「今のこの時代について歌ってるんだけど、200年前の人々も同じように感じていたし、今から200年後の人々にも共感できるものであるといい」
――ジョシュ・カウフマンが語るボニー・ライト・ホースマン最新作に込めた“普遍性”
ボニー・ライト・ホースマンは、アナイス・ミッチェル、エリック・D・ジョンソン、ジョシュ・カウフマンの三人からなるフォーク・バンドだ。アナイスは2000年代からソロのカントリー・ミュージシャン、劇作家としてのキャリアを積み重ね、2019年には『Hadestown』でトニー賞のオリジナル楽曲賞を受賞した。エリックは自らがフロント・パーソンを務めるインディー・フォーク・バンド、フルーツ・バッツでの活動やかつて所属していたザ・シンズでの活動で知られる。ジョシュ・カウフマンはテイラー・スウィフト『Folklore』(2020年)や『Evermore』(2020年)、ザ・ウォー・オン・ドラッグス『A Deeper Understanding』(2017年)、ザ・ナショナル『Sleep Well Beast』(2017年)への演奏参加や、カサンドラ・ジェンキンス『An Overview on Phenomenal Nature』(2021年)のプロデュース・ワークでも知られる現行インディー・ロック、インディー・フォーク・シーンのキーマンである。
そのような類まれなキャリアとスキルを有した三人は、ジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)とアーロン・デスナー(ザ・ナショナル)の導きをきっかけにバンドを結成。伝統的なブリティッシュ・トラッドやカントリー・ソングを再解釈し、録音したファースト・アルバム『Bonny Light Horseman』(2021年)はグラミー賞のベスト・フォーク・アルバムへノミネートされた。
オリジナル楽曲を中心に構成された前作『Rolling Golden Holy』(2022年)を経て、バンドは《Jagjaguwar》より三枚目のフル・アルバム『Keep Me on Your Mind/See You Free』をリリースした。アイルランドにある長い歴史を有するパブ《Levis Corner House》での制作をキーとした本作は、カントリー、フォーク・ミュージックの伝統への敬意と畏怖を土台としながら、端麗で洗練されたモダンなサウンド・プロダクションが印象的な作品となっている。
今回のインタヴューでは、その最新作についてジョシュ・カウフマンに話を訊いた。アルバムやバンド結成のいきさつについてはもちろん、上述したような現行インディー・ロック、インディー・フォーク・シーンの重要人物の一人であるといえるジョシュ個人の音楽的アイデンティティから、作品制作のポイントまで幅広く語ってもらった。
(インタヴュー・文/尾野泰幸 通訳/竹澤彩子 写真/Jay Sansone 協力/岡村詩野)
Interview with Josh Kaufman
──ボニー・ライト・ホースマンは、現代のフォーク、カントリーのシーンを代表するバンドの一つとなっていると考えています。あなたはいつ、どのようにしてフォーク、カントリー・ミュージックと出会ったのですか?
