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【From My Bookshelf】
Vol.30
『歌詞のサウンドテクスチャー うたをめぐる音声詞学論考』
木石岳(著)
音の織物としてのうた

11 July 2024 | By Tetsuya Sakamoto

いきなり身も蓋もない話で申し訳ないが、わたしはうたのある音楽に少しばかり抵抗がある。ラップのような人間が話す言語のアクセントや特徴的なリズムを活かした音楽や、ことばの音にある高低や長短、強弱を太鼓などの楽器で真似て人に伝えるトーキング・ドラムという奏法があることから、音楽と言語には密接な関係があることは理解しているつもりだが、いざうたのある音楽を聴くとなると、歌われている歌詞の響きがその楽曲のサウンドに溶け込んでいないと感じることが時折あり、そうなるとうたのある音楽がしばらく聴けなくなってしまう。とはいえ、歌詞の響きの美しさに心と耳が奪われてしまうことがあるのもまた事実で、たとえばわたしにとってそれはフィッシュマンズの「ナイトクルージング」だったりする。ただ、そういった「歌詞の響きが楽曲に馴染まない」「歌詞の響きが美しい」という印象は極めて主観的かつ曖昧なもので、分析することなど到底できないとずっと感じており、知らず知らずのうちに歌詞からも目を背けてることが多くなっていた。そんな中で書名に惹かれて手に取ったのが本書だ。

著者は「歌詞とはまずもって歌われるものであり、聴かれるもの」という認識を大前提とし、言語学や音声学、心理学の先行研究を背景にした「音声詞学」という著者独自の視点を中心に、具体的な楽曲(主にJ-POP)の分析を交えながら、歌詞に対して、意味からではなくその音響からアプローチしていく。それゆえ様々な分野の学術用語も飛び交うが、macaroomというエレクトロニカ・ユニットで音楽家としても活動している著者は、そういった親しみにくい言葉を懇切丁寧に噛み砕きながら解説するので、焦らずに読み進めていくことができる。

特に興味深いと思ったのがオノマトペを軸にしたきゃりーぱみゅぱみゅ「PONPONPON」分析から始まる第二章で、著者は歌詞と少し距離を置き、「言葉の響きが想起させる別のイメージやその現象そのもののこと」を指す音象徴の考察や、言語学者や心理学者が音楽と言語の関係性についてどのように思考していたかについてページを割き、最後には映画『マグノリア』(1999年)でエイミー・マンの歌が流れるシーンを描写しながら、音楽の流動的意図性を説く。だからこそ、第三章、第四章の歌詞解析において、音楽的な側面を切り離すことなく、文学的な側面とも関わりあいながら、鮮やかに柔軟な分析ができたのではないだろうか。少なくともわたしは、歌詞が音の織物であると感じたし、自分でもこの分析に挑戦してみたいと思った。(坂本哲哉)

Text By Tetsuya Sakamoto


『歌詞のサウンドテクスチャー うたをめぐる音声詞学論考』

著者:木石岳
出版社:白水社
発売日:2023年7月1日
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