フラン・ロボが『Burning It Feels Like』で向き合う複雑さ。
そしてロンドンのコミュニティとの大切な関係について。
人間は複雑な存在だ。その内面の繊細さはときに、その人自身が把握ができないほどに入り組んでいる。けれど、ロンドン拠点のフラン・ロボという音楽家は、デビュー・アルバム『Burning It Feels Like』で、自身の感情に真っ向から向き合っているようだった。
恋愛や人間関係の中で感じたこと、傷ついた出来事についての話が語られる本作には、揺れ動く感情が映し出されている。エレクトロニックでクラブ・ミュージックを思わせるサウンドやビートには編集がほどこされ、サンプリングは細かく配置され、楽曲は展開の読めない構成になり、それらは彼女の感情の複雑さそのものを表しているようだった。そして、彼女のしなやかで力強い歌は、まるでパッチワークを縫う糸のように、形の異なる音の素材や展開を束ね、繋ぎ合わせていく。
歌という表現に注目したとき、本作の「Armour」や「All I Want」で用いられるクワイヤもまた印象的だ。彼女は、幾つもの合唱団に指導者や編曲家として関わってきた経験があり、さらには女性によって構成された合唱グループ、Deep Throat Choirとコラボレートしてきた人だ。今年の4月には、Deep Throat Choirから発展して設立されたインディペンデント・レーベル《Amorphous Sounds》の企画〈Amorphous Buds〉の一環として、フラン・ロボ、ローラ・グローヴス、Blood Moon Projectで演奏した「The Beginnig」をリリース。彼女とグローヴスは、今年の3月にルシンダ・チュアがリリースした『YIAN』にも参加している。様々な音楽家との共演を通して培われた、声を重ねるという表現が、本作にも魅力的に表れていると言っていい。
また、表題曲「Burning It Feels Like」や「The Arp Song」に象徴されるようなエレクトロニックなサウンドやビートは、これまでにリリースされた3枚のEP『Beautiful Blood』(2015年)、『Surrround』(2016年)、『Brave』(2021年)と地続きで、彼女がエレクトロニック・ミュージックやクラブ・ミュージックの影響下にあることが分かる。例えば『Brave』ではロレイン・ジェイムスが、本作ではSpace AfricaやWu-Luがリミキサーとして指名されていることからも、実験的なエレクトロニック・サウンドへの視線がうかがえる。過去には、2015年に《Islington Assembly Hall》で行われたフローティング・ポインツの『Elaenia』の公演でGoldsmiths Vocal Ensembleを指揮したり、ジェームス・ラヴェルのプロジェクトであるアンクルとコラボレーションもおこなってきた。
そんな彼女の影響は、ソウル、R&B、ヒップホップ、ロック、ポップ、クラブ・ミュージック、実験音楽など広範囲にわたっている。その多岐に渡る音楽的な参照をまとめ挙げるセルフ・プロデュースの手腕もさることながら、歌に作曲、ピアノやシンセサイザーなどの楽器の演奏、ドラム・プログラミング、サウンド・デザイン、ミュージック・ヴィデオの監督に至るまでフラン自身の手によって手掛けられていることは、彼女のマルチ・プレイヤーとしての側面を強調している。
今回、来日していたフラン・ロボに音楽との出会い、声で表現すること、本作の制作について話を聞いた。また、共同プロデュースやエンジニアを務めたステレオラブのアンディ・ラムゼイ、サム・ベステを含むバンドのヘジラのメンバーの尽力、コビー・セイの参加などについても話してくれた。彼女が、ロンドンのコミュニティとの関係を大切に思っていることが伝わってくるインタヴューでもあった。
(取材・文/加藤孔紀 通訳/竹澤彩子)
Interview with Fran Lobo
──はじめに、新作について聞く前にこれまでの音楽との関わりについて教えてください。あなたの表現で最も象徴的なものは歌声だと思ったのですが、歌という表現を選んだ理由を教えてください。