Josh Kaufman(以下、J):子供の頃、母親が新聞社に勤めてて、取材なんか担当してたわけだよ。僕の地元であるニューヨークの郊外にアーティストがライヴで訪問した機会にインタヴューしたりとかして、色んなアーティストに会う機会に恵まれたり、関係者枠でコンサートに招待してもらったりしてね。自分もそんな母親に連れられてコンサートに行ったり、家族全員でよく出かけていったんだけど、そのコンサートは主に年齢層が高めのアメリカの伝統的なブルースやフォーク系のアーティストが中心だったんだよ。その縁で、自分も子供の頃からそうした古い音楽に馴染むようになって興味を持つようになり…… その後、自分でも音楽を始めるんだけど、最初は友達と一緒にガレージ・バンドというか、ロック・バンドをやっててね。そこからグレイトフル・デッドに一気にのめり込んでいってね。面白いことにグレイトフル・デッドのメンバーはアメリカの昔ながらのカントリーだのフォークだのブルースグラスの大ファンなんだよね。伝統的なスタイルを踏襲しながら、彼らはそれを自分達なりに解釈し直して新たなものに作り変えるってことをしていた。そこが自分の中で一本の線で繋がっていったんだよね。子供の頃にフォークのコンサートに触れてきて、後にグレイトフル・デッドを介して再びフォークやカントリーに出会い直したという。それが今のミュージシャンとしての自分が形成される上ですごく大きかったんじゃないかと今になって思うね。後に、一緒にボニー・ライト・ホースマンを結成することになるエリック・D・ジョンソンも自分と似たようなルートを辿ってきていてね。彼の場合は元々カリフォルニアのサイケデリックな音楽が好きで、そこから伝統的なイギリスやアメリカのフォークに遡っていったというね。ちなみにもう一人のメンバーである、アナイス・ミッチェルの場合は子供の頃からフォーク漬けの環境の中で育ってきたらしいよ(笑)。
──その原初的に出会ったカントリー、フォーク・ミュージックの経験はあなたの今のミュージシャンとしてのアイデンティティと具体的にはどのように繋がっていますか?
J:特定一つのきっかけがあったというよりも、いくつものルートからパタパタと自然に繋がってた感じではあるんだけど、でも、フォークを通じてリッチー・ヘヴンスの音楽と出会ったことは一つの大きな転機だったよね。リッチー・ヘヴンスって日本でどのくらい知名度があるのかわからないけど、カバー曲の再解釈がまさにお見事でね! しかも、開放弦でプレイするスタイルなんだよね、スタンダードなチューニングの代わりに。それによってメジャーの3音の構造が活躍する形になる。ボニー・ライト・ホースマンの曲もわりとそのチューニング・スタイルに則っていて、要するにサスペンデッド・コードの持つ開放感が土台になっている。自分がこのスタイルに辿り着いたのも、元々はリッチー・ヘヴンスからの影響で、彼の歌を徹底的に聴き込むことから始まったんだ。とはいえリッチー・ヘヴンスの音なんて、まさにオリジナルそのものだから、自分たちの出してる音とは似ても似つかないことが大前提にあるんだけども。それでもチューニングの手法によって、コードの動きや、音と音の関係性が確実に変化していくわけで、そのチューニングを元にした視点というのが自分たちの作品にもかなり反映されていて…… そういうところなんかは、まさにリッチー・ヘヴンスからの影響だろうね。
──ボニー・ライト・ホースマンはジャスティン・ヴァーノンと、アーロン・デスナーが創設したイベント、《Eaux Claires》の2018年公演に参加することをきっかけに結成されたとのことですが、具体的にはどのような誘いがあったのでしょうか?
