Back

吹き荒ぶ117分間のカタルシス
『Burned Car Highway Light Volcanic』
クロス・レヴュー

19 February 2023 | By Ryutaro Amano / Rishi

静謐な海、躍動する海

巨大な作品だ。そしてその巨大さは海に似ている。

ミニマリズムとマキシマリズム、単一性と多様性、静謐と躍動。海というモチーフはかように二つの方向に引き裂かれている。人々がしばしば思い浮かべる天空と水平線で分かたれた均一で静的な海。そして多種多様な生物がお互いに過酷な生存競争を繰り広げながら、複雑極まりない生態系を織りなす猥雑で動的な海。これら二つの巨大さのイメージがあの深々とした青に織り重なっている。

二つの巨大さ。このような性質は今回取り上げるPrizes Roses Rosa (p rosa) (panda rosa)(以下、Prizes Roses Rosa)『Burned Car Highway Light Volcanic』にも通ずるものだ。

二時間弱に及ぶ長大さと広義のアンビエントにも分類可能な穏やかなフィーリングは、さながら地上の側から大海原を眺めるときの、あの無時間的な感慨を思い起こさせる。海面に生起しては崩壊する無数の細部を揺蕩うままに見つめて、ただひたすらに忘我に耽るあの時間。確かに今作の美しくゆらめくサウンドスケープは聴き手の存在を決して脅かしはしない。現れては消えていく多様かつ柔らかなディテールもまた、ブライアン・イーノがかつて提唱したアンビエント的聴取、受動的で心地よい音響体験を促すだろう。

また「God Views His Destruction Through The Eyes of Storms」や「Burned Car Highway Light Volcanic」といった、十分を超える長尺曲を中心にフィーチャーされるPrizes Roses Rosaのドラミングも本作の陶酔的な聴き味に一役買っていると思われる。カンの影響を強く感じさせる、非グリッド的な揺らぎやズレを伴いつつ反復するフレーズ。一見技巧的には感じられない危うさと安らぎの絶妙なバランスがもたらす没入の感覚は、『Burned Car Highway Light Volcanic』の静的で無時間的なアンビエンスを大きく支えている。

しかしながら一度その内へと分け入り深く潜ろうものなら、今作は全く違う様相を見せることになる。それは生演奏、打ち込み、サンプリングといった複数の手法がせめぎ合いながら生み出される相補的な一つの相のようなものだ。

例えばPrizes Roses Rosa本人によるあの特徴的なドラミングを再度考えてみよう。それぞれの楽曲に注意深く耳を傾けると、彼の演奏は楽曲全体のリズムを規定する役割とはやや違う方向を志向しているのが分かる。というのも今作においてパーカッションの類は全体のリズム構造を画する特権的な地位を持たないからだ。表題曲「Burned Car Highway Light Volcanic」の前半、異なるリズムフレーズがサウンドコラージュ的に織り重なり、楽曲の重心が攪拌され一瞬宙に浮いたように感じられる展開などはまさにそうだ。さらにアルバム後半の「A Fork In this Thin Path」から「The Warmth Leaves」までの流れ、リズムパートが霧散しノンビートな展開に移行していく、彼のドラミング自体がフラットな音響素材として弄ばれているような手捌きに、何かアルバム全体を貫く重心を見出すのは難しい。

特定の重心を持たない今作のサウンド。前述のドラミング。シューゲイザーの影響下にあるリヴァーブギター。ニューエイジ的なニュアンス漂うシンセサイザー。多数のサンプリング音源。それぞれが表面に現れては他に飲み込まれていく動的なサウンド。

そして重要なのはこれらが単なる無秩序に堕することなく、壮麗なひと繋ぎのサイケデリアたり得ていることだ。「Dying」の冒頭に打ち込まれる、パーカッションを伴う鮮やかな雷撃のようなサウンド。「Cutting All My Wires」後半の鍵盤とコーラスの絡み合いが生む彼岸めいた煌めき。アルバム終盤を飾る大曲「Through」において炸裂するシンフォニックな構築美。あたかも一つの生態系を織りなすようにして展開される複雑極まりないポリフォニー。これこそが『Burned Car Highway Light Volcanic』のもう一つの顔だ。

そう、今作は巨大な作品だ。そしてその巨大さは海に似ている。均一に広がる海原の下には猥雑な生態系が蠢いている。静謐と躍動、二つの異質な巨大さが、今あなたの耳元で鳴り響いている。(李氏)


パンダ・ローザについて私が知っている2、3の事柄

圧倒的な才能だ。なぜこんな音楽家が埋もれていたのか(そして、今も埋もれているのか)、まったくわからない。Bandcampあるあるだと言ってしまえばそうかもしれないけれど、そんなふうに簡単には済ませられないただならないものが、この『Burned Car Highway Light Volcanic』には渦巻いている。しかも、このアルバムだけではない。彼がこれまでにリリースしてきた膨大な作品と向き合って、そう強く思う。

“Panda Rosa”や“p.rosa”、あるいは“p rosa”を名乗り、現在は“Prizes Roses Rosa (p rosa) (panda rosa)”(以下、パンダ・ローザと書く)として黙々と作品をつくりつづけているベンジャミン・フィチェット(Benjamin Fitchett)は、1999年生まれ、まだ23歳だという。その事実だけでも衝撃的だ。というのも、彼はすでに11を数えるアルバムを人知れず発表していて(そのほかにもコラボレーション・アルバムや別のプロジェクトの作品が数多くある)、その孤独な創作の中で独自の世界と音楽的なアイデンティティを確立しきっているから。