Fran Lobo(以下、F):最初はピアノやキーボードから入ってるんだよね。親に習わされる形で。だから自分が歌うっていうオプションを発見したのは、17歳か18歳とか10代になってからで。高校のとき、友達と遊びの延長線みたいな感じで歌うようになって……で、当時クイーンに夢中で、全曲頭の中に入ってる状態で。そしたら学校の先生が「ピアノの代りに歌ってみたら?」って、それで試しにクイーンを歌ったら、そこから歌に開眼したっていうか「あ、イケるかも」って。これなら自分にできるし、やってて楽しい!って。そこから歌うことを始めたんだけど、ほぼ独学で、ただひたすら当時自分が好きだったR&Bとかポップの歌手を参考にしながら、具体的な名前を挙げるとマライア・キャリーやTLC、アリーヤとか80年代、90年代のR&Bシンガーとか……あと母親がセリーヌ・ディオンの大ファンでしょっちゅう聴いてたから、その辺りの影響も(笑)。だから本格的に歌について指導を受けた経験はなくて、最近になってから初めてボイス・トレーニングを受け始めたんだよね……というのも、何度か声が出なくなる経験を自分はしてるんで。音楽を教えてるって言う仕事柄(※通訳者注:取材前の雑談でアーティスト活動とは別に、大人や子供、学生などすべての人を対象に、参加者全員で一緒に音楽を作るクラスで指導してると話してくれた)、どうしても生徒の前でお手本を披露したり、ついつい咽を酷使しがちだから。ただ、歌に関しては基本、自分の好きな音楽を聴きながら独学でやってきた感じ。さっき言ったR&Bやポップの他にも、ロックやカントリーやメタルや……父親がクリーデンス・クリアォーター・リヴァイヴァルとクイーンのファンで、友達がレッド・ツェッペリンが好きだったり、メタルに関しては兄弟がレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンやメタリカが好きだったりで、そこからの影響だろうね。
──そういった様々な音楽のヴォーカリストを聴くことについて、リスナーとしてすごく開かれた姿勢を感じました。
F:うん、そうだね。
──オープンに色んな音楽を聴くことについては自覚的だったんでしょうか?
F:そもそもうちの家族の音楽の趣味がみんなバラバラだったから。それもすっごいよかったなって思ってて。色んなサウンドを耳にしたり、そこから色んな音楽を開拓していったりっていうのを自分でもすごく楽しんでた。いまだに強烈に覚えてるんだけど、自分が19歳ぐらいのときかな? 初めて曲作りに挑戦しようってなったときに、一緒に作業することになったプロデューサーの人にどんな曲を作りたいのか最初に訊かれて「エイミー・ワインハウス的な要素がありつつ、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンも入りつつ、若干ジャズ・バンド的なノリもあって……」ってつらつらと語ってたら、その場にいる大人達から「こいつ、何を言ってんだか」って顔されてさ(笑)。でも今になってようやくね、自分がこれまで習得してきた技術や経験やコラージュとかを活かして、自分が昔言ってたヴィジョンが実現できてるんじゃないかっていう手応えを感じてる。ただ曲を書くだけじゃない。そこには、実験的な面もあって異なる2つの世界を繋いで新たな表現を開いていくみたいなことができるようになってきてるんじゃないかと。色んな生楽器を試しながらサンプルの音もふんだんに盛り込んで……ビートを作ったりとか、エレクトロニック・ミュージックのプロダクション的な作業が面白くてたまらないんだよね。
──エイミー・ワインハウスとレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンを混ぜるという発想は、すごくかっこいいアプローチだと思います!
F:ハハハハハ、ありがとう(笑)
──本作に参加している(The Vernon Springとしても活動する)サム・ベステは、エイミー・ワインハウスのサポートも務めていましたよね。彼を起用したのはそういうことも関係しているんですか?
