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モリッシーへのまなざし。18年目、アメリカン・フットボールの「ロック・バンド」としての再出発

28 June 2017 | By Yasuyuki Ono

 6月6日、恵比寿リキッドルーム。6月7日、赤坂ブリッツ。アメリカン・フットボール来日公演の東京ツー・デイズは、待望のステージでした。両日とも、会場を埋め尽くしたオーディエンスの誰もが、ステージバックに掲げられた、木陰の間から漏れる光の中にたたずむように映る「あのドア」の前で展開されることになる、彼らの演奏を待っていました。一曲目の「ウェアー・アー・ウィー・ナウ?」のアルペジオが鳴り始めた瞬間から、言葉にならない呻きのような歓声が空間を包みました。
 今回のライブのハイライト(のひとつ)は、両日ともラスト・ナンバーとなった「ネバー・ミーント」だったといってよいでしょう。二部構成だった今回のライブにおいて、その場にいた全員が固唾をのんで、ライブの最後の最後まで、「ネバー・ミーント」を待っていたことは、イントロのギター・サウンドが聞こえてきた瞬間に、両日とも、その日一番の大歓声が会場に響いたこと、全員での大合唱がフロア中に響き渡ったことが物語っていたように思います。筆者と同年代であり、筆者と同様にアメリカン・フットボールを後追いで聴いてきたであろう20代のオーディエンスも、長年、アメリカン・フットボールへ寄り添ってきたであろう30-40代のオーディエンスも、皆があの曲に魂を奪われていました。

 さらに、今回のライブのハイライトを挙げるならば、それは、6月7日の公演――モリッシー~アメリカン・フットボール…そして、モリッシーであったといえます。いったい何のことか。それは、孤独と旅立ち。18年の旅。そして、再出発の物語なのです。「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」と「スウェードヘッド」という、モリッシーのソロ曲である2曲を、前者を開演の、後者を閉演のSEとし、それらに挿入されるように配置された、アメリカン・フットボールの来日公演のステージは、そのようなメッセージを筆者に伝えてきたのです。
 もちろん、アメリカン・フットボールのメンバーである、スティーブ・ホルムス(ドラムス、トランペット)が、《VICE》のインタビューで、アメリカン・フットボールへのモリッシー、ザ・スミスの影響を語ったように、バンドのフロント・マンである、マイク・キンセラ(ヴォーカル、ギター)が自身のプロジェクトであるオーウェンにて、ザ・スミスのカバーをこれまでしてきたように、アメリカン・フットボールがザ・スミス、モリッシーの影響下にあることは周知の事実です。しかしながら、17年ぶりのアルバム・リリースに伴うワールド・ツアーの一環である今回の公演において、アメリカン・フットボールが、なおモリッシー、ザ・スミスへの憧憬、もしくは影響を隠そうともせず、むしろあからさまなまでに私たちの前に提示したことは、アメリカン・フットボールから、私たちへの何らかのメッセージであり、アメリカン・フットボールが“エモ”や“ポスト・ロック”などという狭いジャンルを最初から視野に入れず、メイン・ストリームすら感じさせるロック・バンドとして聴こえてくるヒントを示してくれているようにも筆者は思うのです。
 ここで、話をモリッシーに向けてみましょう。「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」は、モリッシーの最高傑作と評されることもある、ソロ4作目『ヴォックスオール・アンド・アイ』(1994年)に収められています。盟友ジョニー・マーとの再会と、その後の失望、仲間の死、自身のうつ病、それらと並走する愛とのコントラスト。モリッシー自身を取り巻いていた、あまりにも陰鬱でありながら、ひとかけらの希望をその状況の中で見出しているといった状況がこのアルバムにも反映されています。しかしながら、その中にあって、「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」を形成する、飾り気のないアコースティック・ギターが鳴らす極めて美しいメロディーと、「なぜ自分で答えを見つけようとしないんだ」と何度も歌う、モリッシーの暗い歌詞のコントラストがアルバムを代表しているかのようです。
 他方、「スウェードヘッド」はモリッシーのソロ・デビュー曲として、あまりにも有名です。ザ・スミス解散後、いわばモリッシー自身の第二章のスタートとしてこの曲は作られました。ザ・スミス(と、なによりもジョニー・マー)への幻影に目をくらませながら、それでも、声を振り絞り、他者への恐怖と愛でゆれ動く、自身の不安定な感情をモリッシーは歌い上げます。加えて、この「スウェードヘッド」が収められたアルバム『ビバ・ヘイト』(1988年)には、エスニシティをめぐる論争を巻き起こすこととなった、ベンガル人移民を描いた「ベンガル・イン・プラットフォームズ」が収録されています。

