2018年はここにフォーカスせよ!
今年注目のアーティスト、シーン、エリアを紹介 Vol.1
前年度を総括する意味もあるグラミー賞の発表が今年も終了した。ブルーノ・マーズがノミネートされた年間最優秀レコード、年間最優秀アルバム、年間最優秀楽曲含む6部門全てで受賞するという快挙をなしとげた一方、本命視されていたケンドリック・ラマーが、5部門は獲得したものの主要部門は逃すという結果になったことが様々な憶測を呼んでいる。
【第60回グラミー賞主要部門を大胆予想!~ブラック・ミュージック主導の象徴となるか】はこちら→
http://turntokyo.com/features/features-grammy2018
そうしたメインストリームは2018年どう転じていくだろうか。また、ジャンルがより一層シームレスになり、メジャー/インディーの境目がなくなった今、次なる主役はどこから登場するだろうか。誰に、どのエリアに、どのような角度から期待していけばいいだろうか。そこで、《TURN》では、グラミー発表が終わった今だからこそ…というタイミングで筆者6名にそれぞれのアングルから今年2018年の注目を探ってもらうことにした。まずはその第一弾、山本大地と坂内優太の“フォーカス”をお届けする。
ストームジーやJハスに続くか⁈ 進化と多様性の拡大を象徴するUKラップ
「『今年注目はUKラップ』って”毎年”言ってるじゃん」私の友人はこう言う。その通りだ。グライムの復活が話題になり出した2016年も、その象徴的アクト、ストームジーの待望のデビュー・アルバムの発表が期待された2017年も、続けて年の初めに「UKのラップ・ミュージックに注目!」と周囲に話していた。事実グライムの復活は2016年のスケプタのマーキュリー賞受賞、昨年のストームジーのインディ・リリースのグライム・アルバムとして初の全英1位でその頂点を迎え、そのスケプタとギグスがドレイクの『More Life』にフィーチャーされたことでアメリカ進出の大きな一歩も見せた。つまりいまやUKにおけるラップ・ミュージックの勢いに疑いを持つ人はいないだろうし、このムーブメント自体はもうフレッシュではない。だが、それでも自信を持って今年もこのシーンに注目を続けたい理由がある。それはUKのラップ音楽は進化・多様性という点において確実に次のフェーズへ向かっていることだ。
そもそもこれまでのところ2010年代は、アデルやエド・シーランというグローバルなスターを除けば、世界のポップ音楽の中心にあったのは常にアメリカ初のポップとラップ/R&B。英国のポップ音楽からはアクチュアリティを持って過去を更新していくような音楽がなかなか見えてこなかった。
そんな中昨年は、ジャマイカのダンスホールとナイジェリアやガーナといったアフリカ産のアフロビーツをブレンドした”アフロバッシュメント”(Spotifyがプレイリストに名付けたことで一般化した)と呼ばれるサウンドがストリートを席巻し始め、そこから生まれたJハスのアルバム『Common Sense』は売上がゴールド認定されるなど象徴的な作品となった。
一方で、同じくマーキュリー賞やブリット・アワードへもノミネートしたロイル・カーナーはジャズを基調とした優しさ溢れる作風で全くのオルタナティブを示している。そして思い返せばニュー・グライム・キングと呼ばれてきたストームジーのアルバムでさえR&Bやゴスペル調の曲を多数収録し、ジャンルの新たな方向性を示していた。
グライムの”再燃”、つまり以前と似たものが息を吹き返していると形容されてきたこのシーンは今、また別の言葉で語られる必要があるのだ。そしてこの動きこそが英国のポップ音楽を再び世界の中心へと導くこポテンシャルを持っている。
本稿ではそんなUKラップの進化と多様性の波をリプリゼントするライジング・スターを5組紹介させていただく。
Dave
昨年のストームジー、Jハスに続くメインストリームでの成功に最も近い位置にいるのは間違いなくこの、10年代のUKのラップの中心地=サウス・ロンドンのデイヴだ。彼の魅力はグライムの高速ビートを用いた曲で見せるハードな面と、英国が抱える様々な政治イシューに切り込んだ「Question Time」や失意に終わった恋愛を振り返る「How I Met My Ex」などコンシャスかつ憂鬱なトーンの楽曲で見せるソフトな面の二面性にある。その完成仕切ったラップ・スキルと優れた観察力に触れれば、ドレイクからのお墨付きにも納得だろう。
Yxng Bane
ロンドンのラップ・シーンの中で昨年最もブレイクしたのはイースト・ロンドンのヤング・ベインだろう。2月にリリースしたエド・シーランの「Shape of You」のリミックスが話題になると、ラッパーのYungenとのコラボ曲「Bestie」は全英10位を記録した。BPM140のハードなグライムのビートとは対照的なスロウなビートに合った、オートチューン混じりのメロウなラップが魅力で、フロアで優しくリードするように女性を賛辞している。先述の「Shape of You」のリミックスでの「コカコーラのボトルのような彼女のボディ」というラインはフィジカルな愛を歌った原曲をより一層ホットにする。
Not3s
「アフロバッシュメントのMCは誰から聴けばいいか?」そう聞かれたら私はまずノーツの名前を挙げる。理由は単純だ。昨年発表した「Aladdin」や「My Lover」が証明するように、彼は誰よりもキャッチーなアンセムを書くセンスに長けている。そして、ピアノやギターのリフを効果的に使いながら醸し出される陽気でユーモラスな雰囲気は、聴く者をどんよりしたロンドンの空から、ほぼ全ての曲で引用するアフロビーツの原産地、アフリカの広大な景色へと誘う。ローカルな固有名詞とスラングで一瞬にしてロンドンのユースの暮らしにアクセス出来る「Addison Lee」の歌い出し「Peng ting called Maddison, I tell her come and jump in my Addison Lee」はここ数年のベスト・ラインだ。