F:共通の友人を通じて知り合ったんだよね。サムはヘジラってバンドのメンバーでもあるんだけど、そこで私の友達のRahel Debebe-Dessalegneが歌ってて、その縁で知り会ったのが最初。彼がエイミー・ワインハウスのところで演奏してたっていうのも後から知ったんだよね。もともと私が2020年に出したEP『Brave』にサムが反応してくれて……というか、その前から仲良くしてたんだけど、あのEPを聴いてサムが「一緒にスタジオに入って音出してみようよ」って声をかけてくれたんだよね。しかもサムってものすごく優秀なピアニストでもあるでしょ? もう本当に素晴らしい、すごくソウルフルなピアノを弾く人だから。スティーヴィー・ワンダーとかのソウルやジャズなんかにすごく影響を受けていて、最高のピアニストだと思う。今回のアルバムの中の何曲かもサムに「ピアノを弾いてもらえないかな?」って最初にお願いしてて。私一人がピアノを弾くんじゃなくて、自分の書いた曲がサムのフィルターを通したらどういう形になるんだろうってすごく興味があって。その流れでサンプリングとかプロダクションのほうも一緒に密に掘り下げていくことになったんだけど、それが一番顕著に現れてるのが「Tricks」と「Push And Pull」の2曲になるのかな……そう、だから、サムって良い音を聴き分ける最高の耳を持ってるんだよ。人間的にも本当に素晴らしい人で……だから、エイミー・ワインハウスがきっかけじゃないんだよね。ただ純粋に音楽のためにお互いの存在を必要としてたっていうね。
──ヘジラの話が出ましたけど、そのメンバーはギターとコーラスでも新作に参加していますよね。
F:そう、メンバー総出で(笑)
──話を聞いていて、ヘジラのメンバーとのコミュニケーションも本作を作るにあたって重要な要素だという気がしたのですが、どうですか?
F:メンバー全員ともヴォーカルのRahel繋がりで知り合ったんだよね。彼女が音楽のワークショップをやってて……たしか音楽のワークショップを開くには?みたいな講座だったかな? そこからヘジラの存在についても知って、ファンになってライヴに通うようになって、仲良くなったんだよね。今回のアルバムではRahelがバック・ヴォーカルで全面的にサポートしてくれてて。私のもう2人の友人のAbimaroとAuclairの3人でコーラス隊みたいな体制で、何曲か歌ってくれてて……「All I Want」と「Armour」と、あと他に何だっけ。えーっと……まあ、とにかく(笑)! サムは「Slowly」、「Push And Pull」、あと「Tricks」でピアノを弾いてくれていて、もともと自分がピアノで書いた曲だったけど、サムのピアノによる解釈が聴いてみたくて、だってサムのピアノが最高すぎるから(笑)。あと「Slowly」のアウトロ・パートのピアノも彼が作曲してくれてる。「Push And Pull」に関しては2人でサンプルやビートを一緒に作ってて、「Slowly」ではシンセサイザーも弾いてくれてる。それから、Alex Reeveが「Push And Pull」の終わりで素晴らしいギター・ソロを披露してくれて! 「All I Want」にもレイヤーを加えてくれた。そうなの、本当に今言った通りヘジラのメンバー、一人一人がそれぞれの形でこのアルバムに協力してくれてる。すごく素敵でしょ。
──ここで、歌について聞かせてください。あなたの声は、必ずしも旋律やハーモニーなどの音楽の中だけの表現ではないと感じています。というのも、あなたのこれまでの作品を見聞きしていたときに2019年にヴィクトリア&アルバート博物館で公開された「Voicescolourmotion」というインスタレーション作品を見つけて、それについての動画を見ていたら、そんな風に感じました。あの作品では、自身の声という表現をどんな風に探求してみたかったのでしょうか?
