【From My Bookshelf】
Vol.25
『パンクの系譜学』
川上幸之介(著)
なぜパンクは生まれ続けるのか。
その抵抗の系譜と隠れた歴史を辿る
最近、私の周りで「パンク・バンドをやる!」と宣言し、実際に行動に移す人がちらほらいる。しかも大人たちが、だ。DIYなライヴ・ヴェニューが身近にあるゆえの珍しいケースかもしれないが、音楽を楽しみたいという思いと、社会のシステムひいては自分の中にもある凝り固まった価値観を転換したいという思いが重なった時、1つの方法として人はパンク・バンドに向かうのではないだろうか。そんな破天荒で青いだけのものではないパンクを「抵抗文化」という側面から紐解き、現在に至るまでの系譜を辿るのが本書だ。
著者は倉敷芸術科学大学の准教授であり、《Punk! The Revolution of Everyday Life》展、これからの民主主義を考える《Bedtime for Democracy》展、ゲリラ・ガールズ展《「F」ワードの再解釈:フェミニズム!》などをキュレーションしてきた川上幸之介。全体を通してアカデミックなアプローチで語られる本書は、パンクの音楽性だけでなく、「常識」や「多数派」を揺さぶり権力に抵抗してきた思想部分に深く踏み込んでいる。私が個人的に偏愛するポストパンクについてはカバーされていなかったものの、それ以上に、ブルース、フォーク、スキッフルといった民俗/民衆音楽との連なり、パンクの源流にあるダダイズムやシチュアシオニストなどの芸術運動、コミュニズムやアナキズムといった思想的背景と紐付けながら、クリアかつ体系的に論じていく様に膝を打った。
本書の1つの肝であり、とりわけ興味深く読んだのが、パンクを非西洋の視点から捉え直す試みだ。著者は「西洋の白人男性を研究対象としたものに比べ、文化的に周縁に位置付けられてきたジェンダー、クィア、人種、アジアに焦点を当てて研究したものは圧倒的に少ない」ことに課題認識を持ち、それらについての希少な先行研究を引用しながら、具体的なバンドとその実践を紹介する。例えば、アメリカのメキシコ移民の文化である「ラスクチェ」がパンクが持つDIY精神と親和性が高いことを示し、その流れでザ・バッグスのアリス・バックやザ・ブラッドのテレサ・コバルビアス、のちにクィアコアバンドのリンプ・リストを結成するマルティン・ソロンデギーら、ラテン系パンクスの音楽と実践に接続する。また、欧米圏だけでなく、インドネシアやミャンマーにおける社会運動としてのパンク、また現在の日本における実践として《橋の下世界音楽祭》の自治性に着目するなど、当事者への取材を踏まえて現在のアジアにおけるパンクを捉える第5部もユニークだ。これらは、イギリス発のパンクが各国にインストールされたという植民地主義的発想から離れ、その土地で暮らす人々の生活に根ざした文化と呼応するように生まれた個人的かつ政治的なパンクの実践を浮かび上がらせる。
あとがきで「支配と抑圧という概念が存在する限り『パンクス・ノット・デッド』は常に例証され続けるだろう」と著者は述べている。当たり前を疑い、別の視点から自分を/社会を見つめ、主体的に形にしようとする心意気を持つ人の数だけ、それぞれの地でパンクは生まれ続ける。──じゃあ自分は今、何に疑問を抱いている? どうしたい?──実践と批評を行き来しながら、様々な切り口から思考を促してくれる書だ。(前田理子)
Text By Riko Maeda
『パンクの系譜学』
著者:川上幸之介
出版社:書肆侃侃房
発売日: 2024年3月12日
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