Stefflon Don
メールMCにほぼ独占されていたこのシーンもここ数年は大きく変貌を遂げた。昨年のBBC「Sound of」リストのウィナーのRay BLK、『Queen’s Speech』シリーズでブレイクしたLady Leshurrなど個性豊かなフィメールMCが続々頭角を現しているのだ。中でも人気もキャラ立ちも頭一つ抜けているのがこのステフロン・ドンだ。ジェレマイやフレンチ・モンタナらとコラボする他、ミーゴスやリル・ヨッティが所属する《モータウン》傘下レーベル、《Quality Control》と契約するなどアメリカでの成功に最も近いMCともいえる。「私の曲に決して繊細さなんてない」と言う彼女のボースティングからはカーディBに劣らぬ風格さえ漂う。
Harlem Spartans
あの度々警察にイベントを中止にさせられていたグライム「さえ」果敢にメインストリームに取り上げられてきた裏で、更にハードで生々しいシーンが勢力を上げている。それがブリクストンを中心地とするドリル・ミュージックのシーンであり、00年代後半からギグスらがリードしてきたUK版ギャングスタ・ラップを、貧困や暴力が隣り合わせという同様の背景を持つシカゴ・サウスサイドの狂気的に激しいバイブスを借りながらアップデートしている。注目はメンバーの大半がソロでも名を上げている5人組、ハーレム・スパータンズで、グライム由来のロウなビートも多用することで、USらしさとUKらしさの微妙な隙間を演出している。
スキルやストリートの観察力が備わったMCがいて、メインストリームにも通用するアフロビーツがあり、女性MCも活躍、更にはアングラらしさを維持するハードなドリルもある。こうしたUKラップの進化と多様性の拡大はどこまで続くか、ここで紹介するアーティストはそれにどれだけ貢献するか、一年間注目を続けたい。(山本大地)
「ポスト・トラップ」のシーンに帰還するカニエ・ウェスト
2018年、いよいよカニエ・ウェストがシーンに本格的に帰還する気配が色濃くなってきた。その先制弾となるのが、つい先日リリースされたミーゴスの『Culture II』。両者のスタジオ入りは同作の制作中の2017年から噂されていたが、実際にリリースされたアルバムでカニエは「BBO (Bad Bitches Only) (feat. 21 Savage)」にプロデューサーとして参加。リリース直前にQuavoがInstagram上で公開した手書きのメモ上で、カニエには“アディショナル・プロデューサー”なる肩書きが与えられていた。
実際に「BBO」を聴くと、淡々と軽快に刻まれるラップとドラムスの後ろ側に、サンプリングと思しきホーンとストリングス、女性の(?)コーラスによるアブストラクトなアレンジメントが敷かれ、ミステリアスで不穏な情感を添えている。近年の作風から想像するに、カニエが関わったのはおそらくこの部分(のディレクション)なのではないか。そして、その推測に基づいて言えば、カニエ史上、最も抽象的な作風だった『The Life of Pablo』(2016年)のモードは、今も彼の中で継続しているようだ。
この『Culture II』の後に控えていると噂されているのが、カニエが設立・牽引するレーベル「G.O.O.D Music」の新作。同レーベルは最近、SoundCloudのページを新設。このことがきっかけとなり、2012年のコンピ『Cruel Summer』に続く『Cruel Winter』がリリース間近なのではないか?と囁かれている。
現在、同レーベルにはPusha T、Francis And The Lights、Desiigner、Valeeなどが所属。前述の『Cruel Summer』は、カニエ個人のディスコグラフィ上で見ると、翌2013年の『Yeezus』での“インダストリアル化”の伏線となっていた。また、その『Yeezus』の鋼鉄的で無機質なサウンドは、現在のトラップ・ミュージック隆盛の呼び水になっていたと見立てることができる。来たる『Cruel Winter』で、カニエ(と「G.O.O.D Music」クルー)が何を打ち出してくるかは注目したいところだ。
そもそもカニエ・ウェストの何がすごいのか。 それはアーティスト/プロデューサーとしての“逸脱”への飽くなき欲求のようなものだ。カニエはデビュー以来、常にジャンル越境的であると同時に、ポップ・ミュージックにおける人種的な文脈や因習にも牙を剥き続けてきた。それは時に彼の中の、ある種のヨーロッパ趣味として結実し、 本来は仲間であるはずのブラック・コミュニティーさえ、彼の言動にしばしば眉をひそめた。常軌を逸した成功主義。彼のキャリアは、その破壊的な欲望をクリエイションの説得力によって正当化してきた道筋だと言える。そして、それは副次的に現代のシーンのエクレクティックで何でもアリな空気感を醸成してきた。
現時点の最新作『The Life of Pablo』は、リリースから2年を経てなお、現代ポップ・ ミュージックの巨大な“謎”として存在し続けている。『Culture II』、『Cruel Winter』に続くであろうカニエ本人の新作は、 どのような欲望を映し、どのような音楽の未来を提示するのか。それを覗き見る日は楽しみなようでも、恐ろしいようでもある。期待と恐怖に身震いしつつ、その“Xデー”を待ちたい。無事すべてがリリースされれば、の話だが…。(坂内優太)
Text By Daichi YamamotoYuta Sakauchi