 ここで、アメリカン・フットボールによる今回のセカンド・アルバム・リリースと日本公演に先立って、アメリカでのドナルド・トランプの大統領就任に伴う白人ナショナリズム高揚が見られたこと、アメリカでの『ゴースト・イン・ザ・シェル』制作の傍らで、日本人を演じることとなったスカーレット・ヨハンソンの配役に伴う、ホワイト・ウォッシング批判がみられたことは、指摘しておくべきことでしょう。それらを大因として、「ネバー・ミーント」のMVが白人中心の構成であったことを鑑み、セカンド・アルバム収録曲、「マイ・インスティンクツ・アー・ジ・エネミー」のMVは日系アメリカ人と日本人をメインに据えたものとなったと、アメリカン・フットボールのアートワークをファースト・アルバムから手掛け、今回のMV制作も行ったクリス・ストロングは語りました。また、彼は、MVの出演者はマイク・キンセラとそのマネージャーが、日本の知人に声をかけ集めたと語ってもいます。このように、アメリカン・フットボールは、エスニシティに対する政治的な反応を、このアルバム・リリースに際して見せているのです。

 あのライブで流れたモリッシーを聴いて、そして今回、ある種の政治性を内包したMVが制作されていることを鑑みて、アメリカン・フットボールは、18年越しに、自らをモリッシーであると、ザ・スミスであると高らかに宣言しているように思います。この18年で自らの周りに蓄積された、“エモ”“ポストロック”などというカテゴリーを吹き飛ばし、彼らはあの星空の下を流れるように聴こえるクリアなギター・サウンドと、内省的な歌詞はもちろんのこと、MVを通じた政治的問題へのコミット、そしてライブのSEを通じて、アメリカン・フットボールというバンドの音楽を私たちに、自分たちに問いかけています。
 アメリカン・フットボールの17年ぶりのセカンド・アルバムも、今回の来日公演も、「ウェアー・アー・ウィー・ナウ?」という、アメリカン・フットボール自らへの問いかけから始まっています。そして、その曲の直前にアメリカン・フットボールが「ホワイ・ドント・ユー・ファインド・アウト・フォー・ユアセルフ」を会場へ響かせたこと、それは(モリッシーがその曲を鳴らす背景でもあったように)、陰鬱の中で、ひとかけらの希望を探し、そして自らが今どこにいるのかを問い直すこと、それがこのライブであるという宣言だったのだと思うのです。そして、アメリカン・フットボールは、自らの、“ファースト・アルバムの1曲目”である「ネバー・ミーント」をライブのラスト・ナンバーとして鳴らし、モリッシーが、ザ・スミスという幻影に苦しみながら再出発を果たした「スウェードヘッド」でライブを締めくくったのです。つまり、あの「ネバー・ミーント」は、陰鬱の中で、希望を探してきたアメリカン・フットボールの再出発を告げる、クリアかつ非常にエモーショナルな汽笛であったと言えるのではないでしょうか。

6月の来日公演の様子 Photo By Kazumichi Kokei

 陰鬱。この18年間、アメリカン・フットボールがとらわれていたのは、もしかしたら、いや、やはり“エモ”や“ポスト・ロック”といった、カテゴリーの網であったのかもしれません。マイク・キンセラが2年前、自ら語ったように、彼らにとって“エモ”や“ポスト・ロック”の始祖とみられることは「どうでもいいこと」であり、それよりも「自分たちが影響を受けた先達との体系的連携」の方が彼らのバンド・アイデンティティにとっては重要なことであるのです。
 あの日、彼らはあの4曲を通じて、“エモ”でもない、“ポスト・ロック”でもない、モリッシーに、ザ・スミスという希望に自らを重ね合わせ、ひとつの「ロック・バンド」として再出発を図り、あのステージに立っていることを、非常に明瞭な形で示していたのではないかと思うのです。それが、アメリカン・フットボールがあの日、あの赤坂のライブ・ハウスで自らに、私たちに問いかけ、示してくれた問いへの回答なのではないかと、マイク・キンセラの歌声とモリッシーの歌声が重なり合うような、閉演後の明るいフロアを思い出すたびに考えるのです。(文:尾野泰幸)

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Text By Yasuyuki Ono


American Football

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LABEL : Wichita / Hostess
CAT.No : HSE-3756

■Hostess Entertainment HP内 作品情報
http://hostess.co.jp/releases/2016/10/HSE-3756.html

■Hostess Entertainment HP内 アーティスト情報
http://hostess.co.jp/artists/americanfootball/

■アメリカン・フットボール OFFICIAL SITE
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