【From My Bookshelf】
Vol.2
『フィールド・レコーディング入門
響きのなかで世界と出会う』
「録音」という意識的なアートが持つジャーナリズムとドキュメンタリズム
この『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』は、今年創設された《音楽本大賞》にて、めでたく大賞を受賞した作品だが、単にフィールド・レコーディングの入門書かと言われると、それだけのものではない。
自身もフィールド・レコーディング・アーティストである柳沢英輔氏による、フィールド・レコーディング作品の録音/鑑賞は勿論、スタジオで録音された音楽や、映像作品などを含めた広い意味での録音物を日々摂取している人々、延いては「音」を享受できる人々が、「音を聴く」ということに意味や哲学を植え付けられる一冊である。
一般的にイメージされるフィールド・レコーディングといえば、テレビの撮影で使用されるような大きなガンマイクを用い、ヘッドホンで録音されている音をモニタリングしながら、木が風で揺れる音や水の音、虫や動物の鳴き声などを、レコーダーに録音するというイメージではないだろうか。
そのイメージでも間違いはない、というかそこまでイメージできていれば大したものなのだが、そのフィールド(場所・空間)で鳴っている音をマイクで録音機器に録音する。これだけのシンプル極まりないことでも、録音者の意図が介在し、完全に自然な状態で音をキャプチャすることは不可能だというのだ。
マイクの種類や特性で、音を拾う方向や範囲、音域、音質が変わるし、録音する媒体がテープかハードディスクかという選択でも大きく変わってくる。
また、マイクを持つ・設置する高さや位置でも大きな影響があるわけだが、録音芸術作品となった時に作家性の一要素になるこれらの基礎に加え、録音物の編集過程まで懇切丁寧に解説されている。
これらの基礎的情報を得た時に、録音者の意図が録音物に与える現象をビジュアライズした映画を思い出した。昨年、日本でも公開され話題となった、マイク・ミルズ監督作『カモン カモン』(2022年)だ。ラジオ・ジャーナリストである主人公が、9歳の甥に録音機材を持たせ、LAのビーチをフィールド・レコーディングさせるシーンがあるのだが、ビーチの喧騒を歩きながら録音している時に、背の低い子どもだから地面の近くの足音にマイクが向けられ、遠くで波の音が聞こえ、時折行き交うローラースケートの音に強い臨場感を感じられる。
2019年のドキュメンタリー映画『ようこそ映画音響の世界へ』でも、映像作品で用いられる音が映像の説得力を担保する物として語られているが、より深い次元で映像作品を鑑賞する上でも本書は非常に有益である。
エジソンのフォノグラフの発明から富裕層の道楽となり、動物研究の資料として活用され、ジャーナリズムの一端を担うことで発展してきた、録音の起源=フィールド・レコーディングというレガシーから語られる本著だが、音楽ジャンルとしてのフィールド・レコーディングの「聴き方」のガイドでもあり、この分野のパイオニアであるクリス・ワトソンに始まり、フィールド・レコーディングでもかなりオルタナティヴな手法の録音作品や、レインコーツなどの屋外で録音されたポップ・ミュージックまで、録音の手法が解説されているし、これらのような作品のディスクガイドも巻末付録として掲載されている。
また、文化人類学の一端として、民族音楽の収集・保存の目的で残されたフィールド・レコーディングが音楽史に与えた功績も記されているが、ロバート・ジョンソンの伝説のレコードもある種それに含まれるし、私が長年「分からない」と感じていたブライアン・ジョーンズの『ジャジューカ(Brian Jones Presents the Pipes Of Pan At Joujouka)』さえも「分かる」ものにしてしまったという事実で、凄味が伝わるのではないだろうか。
巻末には著者の柳沢英輔氏と、同じくフィールド・レコーディング/サウンド・アーティストの角田俊也氏、思考家の佐々木敦氏の三者による鼎談も掲載されている。
録音者の立場として、フィールド・レコーディングをコンポーズや演奏をしないなどの理由で、「音楽」を作るという意識で録音をしておらず、かたや「美術」という観点で、かたや「ドキュメント」という観点でそれぞれの哲学が飛び交う、非常にアクチュアリティがある鼎談であった。(hiwatt)
Text By hiwatt
『フィールド・レコーディング入門 響きのなかで世界と出会う』
著者:柳沢英輔
出版社:フィルムアート社
発売日:2022年04月26日
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