F:自分は声をただ歌を伝えるための道具としてじゃなくて、自分自身を表現するためのツールだと思ってる。声を通して深い世界観なりストーリーを描いていくことに興味があるんだよね。実際、コーラス隊と共演したり今言ったインスタレーションの作曲を担当してたり……あの作品に関しては、完全体の自分を取り戻すというテーマが一つとしてあって。自分自身、声が出なくなるという経験をしているので。自分自身であり、自分自身を再構築するという時期を経験している。そのことがあの作品により深みを加えてくれている。人生において、ある時期から次の時期へと自分のステージが移り変わっていく転換期を現しているような……そのときに自分の声そのものがストーリーを物語っているようであるといいなって。絵の具で絵画を描くみたいな感覚で、自分の声を使って自分の中にある感情やある特定の時期の自分の動きを捉えていて、多くは自分が経験した難しい時期について描いてるんじゃないかと思う。今回のアルバムには直にそれが現れてると思う。ある種の難しい状況に対して自分がどう対処していくのか、良くも悪くも両面から映し出しているという。
──今作は、人生の良い面も悪い面もひっくるめて両面から表現していると。今作の歌詞は、恋愛や依存について語られていますよね。
F:そうだね。
──私は今作を聴いていて、まるで孤独への恐怖によって生まれた作品であるようにも感じたんです。「Tricks」にはMatthewという個人名も出てきます。そういった非常にプライベートな感情や出来事を作品の中で語ることは、勇気が必要なことだと思うんです。
F:最終的に自分にはパーソナルな曲しか書けないと思ってて。ある意味、自分でコントロールできるものじゃないというか。例えば、ジャムとか即興でパッと書けちゃうような曲って、曲の方が目の前に勝手に姿を現してくるみたいなところがあって。それによって、自分はあのとき本当はこんな風に感じてたんだっていうことが、自分でも理解できるようになる。で、だいたいにおいては恋愛関係について書いてる気がしてて……まあ、恋愛関係に限らずだけど、関係性について、それは恋人との関係だったり家族との関係だったり自分自身との関係であったり。ただ、自分としては、ここだったら自分の感情を全部さらけ出しちゃっていいっていうスペースとして音楽が機能してるってすごく素敵なことだなって。自分の正直な気持ちをここでなら吐き出してもいいっていう。ただまあ、それが奇妙なことに、それを歌にして発表した途端に超プライベートなものから超パブリックなものに変換されるんだけど(笑)。ただ「All I Want」が最初にできたときなんか、茫然自失状態っていうか、何だろう……あまりにも自分の中の世界というか、そのスペースの中に深く入り込んで自分自身と向き合っていった結果、自分ってものの密度が恐ろしく濃くなっていくような。でもこれって、本当に自分に与えられたギフトだと思う。こないだもあるインタヴューを受けてるときに……というか、ここ何年かセラピーを受けてるんだけどその影響もあるのか、インタヴュアーの人に「ものすごく自分ってものをとことん冷静に見つめて理解した上で曲を書かれてるようですね」って言われて。たしかに色んなレンズ越しに自分自身を見つめているような、自分をあざけ笑うような視点があったり、あるいは自分に起きた事柄に対して別の角度から何パターンも解釈してみたりとか、自分自身っていう人間について深く理解するためのプロセスとして音楽が機能してる……ちなみに、実名を出すのも私自身は面白くて好き(笑)。全部ぶっちゃけてやる! みたいなノリで(笑)。最悪の状況を経験した上で再び自分自身の力を取り戻すみたいな感じなのかな。これだけ苦しい思いを味わわされたからには、ただじゃ起きない! みたいな(笑)、むしろ自分を強くするための力に変えてやる! みたいな。
──すごく素敵な答えだと思いました。今、ジャムとか即興の話が出たので聞きたいんですが、あなたと互いにコラボレーションしあうルシンダ・チュア、ローラ・グローヴスというロンドン在住の音楽家が、今年、3人ともアルバムをリリースしますよね。先日、チュアにインタヴューした際、あなたやグローヴスとの信頼関係について話してくれたんです。
F:うわー、そうなの?
