従来の研究ではキャッチアップできていなかった分野が明確に浮かび上がることとなる。その課題解決として立ち上がるのがライヴハウスを舞台としたバンドマンたちへのフィールドワークなのだ。

バンドマンがいかにしてステージへと上り、立ち、そこから下りるのか。様々な世代の証言²を交えながら、ここではその一連の動きが「夢追いライフコース」として定義され、ある一つの生活様式として捉えられている。一見すると和やかにも見えるインタヴューの端々からは、彼らが夢を追う中途で感じた艱難辛苦の影が見え隠れする。特に第5章「夢の調整と破綻──集団で夢を追う方法」では、とある一つのバンドの解散がメンバー自らの口から語られている。そこには様々な夢の変節がある。

レン:んー、それこそほんと最近気づいたんだけど、その、待ってるんだよね。
──ん?  何が?
レン:俺たちが。なんか、そこでライブをすることによって何かが変わるかもしれないっていう想いがすごい強いの。で、そこにいるお客さんをとれるかもしれない、みたいな気持ちはすごいあるんだけど、実際そこにいるお客さんは、だれかのバイト先の友達だったりとか。……だから、バンドなんてさ、結局、これやったら売れるかもしれないっていうのが始まりなわけじゃん。すべて妄想なわけよ。自分の中ですごいストーリーを作っちゃって、でも現実とはかなりかけ離れてるみたいな。ライブハウスになんてお客さんまったく来ないし。妄想のレールの上をかなり行くような生活をしてるから。
(Kindle位置No.2273)

だが、本書が過度に悲壮感を煽ることはない。むしろ、著者も調査に参加したバンドマンも、その語り口と現状認識はいたって平熱だ。ここで重要なのは、彼らの人生において「バンドマン」とはある選択された生き方であり、(形式ばった就職活動などを必要とはしないものの)社会活動の一つとして肯定されるべきものであるということだ。本書は若者が暗黙のうちに抱えさせられている「よき生」の圧力から逃れ、多様な生き方としてあらゆるライフコースの解放を主張している。

非日常から日常を浮き彫りにし、非日常を肯定するための端緒をもう一度見つめ直す。彼らバンドマンは夢の平熱を測りながら、平熱の夢の中を絶えずもがいている。私たちはそういう生き方かもしれないし、そういう生き方ではないかもしれない。そして、今日もステージの上は煌々と輝き、スモークは焚かれ、生活に爆音が侵入する。薄暗くて隔てられたライヴハウスで共犯関係を結ぶために、私はまた外へと出る。(風間一慶)

¹ ここで「教育・労働・家族」と「若者文化」が単なる対立構造でないことを付言したい。実際、本書ではその考証にも紙幅が割かれている。特に、高校の軽音学部や音楽系の専門学校といった教育がバンドマンの活動に大きな影響を与えていることが、本書では指摘されている。

² 終章でも課題点として挙げられているが、参加者のジェンダーバランスが男性側に大きく偏っていることを、ここでは留意されたい。

Text By Ikkei Kazama


『夢と生きる バンドマンの社会学』

著者:野村駿
出版社:岩波書店
発売日:2023年11月29日
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