J:もともとはアナイスと僕のところに別々に出演オファーが来てね。アーティスト・イン・レジデンスのようなかたちでフェスに出演してくれないかということで。ただ具体的に何をするのかまでは聞かされていなかったけど、その開催期間の間ずっと2人とも会場にいることは知っていて、他のアーティストと絡んだり何かしら特別な企画をやってくれないかって話なんだろうと。その流れの中でアナイスとの共演が実現したというか、2人ともジャスティンとアーロンの元に個別にその話を持っていったという。ちょうどアナイスと一緒に音楽を作ってたこともあってね。それを伝えたら向こう側も乗り気でね。そこにエリックも加わって、《Eaux Claires》で3人が落ち合って実際に同じスペースで音出したり楽曲を練ったりする機会に恵まれたんだ。だから、具体的なリクエストがあったわけじゃないけど、それでも大いにインスピレーションをかき立てられたわけさ。尊敬している友人から「何か面白いことやってくれない?」って信頼して声をかけてもらったんだから、そんなのやる気になるに決まってる。そのために理想的な環境と時間を設けてもらってね。その最初の《Eaux Claires》がすごくインスピレーションを刺激される内容だったんだ。
──《Eaux Claires》のあと、ベルリンで開催された《PEAPLE FESTIVAL》がバンドがファースト・アルバム『Bonny Light Horseman』(2019年)に取り組むターニング・ポイントになったと聞いています。そこで作品制作を突き動かしたものは一体何だったのでしょうか。
J:そこで生じていたマジックを言葉で現すことは難しいんだけども、ただ確実に言えるのは完全な仲間意識みたいな…… いや、これは本当に稀なことで、ミュージシャンが3人集まって、3人ともお互いの音を一切邪魔することなく何の気兼ねもなく演奏できるって滅多にないことで。アナイスがのびのび自分を表現してる横で、エリックも僕も同じくらいのびのびと演奏している、しかも3人とも同時に、お互いの音がぶつかり合うこと一切なしでね。それは3人でステージに上がって音を出した瞬間から感じたよ。まさに超絶なクリエイティヴ体験というか、3人の音が完全に一つになっているのを実感したんだ。その感覚が後に出るファースト・アルバムに繋がって、自分達が作るすべての音楽に受け継がれてる。3人が一体でありながら、それぞれ自由に音を鳴らしてる感覚というか。
──あなたは、ボニー・ライト・ホースマンはもちろん、これまでのキャリアのなかで、ザ・ホールド・ステディや、ディス・イズ・ザ・キッド、カサンドラ・ジェンキンス、ザ・ナショナル、ザ・ウォー・オン・ドラッグス、そしてテイラー・スウィフトといったバンド、ミュージシャンの多くの作品にプロデュースや演奏参加などで関わってきたと思います。あなたがそれらの作品に参加していくうえで音楽家として大切にしている部分はどのようなことでしょうか。
J:まあ、モノづくりの現場では誰でも自分なりの想いを作品に反映したいたいわけじゃないか。だから、その場にいる誰もが自由に自分の意見を言える環境を作るってことは心がけている。自分はあくまでも羊飼い的な立場から全体的な方向性を引っ張っていく役に徹するようにしている。自分は常に何かしらの進行中の作品を抱えてる状態にあって、ただ、自分の作品にしろ他の人の作品にしろ、最終的にやってることは曲が世に出るためのサポートいうか進行役みたいなものだよね。その人が表現したいものをあくまでも本人が望む形で具現化するための手助けでしかない。とはいえ、自分も作品づくりに関わっているわけだから、こちらもやはり満足できる内容にしなくちゃ気が済まない。だから、場合によっては相手にもっと自由に声を出してもらうために、自分の声をあえて抑える場面も出てくる。とりあえず何でもいいからいったん自由に空高くボールを放ってもらって、それを自分が後から追いかけて拾いにいくような、上のほうでちょうどお互いがクロスする地点があるわけだよね…… まあ、あくまでも感覚レベルでしか説明できないんだけども。だから、特定のパターンなりルールがあるわけではなくて、本当に誰と一緒に作るかによる。みんなそれぞれ違うわけだし、人によって何をやりやすいと感じるのかも違うし、もちろん作品によっても違ってくる。でも、だからこそ毎回興味がそそられるし、自分自身にとっても刺激になる。作品によって全然違うし、自分と音楽との関係性もそれによって常に変化し続けていく。そこがまた面白いわけだよ。
──一方で、ボニー・ライト・ホースマンというバンドでのあなたの役割はどのようなものなのでしょうか。