──あなたにとって、チュアやグローヴスとの関係には、どんな絆があると感じていますか? 先日も《Windmill》と《Stone Nest》で一緒にライヴをしてましたよね。
F:うん、本当に特別な関係だと思う。3人とも30代にしてようやく初のアルバムをリリースすることになって……3人ともこれまで音楽業界でさんざん色々経験してきてるから。レコード会社から契約を切られたりとか、違う名前で作品をリリースしたり、あるいは大御所を含め、色んなアーティストの作品づくりに関わってきたっていう経験を経て、今ようやく自分自身の作品をリリースする時期を迎えることができたという。この2人との関係って自分にとっては本当に特別なもので、自分の中に迷いが生じたときだとか、あるいはほんのちょっとしたことでも、例えばテクニカル的なこととかインターネットやオンラインやレーベルとの付き合い方や、こういう場合どうしてる?みたいなほんの些細なことでも相談できる関係にあるんだよね。〈What’s Up〉でアルバムの応援用グループを作ってて(笑)、定期的に会って一緒に映画を観たりスパに行ったり。8月にみんなのアルバムが出たらお祝いにスパ行こうね!って約束してる。今回日本に来る前の何週間かは、自分にとっては感無量というか。今言ってくれた《Windmill》でのライヴも本当にリラックスした雰囲気で、3人でただ自由に即興でプレイして、それ自体がコミュニケーションであり、ただ純粋に音楽のために存在しているような場ですごく特別だった。というか、アルバムやプロジェクトのリリースってことになると、PVだのポスターだのプロモーションだの自分の音楽の打ち出し方だの色々煩雑な作業がついてまわるわけじゃない? ある意味、エゴイスティックになることを要求される(笑)。自分が中心の作業がメインになっていくけど、一方でただ純粋にコミュニケーションの一環として共同作業で音楽を作るってなんて貴重で美しいんだろうって。「あー、これは自分のイメージとはちょっと違うから」とか「どうやって自分を見せよう」とか余計なことを一切考えなくていい。ただそのまんま取って出しみたいな、結果どう転がろうが構わない、みたいな。もともとジャンルだとか世間的なイメージで見られてるのとか、そこまで気にしないタイプではあるんだけどね。ただ、あの家族的な親密な雰囲気って今の時代にすごく貴重で大切な場だなって。まわりの音楽仲間との繋がりやサポートがあることは、息の長い活動をしていくためには必要不可欠なものだと思うから。それから《Stone Nest》の〈Desire Paths〉シリーズに参加できたことも最高だった。《XL》のオーナーのRichard Russellなんかも関わってたりして。本当に自分達だけの秘密結社的なレーベルをあの晩に起ち上げたみたいな親密な空気感がすごくよかった。あの2人と共演できたことにも感謝してるし、今度また2人に会うのが楽しみ。
──あの《Stone Nest》でのライヴの短い動画がインスタグラムに上がっていて観たんですが、凄く実験的な感じで、いつか日本で観ることができたらなあと。
F:あの3人でツアーできたら最高だね。
──ぜひ!
F:一応、次回コペンハーゲンでやろうって話に今なっていて。〈Desire Paths〉シリーズでツアーができたらいいよね。そのときどきで地元のミュージシャンをゲストに呼んだりしながら。
──今話してくれたように、私があなたたちの音楽を興味深く感じるのは、それぞれがヴォーカリストであると同時に、実験音楽家的な側面を持っているということにあります。とりわけ、あなたについて興味深いのは、歌がクラブ・ミュージックに影響を受けたビートの上で歌われることです。クラブ・ミュージックと自身の歌の繋がりが、どのように始まったか教えてもらえますか。
F:前にも誰かとこの話題について話したことがあって。今回のアルバムには2通りの書き方があって、一つ目が私がピアノの前に座って曲を書く、あるいは歩いてるときに思いついたヴォーカルなりメロディなりのアイデアの上に実験的なビートを足していくっていうもの。もう一つが、最初にただひたすらノイズやビートを作ってそこに歌を付け足すやり方っていう。大掛かりな曲はほぼピアノと声だけで作ってる。目指してる方向性としてはたぶん……要するに、自分が本物の歌であり、ソングライティングがたまらなく好きなのよ。昔の70年代のコード進行やピアノやあの時代の優れたソングライターが大好きで尊敬してるんだよね。