「ここで諦めるんだったら、いっそ世界を終わらせた方がいいんじゃない?」
エラ・マイナスは光を灯して前進する
セカンド・アルバム『DÍA』インタヴュー
コロンビア出身のプロデューサー、エラ・マイナスは絶望を歌っている。弾けるビートと、幾重にもレイヤードされたシンセサイザーから吹き出す上昇気流に乗って。
これが時代の終焉だと
そして皆が諦めるのなら
ここで終わる方がいいと思う
世界など滅びてしまえ、今すぐに
「QQQQ」にあるこの反語的歌詞は、それだけで十分魅力的だが、2020年のデビュー作『acts of rebellion』から約4年の時を経てリリースされたセカンド・アルバム『DÍA』の一部に過ぎない。大まかに言えば、本作には深い内省があり、その先で希望を掴み取ろうという激しい精神的闘争がある。つまり、自らを知り、自らを責め、自らを許し、自らを鼓舞する過程が、本作には綴られているのである。
表現力を増したヴォーカルを含む、サウンドはダイナミックに、ポップに、美しく、そして力強く歌詞を後押ししている。前作『acts of rebellion』がある種の制約から生まれた、パンデミックで不意に訪れた静けさに寄り添うレコードであったとしたら、この『DÍA』は真逆のレコードとさえ呼べるだろう。その開放的な音は、私たちそれぞれの持つ時間という不可逆な概念と共鳴して響いている。要するに、「進め」、そう音でも訴えているのだ。
TURNでは、エラ・マイナスにとって大きな変化を迎えたアルバムであり、新たなるエレクトロニック・ミュージックの傑作『DÍA』についてのオフィシャル・インタヴューを全文掲載する。
(インタヴュー・文/高久大輝 歌詞対訳/今井スミ 通訳/原口美穂 写真/Alvaro Arisó)
Interview with Ela Minus
──デビュー・アルバム『acts of rebellion』から約4年、その間あなたはどのように過ごしていましたか?
Ela Minus(以下、E):この4年間、私は色々な街から街へ旅をしていました。だから、時間の過ぎ方が普通とは違っていてすごく変な感じで。4年間なのに、まるで6ヶ月しか経っていないように感じるんです。旅をしながら、本当にたくさんのことをやっていて。まず、コロナで家を出なければいけなくなって、そのあとは世界中を回ったんです。
──その期間で、本作の制作へとつながる具体的なきっかけや、意識の変化を促した出来事があったら教えてください。
E:新しいアルバムを作る意欲へのインスピレーションはしばらく降りてきませんでした。パンデミックで、しばらくは本当に奇妙な時間だったから。2020年、アルバムをリリースしてプロモのプランもたくさん立てていて、フェスの出演もたくさん決まっていたのに、それが一瞬で消えてしまって。あれはなんとも言えない経験でした。前まであまりソロ・キャリアのことは考えてなかったんだけど、やっと真剣にやろうとすべてを計画して一生懸命活動しているときに、いきなり拍子抜けというか、動揺してしまったんです。でも、気持ちを切り替えようと思って。もしかしたら、この奇妙な時間こそがレコードを作るための興味深い機会なんじゃないかってね。疑念とか疑問がたくさん湧き出てきた時期だったし、この混乱した気持ちを音楽にしたら面白いものができるかもって。それがきっかけで今回のレコードを作ることにしたんです。
──資料には、あなたは「コロンビア、メキシコ、北米、ヨーロッパを巡りながら、3年間にわたり曲の断片を集め、その時点でアルバムか一度完成したと感じたが、デビュー作を振り返った際、歌詞が自分の内面を十分に表現できていなかったことに気づき、そこからより深い自己表現を目指すことを決意した」といった内容の記述があります。そして、その後カリフォルニアのモハーヴェ砂漠やロサンゼルスのホテル、ニューヨーク、シアトル近郊、メキシコシティ、ロンドンなど、様々な場所で制作されたそうですね。前作が自宅で制作されたのに対して、移動しながら制作していたことは今作『DÍA』にどのように影響していますか?
