もういちど、エレクトロな夢をみせて
〜ダフト・パンク アルバム・ガイド〜
ダフト・パンクの2013年に発表された4枚目にして最後のスタジオ・アルバム『Random Access Memories』の10周年記念盤が、5月12日にリリースされた。この『Random Access Memories』から2021年2月22日の解散までの8年弱のあいだ、このふたりにまったく動きがなかったかというともちろんそうではない。ファレル・ウィリアムスやザ・ウィークエンドをはじめ多くのアーティストの作品にプロデュースやフィーチャリングで参加。しかしその一方で徐々にソロ活動にも比重をおくようになる。ギ=マニュエルはシャルロット・ゲンスブールなどの作品をプロデュース。トーマは『CLIMAX クライマックス』(2018年)劇伴への参加のほか、バレエ作品『Mythologies』(2023年)の発表も記憶に新しい。
ダフト・パンクの作品たちとその功績は、必ずしもリアルタイムで評価されてきたわけではない。ハウスの歌もの化を志向した『Discovery』(2001年)やロック的な縦ノリを導入した『Human After All』(2005年)は今でこそ評価が高まっているものの、当時はその作品ごとの急旋回ぶりを道楽的だと評されていたよう。だがこれらの作品のジャスティス、ボーイズ・ノイズ、シミアン・モバイル・ディスコら“ニュー・エレクトロ”勢やフランスのレーベル《Kitsuné》への影響は計り知れない。このことの重要さはフランク・オーシャンやアルカらによるジャスティスやボーイズ・ノイズの起用も含め、近年のムードからそこはかとなく感じられるエレクトロ再評価の機運が証明している。
このディスク・ガイドではそんなふたりの軌跡、これまで発表されたスタジオ・アルバムにライヴ作品、サウンドトラックを《TURN》編集部とライター陣によるレヴューとともに振り返っている。しかしながら多数発表されているリミックス盤や、プロデュースをはじめ広範におよぶ課外活動については網羅できていない。たとえば2016年のザ・ウィークエンド『Starboy』で最後を飾る名曲「I Feel It Coming」。ヴォコーダーを通したふたつの声がハモった瞬間の、機械が感情から自由になった高揚感と、感情を拒絶しながらも悲しまずにはいられない哀しみを同時に表現するかのような声のマジック。キャリア後期を華々しく飾るシュアショットのひとつであった。
そういったどうしても取りこぼしてしまう作品はあるが、以下で挙げられたアルバムたちはほとんど、それぞれの年を代表する傑作とされる類のものである。27年という長いキャリアにしては寡作な創作ペース。おそらく自身らも悩んだであろう“孤高のアイコン”のイメージ。2017年にツアーが行われるというデマが流布するなど、姿と同じく秘密の多い活動(しかもツアーがあったところで実際に本人かわからない)。そんな、仄めかしたかと思ったらはぐらかすどこか掴めない佇まいもまた、ふたりを掛け替えのない存在に魅せている部分もあるのだろう。結局ダフト・パンクはその多くを煙に巻いたまま解体したが、それでも音楽は受け継がれていく。いまでも代表曲のひとつは世界中のフロアで、ベッドルームで、ヴァーチャル空間で流れている。もういちど、祝うんだ、自由になって踊るんだ、と。これはそうしてなお必要とされつづけるダフト・パンクの音楽が、一時代の思い出や夢に終わらないよう残しておくためのディスク・ガイドである。楽しみながら読んでほしい。(編集部)
(ディスク・ガイド原稿/岡村詩野、尾野泰幸、佐藤遥、杉山慧、高久大輝、髙橋翔哉、吉澤奈々
トップ写真/David Black)
『Homework』
1997年 / Virgin
本作に収録された「Revolution 909」の冒頭で、ダンス・フロアから染み出たようなくぐもったクラブ・サウンドとパトカーのサイレンのもと、拡声器から“音楽を止めろ、家へ帰れ。繰り返す。音楽を止めろ、家へ帰れ。” という命令が言い放たれる。しかしビートは止むことなく刻まれ、フィルター・ハウスは性急にリピートする。当時のフランス政府による反レイヴ的政治姿勢に対する批判的意図も内包された同曲が終わるや否や、アシッドなエフェクトをまぶしたキレのあるテクノ・ファンク「Da Funk」が展開する。ファンク、ディスコの要素を取り入れ、独特の“ダサさ”と煌びやかさをまとい構築されたダフト・パンクによるエレクトロニック・ミュージックのアイデンティティはこの接続する二曲からも明瞭に感じることができるだろう。
次作『Discovery』(2001年)以降、ダフト・パンクはヴォーカル・スタイルも印象的に導入しつつ、メイン・ストリームにより接近したエレクトロ・ポップ要素を強めていくこととなる。それでもなお、トーマ・バンガルテルのベッドルームにおいて二人で形成した、熱量と切迫感に支えられた本作を構成するハウス・ミュージックは、ダフト・パンクが、さらにいえばダフト・パンク以降のエレクトロニック・ミュージックがいつでも立ち返り、聴き返すべき終わりなき“ホームワーク”としてある。(尾野泰幸)