同時にそこから一歩はみ出したい欲求もあって、実験的な音やサウンド・デザインや、歪なビートが大好きなんでノイズやビートで色々試すのが楽しくて仕方ないんだよね。だから、今言った2つをどうにかして合体させられないか考えてる。だいたいは片っ端から自分の頭の中にあるアイデアを形にしていって、それをJimmy Robertsonっていう今回のアルバムのエンジニアにいったん投げて、後から全体の形を整えていくやり方を取ってる。だからビートのほんの一小節だけを切り取ってコーラスに合わせるとか、全体の枠組みを取っ払って細かいディテールの部分だけを残すとか、パズルを組み合わせるみたいな感じで全体像を作ってる。それがめちゃくちゃ楽しいんだけど、おそろしく時間のかかる作業でもあって(笑)
──例えば、「Burning it feels like」を聞いて、イントロではDAW上で波形を編集したようなパーカッションの歪んだ音、IDMからソウル、ダヴ、クワイヤへと変化するような構成に、なんて人の耳を惹きつける音なんだと感じました。様々な編集のプロセスによって作品が構成されていて、次の展開やどんな音が響いてくるか予想できない。作業をどんな風に進めていったか具体的に教えてほしいです。
F:いやもう、さっき言ったJimmy Robertsonのおかげ(笑)。実はJimmyの奥さんが日本人なんだよね。2人の男の子のお父さんでもあって。私にとっては魔法使いみたいな人。とりあえず、できるだけ多くの素材を大量に集めていって、いよいよ自分の手に負えなくなったときにJimmyの元に助けを求めるっていうパターン。それから2人して色んなことについて語り合って……彼はPro Toolsを使って作業するんだけど、とにかく判断が速くて、チャチャッとまとめ上げてくれる。そこから引き算したり、いったん取り出したものを後から戻したりって作業を何度も繰り返してる。特に「All I Want」は、あの何層にも及ぶレイヤーや曲全体の構造を作り上げるまで恐ろしく時間をかけた曲で……あの最高潮に盛り上がるエンディングに早く辿り着きたくて、そのために前置きだの間を省いてみたものの、それだと全体的に意味をなさないし、やっぱり前置き部分は必要だよね、みたいな感じで、ここで2小節、ここで3小節って少しずつ削っていきながら、ようやくあの形に落ち着いたんだけど。でも今回、Jimmyとの関係が本当に貴重だったし、長時間に渡る編集作業にも根気よく付き合ってくれて、どのレイヤーがハマるのか色々試していったんだけど、その大半がとにかく無駄を切り捨てていく作業だった。ただ、そうやって色んな面白い音にも惹かれるんだけど、あくまでも本質を見失わないように意識してた。大切なのはあくまでも歌であり、ストーリーであり、声であるってことを忘れないように。ただ、今回の作業に関してはミックスが一番楽しかったかもしれない。Jimmyのスタジオが地下にあるんだけど、その上がいい感じのカフェになってて、疲れたらお茶したりケーキ食べたり(笑)、それでまた下にあるスタジオに戻って、そこもまたこじんまりとしてていい雰囲気なんだけど、2人でこれからやろうと思ってることだとか、作品についてたくさんお喋りして。Jimmyは完全に私の頼りになる相棒って感じ。本当に彼の編集スキルによるおかげ。
──リミキサーについて聞かせてください。例えば、前作のEP『Brave』ではロレイン・ジェイムスがリミックスをしていたり、今作ではSpace Afrikaが「Tricks」のリミックスを手がけたりしています。リミキサーを選ぶ時に、重要視している点はありますか?
F:リミックスに関しては、できるだけ有色人種のアーティストを選ぶようにしてるかな。尚且つ面白い作品を作ってる人、アンダーグラウンド寄りでエクスペリメンタルな音を作ってる人というか、その意味でロレインはまさにピッタリの人選だよね。Space Afrikaも数々のサウンド・デザインを手掛けてて、その手の世界観を描き出していく系統だから……そうだね、リミックスに関しては自分の中でもクラブ寄りで実験的な面を強調するようにしているかも。この先(※筆者注:本取材を実施した6月末以降)もいくつかリミックスを予定してるんだけど、それも今言ったようなクラブ的なヴァイブが強めかも。あとはコミュニティを形成しようという意識も働いてる。自分の音楽をプラットフォームにして人と人とを繋いでいきたい、みたいな。
──ちなみに、今後予定されているというリミックスには誰が参加してるんでしょうか?
