6人で再始動したブラック・カントリー・ニュー・ロード
フジロックで見せた自然体と新たな地平
セカンド・アルバム『Ants From Up There』リリース4日前にヴォーカルのアイザック・ウッドが脱退を発表し、残った6人のメンバーで活動を再開したブラック・カントリー・ニュー・ロード。初来日となる苗場のステージでも、これまで発表した2枚のアルバムからの楽曲は披露せず、全て新曲をプレイすることが事前に発表されていた。この日彼らは6人として再始動してからプレイしてきた9曲のうち、8曲を演奏。自分たちのセットが終わってからも、スーパーオーガニズムのパフォーマンスを客席で見守っていたり、会場を歩き回っている姿も見受けられ、フジロックを満喫している様子だった。
Vol.1に登場してくれたブラック・カントリー・ニュー・ロード
本番前、サウンドチェックのためにステージに登場したメンバーは、笑いながらおもむろに「Seven Nation Army」を演奏しはじめる。前日のヘッドライナー、ジャック・ホワイトに影響されてのことだろう。さらには、本番のSEまで「Seven Nation Army」を使う念の入れよう。高校時代からの友人同士で結成されたバンドであることは知っていたものの、この屈託のないバンド内のムードは音源からは想像できなかった。
確かにバンドは過渡期であった。ファースト・アルバム『For The First Time』のスリントとフリージャズを混合させたシャープな音像は、セカンド『Ants From Up There』にはなかった。パンクな要素は後退し、代わりに作品を貫いていたのはチェンバーポップ的でドラマティックなプロダクションだった。それにより、アイザックの書く、人間関係の困難さからチャーリーXCXやビリー・アイリッシュなどポップカルチャーへの言及までをカットアップしていくナイーブなリリックは、より深みを持って迫ってきた。
アイザックの不在は、新曲の歌詞のそこかしこに影響を与えていたが、彼の思慮深い、しかしエキセントリックなリリックと比較すると、新曲群はもっと、なんというか、率直で、そう、屈託がない。もともと中心を持たない、プレイヤビリティの集合体のようなイメージを持つバンドではあったが、メンバーそれぞれがヴォーカルを担当するというスタイルにより、6人の個性がよりはっきりと浮き彫りになっている。9月9日に《Rough Trade》よりデビュー・アルバム『I Love You Jennifer B』をリリースしたジョックストラップの活動のためか、なかなかライヴに立てなかった(その期間はサポート・メンバーが担当した)ヴァイオリンのジョージア・エラリーが苗場では加わっていたことも、バンド内の良ムードに一役買っていたことはまちがいない。ギルドホール音楽演劇学校で学んだキーボードのメイ・カーショウが持つクラシックの素養は、新曲のアトモスフェリックなサウンドに大きく貢献している。サックスのルイス・エヴァンスは、Good With Parents名義でギルドホール音楽演劇学校の同窓生、イーサン・P・フリンをプロデューサーに迎えストレンジなポップソングを歌っていた経緯もあり、その歌いっぷりは堂々たるものだった。そして、ベースのタイラー・ハイドも2021年に弾き語りのソロ・ライブで披露していた4曲をバンドに持ち込み、新曲として完成させたことから、プレッシャーを抱えながらのパフォーマンスであったことは想像に難くない。
オープニングの「Up Song」はルイスのサックスから始まり、タイラーがヴォーカルをとる、アップリフティングなナンバー。この、少ない音数から始まり、徐々に音のレイヤーを重ねていくスタイルは彼らの持ち味だが、「私たちが一緒にしたことを見てほしい/BCNRの友人たちは永遠だ」というコーラスとともにグルーヴが駆動するこのナンバーは、バンド屈指の明るさを放っていた。2曲目の「The Boy」はキーボードのメイがヴォーカルを担当し、ルイスがフルートに持ち替え、タイラーがベースを弓で弾く。チャプターごとに分かれた童話のようなリリックで、カオスと秩序の間で揺れ、ブリティッシュトラッドの薫りが漂うさまが心地よい。演奏を終えると、母親が日本人であるメイが「こんにちは、フジロック」と丁寧な日本語でオーディエンスに語りかける。