J:ボニー・ライト・ホースマンは、あくまで自分自身がメンバーとしてやってることなので、プロデュース・ワークでの役割とは全然違うかな。あくまでも僕とエリックとアナイスの3人でやってるバンドという形になるから、3人で曲を書くし、3人で一つの役割を共有しながら共同でプロジェクトをまわしていってるわけだよね。それこそ外部との連携を取ったり、作品を出すタイミングなりプロモーションなりツアー方針を決定したり、普通のバンドがやってるのと同じことをやっているわけだよね。ただ、その一方でプロデューサー的な側面もあって、主役というよりもむしろ裏方的立場から作品づくりに関わりもしている。一緒に作品を作ってる意味では同じなんだけど、プロデューサーの場合はある程度形になった時点で関係性が変化するというか、自分はそこで撤収する。バンドやアーティストはその後ツアーに出て作品を人前で披露することになるけど、自分はその作品のツアーに参加することもないし、アルバムが発売される頃には自分はすでに完全に別の作品に気持ちが移ってる。ただ、このプロジェクトでは自分自身が演者でもあるからね。だから曲を作ってる段階から自分はいずれこの曲をステージで演奏するであろうことを知ってるわけだ。ただ内輪の中だけで完結するものじゃなくて、リスナーに直接届けるものであるって意識が働くわけだよね。それが自分にとっても大きな学びになってね。自分以外のアーティストの作品に参加するとき、スタジオで何か月か何週間なり一緒に過ごして一つの作品に向き合って、アルバムが完成した時点でプロデューサーの役目は終了だけど、アーティストはその後少なくとも何年かに渡ってその作品と一緒に生きて、人々の元に送り届けるってことをしなくちゃならないわけだから…… いや、前々から自分でも頭では理解してるつもりだったものの、いざ我が身になったことで、今まで頭の中だけでボンヤリしてたものが自分の実感としてリアルに理解できるようになってね。それこそこのバンドを長く続けていけば続けていくほどに自分のものになっていく。だから、お互いに呼応し合ってる。バンドとしてこの音楽を体現することと、より隠遁者的な、自分のスタジオに籠ってただひたすら曲を作るっていう両方の側面がお互いに影響を与え合っている。
──バンドにとっての1作目『Bonny Light Horseman』(2019年)はアイルランド、スコットランド、イングランド、アメリカなど様々な地のフォーク、カントリー楽曲を再構築した作品で、2作目『Rolling Golden Holy』(2022年)はオリジナル曲で構成されていたように、ボニー・ライト・ホースマンの音楽はカントリー、フォーク・ミュージックへの伝統への敬意と畏怖を保持しながら、それを現代の高度に商業化されたポップ・フィールドでも輝くような自由さと広がりを有していると思います。その伝統と現代性のバランスを取るために意識していることはどのようなことなのでしょうか。
J:いや、正直なところ、そのために特別な努力をしてるってことは一切ないんじゃないかな。今のこの現代社会を生きていること以外には…… どうしたって今のこの時代に生きてる人間が作ってるものだから、デフォルトとして今の時代のフィルターがかかってしまう。とはいえ、やっぱり自分たち3人が大切にしていることとして、これらの曲が伝えているものを本当に心からの実感を持って伝えなくちゃっていう気持ちがあるわけじゃないか。そうなると単なる物真似や二番煎じで賄えるものではないし、それ風の衣装を纏ってその役割を演じればいいって言うのとはわけが違う。だから確かに古い時代の音楽から影響を受けているけど、ただそれを再現するだけでは足りない、というか、そんなんじゃちっとも自分たちにとってリアルに響かないわけさ。と同時に、そうしたストーリーであり伝統的な曲の中には時代を超えて歌い継がれるべき普遍的な何かがそこにあるわけだよね。人間が生きていく上で共通する根源的な何かがあるわけだよ。あるいは単にサウンドってとこだけでもね…… 音だけでも十分伝わるものがある。そもそも作り手として、自分が聴いてて心地良いと思う音楽を作りたいわけじゃないか。ということで辿り着いた答えが、今自分たちがやってるこの音ってことなんだろうね。