F:「Armour」のリミックスはWu-Luにお願いしてる。《Warp》のアーティストで、これがめちゃくちゃカッコいい! 最終版はまだあがってないから今のところオフレコなんだけど(※筆者注:「Armour (Wu-Lu Remix)」は7月27日にリリース)。でも、Wu-Luのスタイルってすごく共感できるんだよね。彼もメタルやパンクを土台にしながらもヒップホップにものすごく影響を受けてたりもして。リミックスに関してはとにかく人とは違うことをやっているアーティストを尊敬してるし、ありとあらゆる音楽を一緒くたにしてるようなリミックスのスタイルに惹かれるんだよね。
──ここまで話してくれたように、あなたの活動とその周りにコミュニティの存在を感じます。近年は、世の中の対立構造が目に見えて大きくなっていますが、その状況の中でコミュニティを形成する重要さも感じていますか?
F:そうだね、音楽を通してコミュニティやファミリーを築いていくことが大事だと思ってる。今言ったように世の中が大変なことになっているのもそうだし、しかも音楽業界っていうすごく厳しい世界で、そもそもロンドンでサヴァイヴしていくだけでも相当しんどいわけで(笑)。そんな中でアートを続けていくことがどれだけ大変なことか、資金を調達するのだって難しいし。だからこそコミュニティを通して繋がることがすごく大事であって……もし自分の身に何かあったり、レーベルから切られたり、うまくいかなくなったときにそばにいて支えてくれるのがコミュニティであり家族の存在だと思うから。それがどれほど大きな力になるか。私が尊敬しているアーティストもそうやってコミュニティを支えてきた人達だったから……それってものすごく強力だよね。経済システムの枠を離れたところの価値観でお互いにやりとりしているような、まさにチームみたいに徒党を組んでお互いに支え合ってるみたいな。自分がその場に存在する意義があると実感させてくれる場であり、そこに賛同したいという仲間が加わって、どんどん輪が広がっていくみたいな……というか、単純にコミュニティっていいものだよ。コミュニティがあるおかげで人生がより豊かになって自分自身も生きやすくなる。
──他にもエンジニアとしてステレオラブのメンバーでもあるアンディ・ラムゼイや、Pascal Bideauが今作には参加しています。彼らとは、どのように作業を進めていったのか教えてください。例えばアンディ・ラムゼイとは、どうでしょうか? 本作の楽曲の多くに関わっていますね。
F:そう、アンディとは『Brave』のEPのときに一緒にやってるんだよね。サウス・ロンドンにある彼のスタジオに行って、彼がエンジニアを担当してくれてるんだけど、すごく気が合って。あと世界について音楽について幅広い視点を持っていて、自分の中で何となく朧げに思っていたアイデアを後押ししてくれたというか、コラージュ的手法だとか、いわゆる普通じゃない曲構造とかちょっと奇妙な感じとか、このまま突っ走ってってもいいんだって自信を持たせてくれた。アンディは今回、エンジニアとして参加してくれてるんだけど、それ以外にも色々協力してくれていて。「Armour」はほぼ共同で書いた曲みたいな感じ、特にシンセ・パートとか曲構造に関してガッツリ関わってくれていて、あの曲のソリッド感なんてまさにアンディのおかげで出せたようなもので。ただ、この曲に限らずアルバムの中のヴォーカルやメロディや歌詞に関しては全て自分でやっているけど、それ以外のところで、例えば「Armour」とかがそうだけど、アンディに協力してもらっている。アンディとJimmyと一緒に何日かスタジオに入ってジャム・セッションを通したループとか、ちょっとしたアイデアを形にしていった中から「All I Want」と「Armour」が生まれていったという。だから、振り返ってみると、今回のアルバムにとってすごく重要なセッションだったわけだよね。しかも、アンディがなかなか灰汁の強いキャラというか、自分の意見をズバズバ言う人で面白いんだよ。確固たる自分の意見ってものをしっかり持ってて絶対にブレない(笑)。その一方で、すごく心の優しい人でこの作品のためにものすごく時間を割いてくれて。アンディに今回の作品に関わってもらったことをすごく嬉しく思う。
──Pascal Bideauとはどのように作業していきましたか?