『Discovery』
2001年 / Virgin
『Discovery』はダフト・パンクの代表作であり、本作を丸ごと使った映画『インターステラ5555』(2003年)は松本零士との共作としても話題になった。ここでは映画という視点から考えてみようと思う。彼らは自ら制作した映画『ダフト・パンク エレクトロマ』(2006年)に影響を与えた作品の一つとして、『イージー・ライダー』(1969年)を引き合いに出している。この『イージー・ライダー』におけるバイクに乗っているシーンはさながら現在のMVのようであり、本作のMVも兼ねたセリフなしアニメ映画『インターステラ5555』はそうした部分を作品全体に拡張したかのようだ。
本作が『Random Access Memories』が発売されるまで、ダフト・パンクのキャリアの中でも歌モノ作品として特異な立ち位置にあったのも、映画におけるセリフの役割を歌詞が担っていたからと考えられる。そして本作の核である「One More Time」の歌詞は、ダンスにおける祝祭/解放がテーマになっている。このテーマ性は謝肉祭やしがらみからの解放を求めて旅をする『イージー・ライダー』とも通じる所がある。本作はほとんどが70〜80年代の楽曲をサンプリングして作られており、その中でも特にディスコ楽曲が多い。そうした楽曲をサンプリングすることで、ダンスにおける祝祭や解放の歴史的側面を示しているとも考えられるのではないだろうか。(杉山慧)
『Alive 1997』
2001年 / Virgin
デビュー作『Homework』リリースと同年に収録されたライヴ盤。『Homework』収録曲が5回登場するが、実はそれらをむすぶ一繋ぎのグルーヴとインタールードこそが主役。そのときのビートに、メロディーに、身をゆだね夢中になって踊るための音楽。もしあなたがこの音源を聴いて物足りなさを感じるなら、それはあなたがダフト・パンクを“ポップ”と捉えているからだろう。フレンチ・ハウスに歌ものとしての再解釈を試みた『Discovery』は紛れもないポップ・アルバムであった。その同年にリリースされた『Alive 1997』はいわばダフト・パンクにとっての原点回帰。ソングライティングの美学やポップネス、その他諸々の方程式をかなぐり捨て馬鹿騒ぎする熱狂をパッケージしたこの作品のリリースは、『Discovery』で商業的に成功した直後の本音(=「アイコンとしてダフト・パンクを消費するな! 身勝手に聴け! 踊れ!」)として実に理にかなったもの。前年にリリースされた電気グルーヴ『イルボン2000』はライヴ録音を再構築することで、大勢の知らない人と踊り明かした先にしか見えないはずの“瞬間の夢”を人工的に作り出してしまおうという、あまりに時間に対して傲慢な佳作だった。一方『Alive 1997』はあくまで生ものとしての音楽をありのまま伝えようとした正直な作品であり、その姿勢はワントラック45分間というリリース形態にもあらわれている。(髙橋翔哉)
『Human After All』
2005年 / Virgin
ちょっとやりすぎじゃない? と笑ってしまうほどギュオギュオと歪んだ電子音は、サイボーグの溌剌とした稼働音。情感豊かでキャッチーなメロディにリフ、ドンドンパッ!、ズンズンチャッ! と大味で力強いリズムがループする。『Homework』で顕著だったダンス・ミュージックとしての機能性は『Discovery』で抑えられ、このアルバムではポップ・ミュージックの様相に。そもそもサイボーグは機械と融合した有機体のことだが、本来の意味を超えて最先端技術による未来の象徴のように扱われてきた。人間よりもクールで理知的で、現実世界よりもサイバー空間に近い存在を想起させる音なのに、感情も身体もその動きがありありと思い浮かぶ演奏なのが本作の最高な高揚感の理由でしょう。
でも「The Prime Time of Your Life」の歌詞や「Steam Machine」のブレス、「Emotion」に漂う甘ったるい苦悩は、聴けば聴くほど人間らしい。一方で「Television Rules the Nation」や「Technologic」を注意深く聴けば、いわゆる人間らしさが揺らいでいることもよくわかる。つまり人間らしさって何? という問いと同時に、サイボーグと人間の境界は曖昧だという考えも提起しているのかも。よくよく考えてみたらターミネーターも攻殻機動隊もすぐにやってくる2030年あたりを未来として想定していたし、ダース・ベイダーは感情を押し込め続けていたし、わたしたちはスマホを手放せない。サイボーグだって、ギターもシンセもベースも歪みまくり、感情も溢れまくりの演奏をするんだから、やっぱり人間とサイボーグはそこまで遠いわけじゃないみたいだ。(佐藤遥)
『Alive 2007』
2007年 / Virgin