パンダ・ローザに関する情報は、はっきり言って、ほとんどない。わかるのはオーストラリアのメルボルンに住んでいることくらいで、Twitterのアカウントが以前はあったようだが消えてしまっているし、Instagramのアカウントは生きているようだが直近のポストしか残っていない。本名のSoundCloudにはデモをアップロードしていた形跡があるものの、今はすべて消されている。唯一の手がかりになるのはFacebookで、2015年、彼がまだ15歳か16歳だった頃の投稿までさかのぼることができる。

2015年4月には、ファースト・アルバム『Cascades』についての投稿があり、以前はアバヴ・ワンダリング(Above Wandering)というバンドをやっていたが作品を完成させることなく解散した、パンダ・ローザのアルバムにバンドの曲は含まれる、といったことが書かれている。他にも、「サン・キル・ムーンの“Micheline”を聴いて泣いた」、「“Sleepwalking”というサイド・プロジェクトで演奏する」、「いちばん好きなアーティストはアンダーワールド」、「スウィート・トリップの音楽は本当にユニーク」など、パーソナルな情報は秘匿されているが、彼の嗜好や活動の痕跡を垣間見ることができる。

また、唯一見つけることができたインタヴューを読むと、その謎めいた才能について、さらに深く知ることができる。10歳でドラムの演奏を始めたこと、14歳の時にiPadのGarageBandを使って初めてアルバムを作ったこと、ライブはほとんどやったことがないこと、インディ・ロックやインディ・フォークがルーツであること、そこから別の領域に踏み込みたいと思ってポストロックに入れこんだこと、マーク・コズレックとアンダーワールドから強い影響を受けていること、膨大な作品をリリースしているジャンデックからもインスパイアされていること、アーティスト名はパンダ・ベアが由来であること、自身のディスコグラフィを長編シリーズの書物として捉えていること、DAWはStudio Oneを使っていること……。また、ポストロックに重きを置いていて、そこに関心の中心がある、とも言う(「友人たちと、バーク・サイコシスやトーク・トークのような90年代のポストロックの再興を企んでいるんだ」)。ちなみに、このインタヴューは2017年、『Neochina』を発表した直後で、パンダ・ローザはまだ18歳だった。

その言葉のとおり、ポストロックがパンダ・ローザの音楽の中心にあることはまちがいない。演奏、音響、テクスチャーなど、どれをとってもスリントやゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーなどとの関連性は容易に見いだせる。しかし、90sポストロックのわかりやすいフォロワーに陥っていないのが彼の驚異的なところで、エレクトロニック・ミュージックから得た霊感、シューゲイズとアンビエントとの現代的な接合(2019年の『Anubis』など、純粋なアンビエント・アルバムも彼は制作している)、『Neochina』で噴出したヴェイパーウェイヴへの傾倒、ミュジック・コンクレートとサンプリング・アートとのあいだをたゆたう偏執狂的なエディティングといったエレメントが、彼の作品にはひしめきあっている。それらは分解してみれば既存の文脈に帰属させられるものだが、ひとつの作品に共存し、シームレスに、丁寧に継ぎ接ぎされることによって、パンダ・ローザのヴォイスとしか言いようのない、得体の知れない音楽へと組み上げられている。

そのシグネチャーを乱暴に指摘するならば、それは、大作志向と独特のドラム・サウンドにある。前者は、2017年の『Dest』のリリース前に「次のアルバムは2枚組になりそう」と言っていた頃から表面化し、82分におよぶ2019年の『Bioconcrete』を経て、2020年、2時間半ほどの超大作『The Kinspiral』で極点に達している。後者のドラム・サウンドについては、音響の面でも、ストーリーテリングの面でも、彼の空間的かつ多弁でリリカルなドラムス&パーカッションは、すべてのベースにあると言っていいだろう。『Burned Car Highway Light Volcanic』の冒頭、「Dying」のあまりにもドラマティックなダブル・ドラミング、それに続く、絶望と歓喜の狭間を泳ぐ「Cutting All My Wires」で聴けるクラッシュ・シンバルやライド・シンバルの響きに、それは顕著である(彼のドラミングについてもうひとつ指摘すると、ハイハットをほとんど使っていないように聞こえるのがユニークだ)。

初期の作品をさかのぼって聴くと、素朴にアニマル・コレクティヴからの影響などが表面化していてほほえましい。しかし、2017年の『Orca』で早くも作家性を確立させ、いま言った『Neochina』でヴェイパライズドされ……なにが言いたいのかというと、この『Burned Car Highway Light Volcanic』こそが彼の最新のモードであり、現在の到達点だということだ。ここでは、波のように寄せては返すビートと多種多様な楽音/非楽音の夢幻的なコラージュが、『非現実の王国で』のような絵巻物のごとき織物、海原をなしている。

ちなみに、Rate Your Musicを参照すると、彼は、“The Crooked, Yet Fabulous Onion”や“Dealers of God”、“Thick Dad”といったエクスペリメンタルなプロジェクトにも参加して作品を発表しており、“DJ Cheesehell”という別名も持っている。しかも、2月2日には、アンビエント作家のイライジャ・クヌッセン(Elijah Knutsen)とのコラボレーション・アルバム『.​.​.​I watched 10 years of pacific weather​.​.​.​』を“Pacific Weather Patterns”として発表した。

宇宙のように膨張していっているパンダ・ローザの音楽の世界が、インターネットの海の片隅に広がっている。めまいがするほどに。(天野龍太郎)


※活動名が流動的なため、記事タイトルにはリリース時の名義を使用。本文では各筆者が好む呼称を生かしている。

Text By Ryutaro AmanoRishi


Prizes Roses Rosa (p rosa) (panda rosa)

Burned Car Highway Light Volcanic

LABEL : Self-released
RELEASE DATE : 2023.1.19


購入はこちら
bandcamp

1 2 3 71