F:Pascalに関しては私が活動を始めたかなり初期の段階からの付き合いで、元々彼が講師を務めていた音楽プロダクションのコースに自分が参加した縁で親しくさせてもらうようになったんだよね。2012年に私が出した作品にも参加してくれていて、今でも新作なりミュージック・ヴィデオなりが完成するとPascalに見せて意見を聞くような関係性で。彼も昨年にAKSUMIってプロジェクトで新作をリリースしたばかりで、その新作もPascalが日本に旅行したときの経験にインスパイアされてるんだよね。ただ、冷静に振り返ってみると今の話の登場人物は全員白人男性だね(笑)。次回作はもっとマルチカラーにしていかないと。いや、もちろん3人とも素晴らしい人で、今回の作品も一緒に作ってて本当に楽しかったんだけど、自分のアイデンティティだとかミュージシャンやプロデューサーとしてのスタンスをより強化するためにも人種をマルチにしていくことは、自分にとって必要な作業だと思うから。それこそさっきの話にあったリミックスの人選基準と同じ発想で。あるいはコミュニティに貢献するために、ロンドンを拠点にしているアーティストを積極的に起用していきたい。
──なるほど。次のアルバムではバランスを取っていきたいという話が出ましたが、今作の「acid dream.」に参加しているコビー・セイは有色人種だからという理由だけではないですよね。
F:そうそうそう、本当にそう。
──彼がこの曲に参加することになった経緯と彼からどんなインスピレーションを受けているか教えてもらえますか。
F:コビーは今のところ現役のアーティストの中では、私の一番のお気に入りかもしれない。本当に素晴らしい才能の持ち主だし、人柄がまたいいんだよ。スタジオを共有してて、他にも「All I Want」のリミックスを担当してくれてるTONEとサックス奏者のBen Vinceもそうで。昔からコビーの作品のファンだったんだけど、ある日スタジオで一緒にジャムしようってことになったんだよね。めちゃくちゃファンだったからちょっと緊張したけど(笑)。それで、コビーがベースを弾いて私がシンセを弾く形で、弾いてくれたベースを元にしていつのまにか新曲が書けちゃってたっていう。コビーのベースの一部をループしてそこにエフェクトをかけて歌をのせて……しかもほんの何時間の間に形になった曲で。あれは思いっきりコビーに影響されたもので。自分の尊敬してる大好きなミュージシャンと一緒に曲を作るときには、その人達の世界観に自分がどっぷり入り込んでそこから自分が発信するって形をわりと取ってることが多くて。だからコビーの音楽を自分の中に取り入れることができて本当に嬉しく思う。
──最後に、日本の音楽への興味について聞かせてください。というのも、X(※旧ツイッター)に荒井由美の『MISSLIM』のレコードの画像を投稿していたのを見かけて。
F:ユミ・アライね! あれはロンドンのレコードショップで見つけて、すごく気に入ったんだよね。彼女についてそんなに詳しくは知らないけれど、でも本当に美しい作品だと思う。70年代風のピアノをベースにしたヴォーカル・ミュージックで、コードもアレンジメントもすごく美しい。彼女の作品にしてもそうだし、日本の音楽ももっと掘り下げていかなくちゃ。
──ちなみに今回来日した理由は?
F:親友が日本に住んでいて、彼に会いに行く口実で日本に遊びに来たという(笑)。こっちの音楽関係の人と会えたらいいなあっていう気持もありつつも、基本は観光だよね。アルバムが完成してPVもリリースされたことだし、頑張って働いた自分へのご褒美ってことで。
──たくさん興味深い話を聞かせてもらい、ありがとうございました。
F:(日本語で)ありがとうございます。本当にいい質問ばかりで楽しかった!
<了>
Text By Koki Kato
Interpretation By Ayako Takezawa
Fran Lobo
『Burning It Feels Like』
LABEL : Heavenly Recordings
RELEASE DATE : 2023.08.18
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