E:影響は大きかったと思います。前と同じようなレコードは絶対に作りたくないと思っていたから、どうやったらこれまでとは異なるレコードを作れるかずっと考えていて。自分の家にいる時は、自分にとって馴染みのあるシンセサイザーしかなかったし、時間の制限もなかったから、自宅で作っていたらなかなか以前と違う作品を作るのは難しかったかもしれない。でも、今回は移動しながら制作していたおかげで、それとは全く正反対の環境でレコード制作をすることができたんです。スタジオを一時間だけ借りて、スタジオごとに環境も全く違っていたから。その、自分では環境を全くコントロールできないという状況はこれまでと違うものを作るのに大きく影響したと思います。
──特に印象に残っている街でのエピソードがあれば教えてください。
E:エピソードは色々あるけど、一つはメキシコの田舎や山の中で過ごした時期。あとは故郷のコロンビアでも山の中で過ごした時も。都会から離れた自然の中にいることで、すごくインスパイアされたんです。それから、ロサンゼルスのダウンタウンにあるスタジオでも仕事をしたんだけど、その全く違う環境のコントラストはすごく面白かった。あと、実は初めて東京にも行ったんです。あの経験は素晴らしくて。10日間だけだったんだけど、日本には行ったことがなかったし、ずっと行くことを夢見ていた国に行けたという経験は正直私の人生を変えてくれたと思う。また早く戻りたいし、もし行けたら次は3ヶ月くらい滞在したいです(笑)。
──次に歌詞について訊かせてください。本作では一度書き上げた歌詞をあなたは書き直しているんですよね。実際に今作の歌詞はより深く、パーソナルなものになっているように感じますが、あなたはどのようなことを意識していたのでしょうか? よろしければ作詞の面であなたに影響を与えた作品やアーティストについても教えてください。
E:そう。前に書いていた歌詞を聴いた時に自分自身を表現しきれていない気がしたんです。それは、レコードを作っている数ヶ月間の間に、自分のことをもっとよく知り、新しい自分の深みを発見できたからだと思う。人生って本当にクレイジーなもので、ほんの2、3週間の間に自分を大きく変えるようなことが起こることもあれば、何年も何も起こらず、そのままの自分でいることもあります。今回の場合は、レコードを作り始めた時、最初に歌詞を書いた時から自分が大きく変わったことに気づいて、その気づきをしっかりと歌詞に反映させることにしたんです。だから、作詞に関してはあまり影響を受けた作品やアーティストはいない。もっと個人的なものだから。でもあえて言うなら、ルー・リードとか。歌詞に関しては、ロックやフォーク・ミュージックの方が好きなんです。エレクトロニック・ミュージックの歌詞はあまり好きじゃなくて。あとはエイドリアン・レンカーの歌詞や音楽も大好き。彼女は素晴らしいソングライターだと思います。
──パーソナルである一方で、スペイン語で歌っている曲の一つである「QQQQ」では世界の抱えた絶望に目をそらさず向き合っているように感じます。これはこの4年の間に起きた激しい戦争を含む政治的な問題に対してのあなたの感覚を反映したものでしょうか?
E:その曲では、降伏のような感覚について歌っています。歌詞の中で私が言っているのは、次のようなことです。最近、誰と話しても時代の終わりのような、黙示録的な、地球規模の問題の話題が出てくる。地球の温暖化や政治など、様々なことが起こっていて、それが私たちに世界の終わりのようなことを感じさせているから。で、もちろんこれは皮肉だけど、もしここで諦めるんだったら、いっそのこといますぐここで世界を終わらせた方がいいんじゃない?と。より良くしようと努力するか、それとも諦めて世界を終わらせるかのどちらかにしようって。それが今私たちが置かれた状況だと本当に思うから。歌詞とは正反対にサウンドが希望に満ちているのは、今の世界に希望を感じさせるためです。私たちが諦めず、世界をより良いものにしようと努力する選択肢の方を選べば世界は変われると思う。
──そういった、ある種の絶望を音楽の中で歌うことは、あなたにどのような感情的変化をもたらしますか?
E:いい質問。その答えはわからないけど、私自身は努力していると思います。どうすればより良くなるのか、どうずれば助けになるのか、どうすれば実際に影響を与えられるのか答えが見つからなくても、私たちにできるのは、問題の一部にならないならないこと。火に油を注がないことだと思う。だから私は、少なくとも火に油を注がないようには努力してる。
──前作『acts of rebellion』のミニマルさに対して、『DÍA』はサウンド的により広がりがあり、ポップさと実験的な要素を感じさせる幅広いものになっています。こうした変化はどのようにして起こりましたか?