──本作は、トラッド、カントリーの空気感を強く感じさせる楽曲もあれば、先行で発表された「I Know You Know」や「Old Dutch」など相対的にモダンな音色で彩られた楽曲が混在しているように思います。本作を制作するにあたってはいったいどのようなテーマや方向性があったのでしょうか。
J:そうそう、面白い。というのも、今名前が挙がった2曲とも曲の成り立ちが全然違っていてね。「Old Dutch」はライヴのサウンド.・チェック中にポッと出てきたピアノの音から始まってるんだ。あの(歌いだす)ダラララーラ、ダラララ〜♪ って、あれね。いつかどこかの作品で使いたいと思ってたんで。そこから曲を作り出したってわけさ。3人で一緒に集まって、そう、いままさにインタヴューを繋いでいるこの部屋(自身のスタジオ、壁にギターのかけてあるウッド調の部屋)でね(笑)。「I Know You Know」に関してはレコーディングの終盤になってからできた曲でね。まさに今回のアルバムの新曲を作ってる最中にパッと降りてきた。それがある意味、今回のアルバムの曲を総括してるように思えてね。ただまあ、今言った曲に限らず、とくに目標みたいなものはなかったんじゃないかな。とりあえず3人で一緒に同じ部屋に集まって音を出してみようっていう、何か決めてたとしたら本当にそのくらいで…… 個々で作ったものにしろ3人一緒に作った音にしろ、とりあえず自分たちの手元にあるものを持ち寄って、そこから何が生まれるのか試してみようじゃないかという。毎回そんなノリなんだよね。まあ、そういうプロセスで毎回作ってるんだけど、ただプロセスの中身自体は曲によってその都度変化していくからね。曲によってそれぞれ必要としてるものも違うんでね。曲によって毎回必要なものをベストな形で提供するようにしているけどね。ただし、こればっかりは実際に作業してみないことにはわからないものなんだよ。
──3作目となる本作は、これまでにない20曲にも及ぶ長大な作品となりました。前作、前々作と比較して本作がこのサイズとなったのはどのような理由があったのでしょうか。
J:本当にね(笑)、気がついたらいつのまにかここまで膨らんでしまって(笑)…… ただ、大作するだけの価値があるんだよ(笑)。とりあえず最初に3人一緒で集まることができたのが去年の春で、そのときもかなりの数の曲を一緒に作ったんだよね。その何か月か後にアイルランドで再び落ち合ったんだ。ライヴとライヴの間に空いたスケジュールを見つけてね。アイルランドのコーク県の《Levis Corner House》っていう名前の小さなパブに3日間陣取ってね。 最初の2日間はパブを貸し切り状態にしてね。その小さな部屋で黙々と曲作りとレコーディングに励んでたんだ。そこから3日目の夜に人を呼び込んでね。コンサートみたいな大げさなものじゃなくて、「今作ってる最中の新曲を披露するからふらっと遊びにおいでよ」みたいなノリでね。もともとそのパブがコミュニティの中心的存在だったから、「お気軽にどうぞ」、「もし興味があったら、お立ち寄りください」みたいな気楽なノリでね。そこでレコーディングしたものを家に持ち帰って、そのパブで3日間一緒につるんだことで獲得した成果物を元に今回のアルバムを作っていったんだ。
そのあと自分が住んでいるニューヨークのアップステートにある《Dreamland Recording Studios》 でもレコーディングしたんだけど、これまでの3作ともすべてそこで作ってるんだよ。その間、さらに何か月か間が空いた期間にまたいくつか新曲ができてきてね。それでさっきのパブの音源を元に作った曲と両方の素材を一同に集めてみたわけさ。最初はそのうちの何曲かだけを採用する予定で、最初から全部を使うつもりなんてなかったんだ。ただそこに集まった曲を聴けば聴くほど、どの曲も一緒にしたほうが曲がより豊かに奥深いものになると思ってね。恋に落ちる曲があり、その後訪れるマンネリな家庭生活の曲があり、そこからさらに深いテーマに分け入って逃れられない死であり、中年クライシスだったり、その年齢で誰かと恋に落ちたり関係性を築くことであったりね。そうした一つ一つのストーリーが全体的により大きな図で、かつ深いレベルから描けると思ってね。それこそ一つ一つの曲の中に収められた感情の動きやそれが変化していく様子や、そこに至るまでの背景をひっくるめて全部伝えられるんじゃないかって思ったわけさ。つまり、いつのまにか全体で一つの大きな絵を描いていた。もうこれは全部一つにして出さないといけない、二枚組にするしかないだろう、と。それでタイトルも『Keep Me on Your Mind/See You Free』っていう各アルバムごとにつけてあるんだよ。それが理に適ってるように思えてね。