3曲目「I Won’t Always Love You」はタイラーのシンガー・ソングライター的資質が色濃くあらわれたストレートなラブソングで、6人のアンサンブルが重厚さを加える。続く「Across The Pond Friend」では本来ならフランク・シナトラ「My Way」のような歌い上げ系のナンバーのはずが、ヴォーカルをとるルイスが後半歌詞を忘れるハプニングがあり、場内からも笑いが漏れる。このルイスの飄々としたキャラクターと味わいのある歌声は、新生ブラック・カントリー・ニュー・ロードの象徴と言えるだろう。5曲目のタイラー作曲「Laughing Song」は、初期セイント・ヴィンセントやエンジェル・オルセンの佇まいを彷彿とさせる叙情性をたたえた名曲。ルイスがメインをとり、タイラーのコーラスが重なる「The Wrong Trousers」は、部屋を出ていったパートナーの洋服を片付ける描写を通して相手への思いを歌う。アイザックは「Bread Song」で恋人が「ベッドにパンくずを残す」ことを許せるかという命題を通して人間関係の距離について描いたが、この曲は6人からの「Bread Song」へのアンサーだというのは言い過ぎだろうか。
ここでキーボードのメイを他のメンバーが囲むようにステージに座り込み、彼女が「Turbines/Pigs」を歌い始める。ケイト・ブッシュを思わせる気品を持つこの曲から、現在のバンドの荘厳さは決してカオスではなく調和へ向かっているのが伝わってくる。最後は、タイラーがヴォーカルをとる「Dancers」 。「ダンサーは舞台の上でじっと立っている」とリフレインするこの曲、アウトロ部分でタイラーが「sorry」と感極まった様子で涙ぐみ、声を詰まらせる。曲が終わると、大きな歓声と拍手のなか、他のメンバーが駆け寄り彼女を介抱していた。
アイザック在籍時のブラック・カントリー・ニュー・ロードは、内省的で通説な詩の世界の周囲に丁寧にアンサンブルを構築していくことで、カタルシスを生んでいた。今回のステージでも、ヴォーカルあるいはリードする楽器から始まり、次第にハーモニーを重ね、エモーショナルな音像を築き上げていくその過程は受け継がれており、それは演劇の舞台を観ているようだった。ドラムのチャーリー・ウェインが屋台骨となりグルーヴを牽引していることが確認できたし、ルーク・マークの決して派手ではないがきらびやかなギターがアクセントとなっていた。
かつてアイザックは、イングランドのウェストミッドランドを通る道路(Black Country New Road)からつけられたバンド名について、 自分たちなりの「Keep Calm and Carry On」(落ち着いて続けなさいという意味のスローガン)、「悪い場所から抜け出すための良い方法」を表しているのだと説明している。当時は前身バンド、ナーバス・コンディションズがシンガーが性的暴行を告発され解散したことを意味していたのだろう。耳をつんざくシャウトと消え入りそうなつぶやきを行き来するアイザックのヴォーカルはない。しかし、2度目の再スタートとなったいま、ヴォーカルを持ち回りで担当し、新たな方向へ舵を切っていく姿に、自然体の佇まいの奥に気概を感じずにはいられなかった。Black CountryとNew Roadの間にカンマ(,)を入れること、ありふれた言葉に息吹を吹き込み、希望を見出すこと。バンド名が象徴する「黒い土地からの新たな道」を踏みしめていることを実感していたのは、なによりもメンバー自身だったに違いない。(駒井憲嗣)
Photo by Kazuma Kobayashi
Text By Kenji Komai
Black Country, New Road
Ants From Up There
LABEL : Ninja Tune / Beatink
RELEASE DATE : 2022.02.04
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Vol.1
Black Country, New Road
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