E:たぶん、その変化が起こった理由は2つあります。一つは、さっき話した今回の作品が作られた制作過程。最初のアルバムでは、レコーディングしたものをライヴに反映させるというアイディアにこだわっていて。だから、自分の中でステージに持ち込めるシンセサイザーしか使わないというルールがあった。そのために、明らかに使ったシンセの数が少なかったし、音も小さかったんです。でも今回は何も気にせず作っていて。もしもライヴでそれをそのまま演奏できなくても気にしない。何も考えず、自分を縛ることもなく、ただ最高のレコードを作ることだけを考えて作ったんです。それは大きな要素の一つだと思う。そしてもう一つは、今回は色々な場所にあるスタジオで作業していたから、シンセサイザーを初めより多くのサウンド・パレットを持っていたことです。
──ヴォーカルの表現力も増し、『DÍA』には印象的なメロディーが数多くあります。あなたはヴォーカルについてどのようなものだと考えていますか? 楽器や機材に近いものですか? その考えはこれまでのキャリアの中で変化してきたのでしょうか?
E:ヴォーカルに対する考え方は、前回と今回のレコードで変わっていて。以前なら間違いなく、ヴォーカルは楽器の一つだと答えていたと思います。シンセと同じように、私にとってヴォーカルは一つのサウンドの要素の一つだったから。でも今回は、歌詞を通して言いたいことがたくさんあった。だから、より良い歌詞を書こうと自分を奮い立たせていて。それは同時に自分がより良いシンガーになるため、そしてより良いプロデューサー、そしてより良いエンジニアになるための経験にもなりました。ヴォーカルにより集中して注意を払うことで、そういった部分も磨かれたんです。もし歌詞がここまで重要ではなかったら、全く違う音楽を作っていたと思います。声を優先しそれを中心にプロデュースすることで、今回のようなサウンドに仕上がったんです。
──「BROKEN」ではヴィンテージのYAMAHA CS01、MoogのSirinやSubsequentのようなアナログ・モノフォニック・シンセサイザーを用いたそうですね。あなたはハードウェア・シンセなどの機材の扱いに長けていることで知られていますが、今作でそういった機材面で変化はありましたか?
E:今回新しく挑戦したことは2つ。一つは、アコースティック楽器を初めてレコーディングしたこと。例えば「IDK」って曲があるんだけど、あの曲でメインで聴こえるシンセのような音は、実はシンセではなくてディストーションをかけたベース。あの曲は私がベースで書いたものなんだけど、ベースを使って曲を書いたのも今回初めて挑戦したことの一つでした。そしてアルバム最後の曲「COMBAT」では、木管四重奏が入っていて。サックスとフルート、クラリネットをまずレコーディングして、その上に合わせて曲を書いたんだけど、あれは素晴らしい経験でした。それをシンセとミックスしたんだけど、あの部分は曲を本当に特別なものにしてくれたと思うし、あの曲を書いたことで、もっとオーケストラで演奏される楽器を使って曲を書きたいと思うようになりました。
──なぜ今、ベースや木管楽器を?
E:自分の気に入ったコードとメロディーは頭の中にあったんだけど、自分がそれを使ってどうしたいのかちょっと迷っていて、何かが足りないような気がして曲を完成させることができずにいたんです。で、あるスタジオで座っていたら、ベースが置いてあるのが目に入って。何も考えずに弾き始めたら曲ができたんです。ベースの弾き方なんて知らなかったんだけどね(笑)。木管楽器に関しては、旅をしながらアルバムを作ったから流れでそうなった。普段私は、作品を作るときは携帯の電源を切って何週間も何ヶ月も誰とも話さなかったり、外出を控えたりする。でも今回は、スタジオでは携帯の電源は切っていたけど、移動の時は携帯の電源を入れて、空港で友達にメールしたりしていて。私には素晴らしいサックス奏者の友人がいるんだけど、何かが欠けているような気がしていた時にたまたま彼とメールをしていて、音源を送るからそれに合わせて何かやってみない?と彼に聞いてみたら、彼が素晴らしいメロディを録音して送ってくれたんです。それで、「あなたのために何か書かせて」と言って「COMBAT」を書きました。今回の私は、そんな感じで前回と比べてすごくオープンだったんです。
──すでに公開している「COMBAT」「BROKEN」「UPWARDS」のMVは“時間(時計)”というモチーフが用いられています。どのような意図がありましたか?