──フィールド・レコーディングされたような話し声が挿入される「grinch/funeral」と「think fo the royalities, lads」はアルバムのアクセントになっていると思います。これはアルバムとしてどのような機能や意味を持たせているのでしょうか。
J:そうなんだよ、どれも本当に気に入っててね。まず第一に言うまでもないけど、空間を演出するためのツールとして、それこそ今回のアルバムの曲が生まれたパブっていう設定だったりを再現するためにね。みんながみんな予備知識があった上でアルバムを聴くわけじゃないし、パブで作られた背景なんて知らないでこの音に触れるかもしれない。それでもその空気感が音からも伝わってくるように…… パブのピアノをみんなで囲んでる絵というか、もうまさにそうしたシチュエーションの中から生まれた曲だから。あの空気感を丸ごとストーリーの一部として作品に取り込みたかったわけさ。お客さんのガヤガヤした声だったり、いかにもアイルランド的なウィットに富んだ会話だったり、パブのオーナーの小さな娘さんが顔を出して「公園に遊びに行って、アニメのグリンチを観て、お葬式に行った後にまたここに戻ってくるね」って言った一言だったり…… その何気のない日常の一コマの中に一日がギュッと凝縮されているように感じられてね。さらに不思議なことに、単なる日常の一コマ以上にものすごく深遠な何かを伝えているような感覚にすら陥る…… 人生のありとあらゆる側面を混沌も含めて丸ごと織り込むことで導き出されるエモーションが確実に存在していて。その些細な何気ないものによって、曲の中に描かれている感情がより立体的な全体像になっていく。
──アルバムのリリースに先立って公開された「Old Dutch」のMVには、先の話にもあった《Levis Corner House》のお店の様子やあなたたちのライヴ演奏の様子も収められていました。そこでは老若男女問わず多くの人が集まり、あなたたちの音楽を楽しんでいました。
J:まさに老若男女が集まってたよね。
──そこで気になったのは、あなたたちの音楽、また本作はどのような人たちに向けて作られたものなのかということです。
J:すべての人々に向けて。何てったってフォーク・ミュージックなんだから。“フォーク”を名乗るからには、万人に開かれた音楽でなくちゃ。少なくとも一切垣根のない音楽を自分たちは作ってるつもりだし、そうであることを願うけど…… ある意味、ソウル・ミュージックだよね。自分たちにとっての魂の音楽という。少なくとも自分達にとってのカタルシスであり、浄化のプロセスであることには間違いなくて…… それを観客からも感じることがある。ライヴで一緒になって歌ったり、完全にその音の世界の中に入り込んじゃってるお客さんの姿を見てるとね……。ただ、フォークだとか自分たちのやってる音楽に関わらず、そもそもの音楽の構造自体にそういう役割が含まれてるんじゃないかな…… 万人が集うためのプラットフォームの場として機能している。音楽を通して人々が同じ一つの場所に集まって同じ景色を共有し合う、信じるというね。神を信じるのとはまた違った形の信仰……要するに、人間だよね。人間ってもの自体を信じること、人間が人間であることを、今こうして生きていることを実感して分かち合うというね。
──カントリー、フォーク・ミュージックがそれが生まれた土地の空気や気温、湿度、歴史の蓄積の中で今日まで育まれてきたもののであるとするならば、それが生まれた土地からは物理的に遠いここ日本に住むわれわれにとってカントリー、フォーク・ミュージックを身体感覚を含めて理解することは少しばかり難しいことなのかもしれません。そのうえで、カントリー、フォーク・ミュージックの暫定的な“本質”というものがあるとすればそれはどのようなものなのでしょうか?
