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【From My Bookshelf】
Vol.24
『ミュージック・イズ・ヒストリー』
クエストラヴ、ベン・グリーンマン(著)藤田正、森聖加(監訳)
クエストラヴのタイムマシーンに乗って

18 April 2024 | By Nao Shimaoka

「歴史は勝者によって書かれる。よく言われることだ。だがもし、歴史が単純化の好きな人間によって書かれたのだとしたら?」(P12)

『ミュージック・イズ・ヒストリー』は、クエストラヴが1971年から現在までの音楽とアメリカでの出来事や時代背景を独自の視点で回想した一冊だ。その年毎に誕生した楽曲をクエストラヴが選び、当時の鮮明な記憶を辿りながら、分析的に、ウィッティに語っていく。ディスコがいかにして音楽の量産化を実現させ、ジェームス・ブラウンがディスコの衰退を阻止したか、マイケル・ジャクソンがどのように『Thriller』(1982年)でセールス面において革命を起こしたか(特にポール・マッカートニーとのエピソードを読んでほしい)、ラップの世界で東西のテンションが張り詰めていた時に、双方の中間に属していたクエストラヴの視点による当時の話など、当時を経験していない身からしたら貴重な話ばかりだ。

本書は決して、アメリカの中学生が教室で読むような、アメリカ建国者の偉大さを説くチャプターから始まるような歴史の教科書ではない。1971年にフィラデルフィアで生まれた黒人男性が、黒人音楽とアメリカの現代史をただ網羅していく話でもない。これは、アメリカの黒人が自分自身と自分たちの過去を結びつける本なのだ。その複雑な歴史から、よくアメリカの黒人は自分たちが何者かという意識が曖昧な人が多いと聞くが、実際に歴史上の勝者によって書かれる彼らの歴史というのは、果たしてどれほど偏ったものなのか。クエストラヴは、ニーナ・シモンがテレビ番組で発した言葉を引用している。「アメリカの黒人はある重要な点で、アフリカ人が持っていたものを剥奪されてしまった。奪われたのは、自分たちの過去に対する感覚だ」(P179)

オンライン・メディアが盛んな今、音楽や映画について多くの考察記事や動画が溢れている。リスナーや鑑賞者からすれば、すぐに画面側の誰かが疑問に答えてくれる便利な時代だ。決してそれらが悪なわけではないが、本書を読むと、いかに「自分の体験」が大事なのか、再認識させられる。カート・コバーンの死がバンドにもたらした影響や、プリンスを通して自身の親(再生派キリスト教徒)が入り込まない境界線の向こう側を見たこと。1988年、高校生の夏、ファスト・フード店での初めてのアルバイトの前に、パブリック・エネミーの『It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back』を聴いて衝撃を受けたこと。リアルな体験に基づいたクエストラヴの語りは、テキストブックのその先の世界を読者に垣間見させてくれる。

最後にクエストラヴは、9.11以降最も混沌とした時代として2020年のコロナウイルス・パンデミックを挙げている。当時の記憶を辿る際に、彼は1970年にマウイ島でジミ・ヘンドリックスが放った言葉を意識していたと言う。「明日も昨日も忘れちまいなよ」(P453)。ジミに言わせれば、明日も保証されていないんだから今を生きろ、的な意味だろう。クエストラヴは本書を通じて、ただ単に歴史を学ぶことが大事だと説いているのではなく、自分の視点で歴史を感じること、要するに、今生きている時代を自身の目で目撃することが大事だと言っているのではないだろうか。

そして、6月には「ヒップホップ・イズ・ヒストリー(英語版)」が刊行予定。クエストラヴによるヒップホップの歴史に焦点を当てた本ということで、こちらも期待したい。(島岡奈央)

Text By Nao Shimaoka


『ミュージック・イズ・ヒストリー』

著者 : クエストラヴ、ベン・グリーンマン
監訳 : 藤田正、森聖加
出版社 : シンコーミュージック
発売日 : 2023年2月27日
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