2006年から2007年にかけて行われたワールド・ツアー《Alive 2007》の母国パリ公演を収録した、2作目のライヴ盤。コーチェラ・フェスティバルで初披露されたピラミッド型のLEDステージとスクリーンのパフォーマンスは、のちのEDMやダンス・ミュージック・フェスティバルの発展へと繋がったはず。ギ=マニュエルは『Human After All』の発表後、「僕達が作るアルバムはどれも、自分たちの人生と深い関係がある」と語っていることから、これまでのアルバムと自分たちの方向性を統括する時期だったと思うのは考えすぎか。
数々のヒット曲が並んだ二つのタイトル曲は、マッシュアップを超越した再構築で生まれ変わる。ダイナミックかつ洗練されたカットイン、観客の心拍数を高めるのに効果的なブレイク、細部まで気の配られたカットアップなど、ライヴ盤というのが恐ろしくなる再現性。加えて、緻密な流れはライヴ構成にもあり。前半でラッパーのバスタ・ライムスが、「Technologic」をサンプリングした「Touch it」(2005年)を2曲あわせたミックスや、中盤はテック・ハウス、フレンチ・タッチならではの弾みをつけた緩急で「One More Time」へと流れ込む。その根底に流れるのはハウス・ミュージックや70sソウル/ファンクへの深い愛情。ダフト・パンクという懐に飛び込むのには最適なベスト盤でもある。(吉澤奈々)
『Tron: Legacy』
2010年 / Walt Disney
この作品はダフト・パンクの音楽的ルーツの一片を紐解く上で重要な1枚だ。2010年に公開された映画『トロン: レガシー』は、言うまでもなく1982年の『トロン』の続編にあたる。その『トロン』の音楽を担当していたのがウォルター(ウェンディ)・カルロスだったことに、電子音楽の歴史の縁を感じないではいられない。『Switched On Bach』(1968年)や『時計じかけのオレンジ』(1971年)のサントラさながらに、クラシックやグレゴリオ聖歌をシンセサイザーやヴォコーダーを用いて大胆にアレンジするカルロス得意の手法が『トロン』では見事に結実していた。本作ではそうした先人のスタイルを一定の下地にしつつ、豪奢なオーケストラ・アレンジはどこまでも壮麗に、硬質なエレクトロニクスはまたどこまでも鋼のようにしてミックスさせた、ポップ・アマルガムとも言える作風へと昇華させている。
スコアの約8割程度は、ロンドン北部ハンプステッド近郊にあるAIR社(Associated Independent Recording)の録音スタジオ《Lyndhurst Hall》で行われている。全曲トーマ・バンガルテルとギ=マニュエル・ド・オメンによるオリジナルだが、インダストリアル・ミュージックのような挑発的なアタック音が終始牽引する「The Game Has Changed」や、不穏な環境音楽のごとき「Noctune」、規則性あるビートが本来のダフト・パンクらしさを伝える「Derezzed」など曲調自体は多様。だがその全てがアマルガム……合金めいた人工化合物の魅力を放つ。そう、ダフト・パンクの“超合金”的な側面を象徴する作品こそが本作ではないかと思うのだ。(岡村詩野)
『Random Access Memories』
2013年 / Columbia
第56回グラミー賞で最優秀アルバムを含む5部門を受賞、ファレル・ウィリアムスの存在感を決定的なものにし「One More Time」をも超える代表曲となった「Get Lucky」や「Instant Crush」を収録。タイトルは“RAM”(Random Access Memory)、コンピューターのハードドライブを指す言葉の複数形であり、トーマが言うには人間と機械を分けるのは感情であるという理解を表現したものだそうだ。とてもダフト・パンクらしいといえばそれまでなのだが、これは一つの挑戦でもある。音楽制作が時代と共に簡易的になっていくのとは逆行するように、彼らは電子楽器の使用をある程度制限し、膨大な時間と資金をつぎ込んで様々なスタジオを渡り歩き、数々のミュージシャンを呼び込み、無制限のハードドライブを最大限活用するべく無数の音の素材を集めたという。つまり、その無限から何をどう活かすのかというプロデューサーとして最も贅沢で、最も悩める状態に身を置くことを彼らはまず選んでいたのである。そしてできあがったのは、ディスコでファンクで、電子音と生音がほどよく混じり合う、圧倒的にゴージャスな、とびきり洗練された音楽。文脈を飛び越えてランダムに音楽へとアクセスすることが当たり前になったこの時代に、そして音楽制作がより一層簡易的になったこの時代に、いやきっといつの時代でもリスナーに驚きを届けるであろう、(結果的に)ダフト・パンク最後のアルバム。(高久大輝)
Text By Haruka SatoShoya TakahashiNana YoshizawaShino OkamuraKei SugiyamaDaiki TakakuYasuyuki Ono
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