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フジロック・フェスティバル ’17 ライヴ・レポート第1弾

今年で実に21年目を迎えたフジロック・フェスティバル。8月27日(木)の前夜祭を含めての4日間で延べ125000人を集めた今年2017年は、ずっと雨具が手放せない生憎の天候となってしまったが、一定の評価を集める人気アクトが揃い、結果として例年以上の盛り上がりを見せることとなった。《苗場食堂》ステージのリニューアルなどマイナー・チェンジや新たな試みが見られる一方で、ゴミ処理や折りたたみ椅子の使用に関するマナーなど参加者のモラルが改めて問われる場面も少なくなかったようだ。しかしながら、幅広い年齢層に支えられ、海外からのオーディエンスも年々増加、文字どおり国際的なフェスとして今なお進化を遂げている。そんな今年のフジロックの数多くのアクトの中から、TURNのライター陣が印象に残ったパフォーマンスをピック・アップ。ライヴ・レポートの第一弾としてお届けしよう。(編集部)

ポップ・ミュージックの快感に笑い、ポップ・ミュージックの未来を歌え

Father John Misty【28日(金)《FIELD OF HEAVEN》】
Gorillaz【28日(金)《GREEN STAGE》】

-Father John Misty- Photo By Yasuyuki Kasagi

ファーザー・ジョン・ミスティ(FJM)一択! そんな事前の決意通りに、やっぱり私の今年のフジロックは、初日の《FIELD OF HEAVEN》に登場したジョシュ・ティルマン aka FJMに始まり、FJMが全てだった。ジョシュのその圧巻のパフォーマンスたるや、もうこれは優れたパントマイム、一人芝居を見ているような感じ。もちろんバックにはフル・メンバーがしっかり揃っている。けれど、ハンドマイクを手にしてしなやかにエロティックに体をくねらせるジョシュの一挙手一投足しか目に入らない。しかも、そんな彼をみんなどこかニヤニヤしながら見上げている。ステージ前の方で大騒ぎする外国人オーディエンスたちに至っては肩を組みながら大声で曲を大合唱する。“アメリカにはウンザリだ、飽き飽きした”と。こうやって客に唱和させることが、洒脱なウィットを武器とするジョシュにとってのポップ・ミュージックの快感なのだろう。

-Gorillaz- Photo By Masanori Naruse

かたやデーモン・アルバーンはひたむきにポップ・ミュージックの枠組みを広げていた。6月に本国で開催された《DEMON DAYZ FESTIVAL》を中継で観た時ほどの発見こそなかったし、フィーチュアリングのゲストが登場しない寂しさもなくはなかったが、今回のゴリラズのステージは、デーモンが英国白人であることの贖罪、ブリット・ポップ時代の償いを、大衆性を維持したまま世界目線でしっかり未来に向け上書きしていることを改めて伝えていた。サニーデイ・サービスのステージもそうだったが、90年代から活動している彼らのような中堅が、今、2ラウンド目、3ラウンド目に入りながら自らの歴史をアップデートさせ、若いバンド以上に真摯にポップ・ミュージックに向き合っていることに気づかされたのは大きな収穫だった。

しかし、行きたくても何らかの事情でどうしても現場に足を運べないリスナーはいる。ツイッターなどのSNSで嬉々と状況を伝えると疎外感を抱く人も少なくないだろう。けれど、大小様々なステージがあり、内外様々なアーティストが出て、そこから好きなアクトを自由に選んで見る多様性こそがフジロック。参加しない人には参加しない人の全然違う音楽との楽しみ方が、人の数だけ音楽の楽しみ方があるはず。そんな素晴らしいテーゼをフジロックは提唱していることを今一度心に留めておきたい。(岡村詩野)

Photo By 宇宙大使☆スター

歴史と越境~PUNPEEとThe Avalanches

Punpee【29日(土)《WHITE STAGE》】
The Avalanches【29日(土)《GREEN STAGE》】

-Punpee- Photo By Yasuyuki Kasagi

ベックを、レッド・ホット・チリ・ペッパーズを、オアシスを呼び起こし、チェスター・ベニントンに曲をささげ、かつて同じステージに立っていたケンドリック・ラマーへのリスペクトを見せたのは、あの日《WHITE STAGE》にいた日本人ラッパーだった。ガンズ・アンド・ローゼスや、クラッシュ、スパンク・ロック、ザ・フーを苗場の地で呼び起こしたのは、あの日《GREEN STAGE》にいたオーストラリアのロック・バンドだった。