E:このアルバムには「時間」という共通のテーマがあって、レコードのジャケットを拡大してみるとすごく小さく書かれた時間を表す数字が書いてあるんです。それはレコードのコンセプト、そしてヴィジュアルのコンセプトは、時間や時の流れ。私は今回のレコードを1曲ずつではなく、40分の一つの作品と捉えていて、例えば「BROKEN」は1曲目だけど、レコード上で5分12秒のところから始まるからビデオで5:12という数字が見えます。これはライヴでも同じで、大きな時計を置いて、ショーの残り時間が見れるようになってる。アルバムのタイトルはいくつか意味があるんだけど、文字通りの意味はスペイン語で「一日」。一日とは、光の存在によって定義される時間。このレコードで私は光を灯し、自分の中に見えるものをすべて書いた。すべてはそこから生まれたんです。そしてこの作品はある“期間”が表現されたものであり、時間が流れていることへの意識についてでもある。だから時計のモチーフを選んでいるんです。でも時間というテーマは、私が選んだわけじゃない。レコードを完成させて、マスタリングして、リスナーという立場でレコードを聴き自分が一体何を作ったのか観察しながら聴いてみると、そのテーマが自然と姿を見せ始めました。で、アートワークを考えていた時に、抽象的で曖昧だけど何かメタルっぽい、酸化した金属みたいなものを使いたくなって、それが時間と関係していることに気づいたんです。だからある意味、タイトルやテーマは私が選んだわけじゃない。向こうから降りてきて、私がそれに気づいたという感じなんです。
──あなたはDJとライヴ・パフォーマンスの両方を行ってきました。あなたにとって、それらの間にはどのような違いがありますか?
E:私は断然ライヴ・パフォーマンスの方が好きで。それが私の天職だと思うし。私がDJを始めたのは、正直言って業界からのプレッシャーがあったから。エレクトロニック・ミュージックを作っている人は皆DJもやるって思っている人も多いんですよね。実際やってみて楽しくもあるし、好きな部分もある。でも私にとって、DJとライヴ・パフォーマンスは全く異なるもの。仕事としてもアートフォームとしてもね。
──『DÍA』ではビョークやデペッシュ・モード作品などを手がけるマルタ・サローニがミキシングを担当し、ボン・イヴェール作品などを手がけるヘバ・カドリーがマスタリングを担当しています。2人との仕事はいかがでしたか?
E:彼らとの作業は素晴らしかった。彼らと一緒に仕事をするのは2回目なんだけど、2人は本当に最高。一緒に作業するのが大好きだし、2人とも本当に才能があってインスピレーションを与えてくれるんです。
──あなたはこれまでパンク、ジャズ、テクノなどの音楽に様々なチャレンジを経ながら取り組んできたと思います。今作でも挑戦的な要素を数多く感じますが、これまでの道のりを俯瞰してみて、あなたは自身がどのようなキャリアを描いてきたと感じていますか? そして今後どのような道に進みたいと考えていますか?
E:大きな質問(笑)私はジャンルとしてではなく音楽として自分の作品を作ってきました。楽器も何度も変えてきたし、私はそれを誇りに思っています。ミュージシャンというものは、常に音楽に貢献したいと考えるものだと思っていて。私にとってミュージシャンとしてのキャリアは、自分のためでもなければ成功のためでもない。音楽に奉仕し、音楽にとって常にベストなことをする、それが私にとっての音楽キャリア。振り返って誇りに思えるのは、私がしてきたすべての決断が、音楽のためになると思って選んできたものであるということ。それをとても誇りに思うし、これからもそれを続けたいと思っています。
──カリブーやフローティング・ポインツとも共演するツアーも予定されています。日本でのライヴが現状発表されていないのは非常に残念ですが、ツアーではどのようなライヴ・パフォーマンスを予定しているのか教えていただけますか?
E:私自身もとても楽しみ。新しいショーだからもちろん内容もこれまでと違うし、ヴィジュアルも違う。私は常に人間らしいエレクトロニック・ミュージックを作りたいと思っています。理由は、オーディエンスの皆の顔をみて、皆と繋がっていると感じたいから。だからラップトップは使わず、ハードウェア・シンセサイザーと声だけでライヴ感あふれるショーをやりたいと思っています。日本でライヴをするのは私の夢だから、ぜひ実現したいです。皆にもすぐ会えますように。
<了>
Text By Daiki Takaku
Photo By Alvaro Arisó
Interpretation By Miho Haraguchi
Translation By Miho Haraguchi
Ela Minus
『DÍA』
RELEASE DATE : 2025.01.17
LABEL : Domino / Beatink
CD/LPのご購入は以下から
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14445