J:いやいや、何一つとして見逃してることなんてないんじゃないかなあ…… たとえ遠く離れた日本からこの音楽に触れてるからとしても。というか、そこがまさに音楽の最大の美しさでもあるわけじゃないか。言葉なんてなくても、音楽それ自体がもうすべてを物語っている。本当にね、エモーションやフィーリングを伝える上で音楽に勝るツールなんてこの世に存在するんだろうか?って思うし、もしこの音を聴いて何かしら感じたり心が動かされてるとしたら、もうすでに十分伝わってるし、役割を果たしてるわけさ。
それでいうと本作の一番の核にあるものとしては、やはり人類共通の普遍性みたいなものになるのかな。しかも、それをできるだけシンプルな言語で語りかけることによって、共鳴させていきたいという…… メロディという言語を通して…… そのメロディという言語の中に何かこう、一筋の光りのような、時代を超えて伝わる何かが込められてることを祈ってね。今のこの時代について歌ってるんだけど、200年前の人々も同じように感じていたし、今から200年後の人々にも共感できるものであるといいよね。いつの時代に存在しててもおかしくない普遍的な曲というね。自分達がやっているのはあくまでもフォーク・ミュージックであり、それを今を生きる現代人の目線を通してやってるだけで、その根底にあるのはいつの時代にも変わらない人間の普遍的な感情であり営みなんだよね。
──ちょっと作品の話からは離れてしまいますが、3月にビヨンセがカントリー色の強い最新作を出しましたが、聴きましたか?
J:とりあえず野心的で、興味深い一手だな、と…… 何しろ天下のビヨンセのやることなんでね(笑)、もう本当にパワフルなアーティストだよね、パワフル以外の何ものでもない(笑)。自分ももうちょっとそういうメジャーな作品に関心を持つべきなんだろうけど…… とはいえ、ビヨンセみたいな超大御所がああいう形のアルバムを出したことの意義は計り知れないと思う。
──「Old Town Road」が大ヒットしたリル・ナズ・Xはどうですか?
J:ああ、リル・ナズ・X! うちの子たちはあの曲が大好きでね! 保育園であの曲のフリを覚えて踊ってたよ。あれはもうアメリカではもはや知らない人がいないくらい有名な曲だよ。流行には一切疎い僕のような人間ですら知ってるレベルで。
──お子さんは何人ですか?
J:3人いて、上の娘が10歳で、下が3歳半の男の子の双子だよ。
──家族ぐるみで一緒にバンドをやったりなど考えているんですか?
J:子供が一緒に演奏する場所に来るときもあるよね。自分も現場に子供を連れて行ったり、ツアー先で子供たちと合流したりもする。アナイスにも子供がいるからツアーに同行させるときがあるし。まあ、そのへん色々と調整が難しいんだけど……。たしかに家族でファミリー・バンドみたいなものが実現できたら最高だろうね。うちの奥さんもミュージシャンで、一緒にツアーをまわったことがあるんだよ。とはいえ、バンドと家族生活の両立って難しくてね。 実際やってみるまでは、夜はライヴで演奏して昼間は子供の相手をできるから完璧じゃないかって思ってたんだけど、なかなかそういうわけにもいかなくてね。父親としての役目を十分に果たしてないような気になったり、ミュージシャンとしても音楽に集中できてない感じがして。たぶん家にいる時は家族中心の生活をしてツアーに出てるときはバンド中心っていうようにきっぱり切り分けた方がやりやすいのかもしれない、ってことはこれまでの経験から思ったよね。 とは言え、やっぱりツアーに出てる間、子供に会えないのは寂しいんでね。それはちょっと今後バランスを考えていく必要があるのかも。
<了>
Text By Yasuyuki Ono
Photo By Jay Sansone
Interpretation By Ayako Takezawa
Bonny Light Horseman
『Keep Me on Your Mind/See You Free 』
LABEL : Jagjaguwar / BIG NOTHING
RELEASE DATE : 2024.6.7
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