PUNPEEがあの日のステージで見せたのは、自らが共に育ってきたという90年代のオルタナティブ・ロックであり、ヒップホップへの強いリスペクトであった。しかし、それ以上に、筆者の心をとらえたのは、フジロックという唯一無二の場がオーディエンスにこれまで提示してきた音楽と環境、それ自体へのPUNPEEのリスペクトであった。そして、あのPUNPEEは20周年を迎え、21年目という新たな一歩を踏み出したフジロックという場が堆積させてきた歴史の上に、PUNPEE自身のみならず、あそこにいたオーディエンス一人一人が立っているのだということを思わせるに十分なサンプリングであり、演出を行っていたように思うのだ。

-The Avalanches- Photo By Masanori Naruse

他方、アヴァランチーズはバンド・セットと映像表現を通じて、前述したロック、パンク、ヒップホップのみならず、「シンス・アイ・レフト・ユー」や「ビコウズ・アイム・ミー」でサンプリングされているような、ソウル、ジャズ、ブルースといったポピュラー音楽の歴史の渦の中にわれわれを飛び込ませた。その渦の中は、一見混沌としているようにも見えた。しかし、余計な壁などなく、内閉することのない渦の中はかえって自由でもあり、愉快な空間でもあった。「越境」。それが、アヴァランチーズが一年のタイムラグを経て筆者に、もしくはフジロックという場に伝えたメッセージであったように思う。

わたしたちはあの日フジロックという歴史の堆積物の上にいたし、これからもいつづける。そして、その歴史はきっと内閉することなく、越境と共にあり続ける。いや、あり続けてほしい。新たに苗場へやってくる若者も、海を越えてやってくるオーディエンスも、“おひとりさま”も、親になったフジロッカーも、苗場を目指すひとりひとりがその歴史の上にたっていくことができる。その幸せをかみしめながら、また来年の、20年目を迎える苗場の地へ思いをはせる。(尾野泰幸)

Photo By 宇宙大使☆スター

自己愛と利他精神が生むアーティストと観客の蜜月から見えた、“親密なフェス”としてのフジロック

The Marcus King Band【29日(土)《FIELD OF HEAVEN》】
Declan O’Donovan【29日(土)《GYPSY AVALON》】
The Lemon Twigs【29日(土) 《RED MARQUEE》】

-The Marcus King Band- Photo By Yasuyuki Kasagi

海外からのビッグ・アクトを語り草にするのもフジロックの醍醐味だが、さてそれ以外のアクトでは、このフェスを個性付けている“親密な空気”が育まれているように思う。今回参加できた2日目のいくつかのアクトでは、アーティストの自己愛や利他性が、その空気を醸成していたようだ。

21歳のマーカス・キングのパワフルな歌声と硬質なギター・ソロが炸裂したザ・マーカス・キング・バンド。R&B寄りなメロウな曲調もあったが、大方アメリカ南部の酒場の酔いどれのような気分に持っていかれる。田舎的な親しみとともに、自身の技に酔うマーカスの自己愛が潔く、観客も素直に熱狂できていたアクトだ。それと近い感覚があったのは、デクラン・オドノヴァン。このカナダのピアノマンは、時に美しく時にドスの効いた歌やピアノの機微で、ルーツ・ミュージックに、そして自らに陶酔感を与えながら、垣間見せるシニシズムでもって、街の片隅のバーで一杯やってるような親近感をも作り出していた。

-The Lemon Twigs- Photo By Naomi Circus

対照的だったのは、レモン・ツイッグス。幼い頃からショウ・ビズ経験のある彼ら。自由に見えて、観客を沸かせる一挙手一投足の巧みなこと! 渋好みなサウンドながら、兄弟がステージを駆け、弾き歌うダイナミックさや、おどけたMCの屈託の無さは相手を選ばず、拍手喝采大合唱を引き出す。観客の盛り上がりに感謝を述べ新曲も披露した姿には、“目の前の観客あってこそスターたり得る”利他的な自覚を感じ取った。

こうしたアクトがそれぞれに生むアーティストや観客同士の親密さはフジロックの財産。ただ心に留めたいのは、悪く転がればフェス自体の同質化を是とする価値観とも背中合わせということ。例えば、因果は定かではないながら、今回の会場のゴミ散乱を参加者の層が広がったことに単に関連づける見方も散見されている。

他方、個人的には、初参加の友人が普段触れないような海外アーティストを気に入っていたことが印象に残った。“趣味の合う者同士の理想のオフ会”でも良いのだが、やはりこのフェスの親密さが、どんな参加者にも新たな音楽への入口になってほしいとも、これら素晴らしいアクトを思い浮かべ、願う。(井草七海)

Photo By 宇宙大使☆スター

私の琴線に触れる英国美形男子勢ウォッチングとしてのフジロックフェスティバル

Catfish And The Bottlemen【28日(金)《WHITE STAGE》】
Temples【29日(土)《RED MARQUEE》】

-Catfish And The Bottlemen- Photo By Yasuyuki Kasagi

キャットフィッシュ・アンド・ザ・ボトルメンは、想像以上にライヴで映えるバンドだ。そして、ギター/ヴォーカルであるヴァン・マッキャンの期待を上回るフロントマンとしての存在感が存分に発揮されたライヴであった。

このバンドの音に、目新しさは特にない。それこそ、15年ほど前のガレージ・ロック・リヴァイバルの頃に腐るほど出てきたギター・バンドの一つ、と言われてもなんら疑いを持たないかもしれない。だが、目新しさや時代の流れを追うことが必ずしも音楽において必要なのか? と今一度問いたい。「Tyrants」や「7」など、疾走感がありつつ、シンガロングできるようなキャッチーな曲を、今こんなにもシンプルに掻き鳴らすバンドがホワイト・ステージに立てるという事実が私はとても嬉しい。

そして、とにかくフロントマンのヴァン・マッキャンが絵に描いたような英国美形男子である。それだけでも人気を十分獲得できる理由になるのだが、ステージ上を縦横無尽に動き回り、パワフルに歌う様は、作り上げたナルシスティックさというよりも、自然発生的に溢れ出すオーラと言える感じで、嫌味がない。アクティヴなヴァンとは対照的に、黙々と演奏するフツメンの他メンバーがさらに彼を引き立たせていることは間違い無いのだが、安定した演奏あっての彼のヴォーカル・パフォーマンスであることも忘れてはいけない。

動きすぎてコケそうになった瞬間を私は見逃さなかったが、その後すぐさまマイクスタンドをぶん投げるというアクションを無理矢理投入することによって、一瞬でヘマをパフォーマンスに変えるこの男ほど、フロントマン然とした役割に徹したフロントマンはいないだろう。

さて、もう一つの目玉、テンプルズ。小沢健二と時間が丸かぶり、なんて彼らには全く無関係。いつでもどこでもマイペースに独自の世界観を表現できる彼らにとって、裏で誰が演奏していようが、大した問題ではない。実際、《RED MARQUEE》には溢れるほどの人が集まっていた。

-Temples- Photo By Masanori Naruse

「Colours To Life」から淡々と始まるパフォーマンス。新作、前作から満遍なくテンポ良く演奏されていく。フェスでも単独公演でも、野外でもライヴハウスでも、テンプルズが演奏を始めると、そこはテンプルズだけのおとぎ話のような空間が出来上がる。やはり、他のアーティストと比べても、昔の民謡を思わせるような独特のメロディがイントロで流れると、異様な空気が自然と出来上がる。

唯一夏フェス感を出していたのは、ギター/ヴォーカルのジェームズ・バグショーが着ていたアロハシャツだけではないだろうか。もう一人のくるくるパーマことアダム・スミスはいつの間に短髪になっていたが、今って夏だよねぇ? と思わず聞きたくなるような暑そうなベロア・ジャケット着用で、音楽だけでなく、ルックスも独自路線すぎるな、と改めて認識した。

しかし、テンプルズの楽曲は、音源を聴くよりライヴの方がフィジカルで魅力的だ。ライヴの中盤に新作のオープニング曲である「Certainty」を持ってきてオーディエンスを引き込んで盛り上げたかと思えば、その後に「How Would You Like To Go?」を挟んで、再び会場を幽玄な空間に引き戻す。間奏が長くアレンジされたライヴ・ヴァージョンの「A Question Isn’t Answered」では会場全体の没入感が増していき、そのままラストの「Shelter Song」に突入してヴォルテージが上がりきったところで、あっさりと終わっていく。非常に緩急があり、抑揚のあるパフォーマンスだった。(相澤宏子)

Text By Shino OkamuraNami IgusaYasuyuki OnoHiroko Aizawa


FUJI ROCK FESTIVAL ’17

2017年7月28日(金)29日(土)30日(日) 新潟県 湯沢町 苗場スキー場

7/27(木)前夜祭  15,000人
7/28(金) 32,000人 
7/29(土) 40,000人
7/30(日) 38,000人

延べ 125,000人

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