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「ベルファストを出たくてたまらなかったけど戻りたくて仕方なくもなる」
アイルランド出身の2人組バイセップ、UKチャート初登場2位を獲得した新作を語る

02 February 2021 | By Masashi Yuno

北アイルランドのベルファスト出身で、現在はロンドンを拠点に活動するマット・マクブライアーとアンディ・ファーガソンのふたりによるユニット、バイセップ。彼らを知ったのは2015年にリリースされたシングル「Just」だった。そのオールドスクールなビートに太いベース音が加わった後にアナログ感のあるシンセの旋律が流れ出す、殺風景とも言えるサウンドは自分にとってある種の懐かしさを抱かせるものであり、彼らの名前が記憶に刻まれた。それから2年後、彼らは《Ninja Tune》と契約。第1弾シングルである「Aura」と続く「Glue」も、やはり90年前後のアシッド・ハウス〜レイヴ期を思い出させるものであり、再び彼らに関心を寄せることになった。同年9月にリリースされたセルフ・タイトルのデビュー作は全英20位を記録。恐らくは自分のようなノスタルジーな思いを抱く中年と、最新のダンス・トラックとして受け入れる若者たちの両方に支持された結果だと思える。

その甘やかな懐かしさと同時に広がるのは、殺伐としたサウンド・スケープだ。諦念や哀悼といった感情をサウンドから受け取るのは、彼らの出自によるものだろうと何となく理解していた。イギリスでありながらイギリスではないというアンビバレントな地域で生まれ育ち、カトリックとプロテスタントによって今もなお分断が続く北アイルランド。アイルランド共和軍(IRA)による独立闘争と、教派間の諍いによって死者が絶えなかった戦場となった街でふたりが目にしてきたことがサウンドにも表れているのではないだろうかと感じていたが、2019年に初めてベルファストの街に足を踏み入れて、その疑問は確信へと変わった。

ブリテン島のどの街とも違う沈滞したベルファストのムードは、我々がどこかの地方の街で昭和を感じることに通じる。道行く人の表情もロンドンのような明るさはない。あそこはカトリックが行く店、プロテスタントはこっちの店というように教派によって棲み分けがされており、もちろん住む場所もそうだ。実際にその分断を目の当たりにするピースウォールを見ようと市内から歩いていくと、まずは壁一面に描かれたミューラル(壁画)に圧倒される。闘争によって亡くなった人を讃えていたり、スローガンを伝えていたりと、あまりに生々しい光景が続いていく。そしてカトリックとプロテスタントの地区を隔てるピースラインの前に立つと、誰かに見られているんじゃないかという不安と、興味本位で見に来ていると思われるのではないかという恐れが沸き起こり、足早に立ち去ってしまった。この壁は2023年までに取り壊されるというが、恐らくは実現しないだろう。この殺伐とした空気感は、バイセップの音楽にも確かに流れているものだった。

イギリスで1万人規模のギグをソールドアウトさせるようになり、2021年1月にリリースされたセカンド・アルバム『Isles』でも彼らの印象は変わらない。UKガラージやIDM、R&B、フットワークを取り入れた楽曲やボリウッド映画の音楽に影響を受けたナンバーなどもあるが、あの血なまぐさい道に立ちすくんでいるような佇まいがここにも通底している。彼らの音楽はある意味、宗教音楽であり、レクイエムなのかもしれない。(編集部注:なお今回、ベルファストを訪問したことがある筆者の油納氏が街中の貴重な写真を提供してくれたので合わせて掲載する)
(取材・文・撮影/油納将志(British Culture in Japan) Artist Photo/Dan Medhurst)

▲「Feirste Thiar」とはWelcome to West Belfastという意味

Interview with Andrew Ferguson, Matthew McBriar

──まず、あなたたちふたりは幼馴染で、2009年から活動を始めたと聞いています。幼少期はどのような音楽を聴いて育ったのでしょうか。

Matthew McBriar(以下、M):本当に幅広く色々な音楽を聴いてた。ブラック・フラッグやザ・クランプス、メタリカとかね。あと、エイフェックス・ツインはたくさん聴いてたよ。ハウスやテクノにハマりだしたのは、17歳〜18歳の頃。デイヴ・クラークとか、そのあたりの作品を発見したのがきっかけだったんだ。

Andrew Ferguson(以下、A):俺がテクノにハマりだしたのは16歳〜17歳の時。グリーン・ヴェルヴェット、ロラン・ガルニエ系のにハマってた。その前は、主にスティッフ・リトル・フィンガーズとかパンクを聴いたり、スロウダイヴなどのインディやグランジを聴いてた。あとは、普通のティーンエイジが聴くような怒り系の音楽(笑)。

──やはり地元のスティッフ・リトル・フィンガーズは通るんですね。また、影響の一要素として90年代のレイヴ・ミュージック、特にフューチャー・サウンド・オブ・ロンドンとか、イタロ・ディスコを感じますが、その魅力と惹かれるようになったきっかけとは何でしょう?

M:そのあたりサウンドは、俺たちが18歳の時、ちょうど大学進学でベルファストを出る時に聴いていた音楽だね。ベルファストにある、例えばシャインみたいなクラブでは、伝統的なテクノを知ることができたんだ。でもその後にベルファストを出て、グラズゴーにある《Sub Club》でやっていたオプティモや様々な他のクラブに通いながら、テクノ以外のたくさんの音楽を知ることができたんだ。

▲過去の闘争を描いたミューラル

──音楽を始める前に、2008年にブログ《FeelMyBicep》をスタートさせています。自分たちの好きな、気になる音楽を紹介するMP3ブログでしたが、このブログでの活動がきっかけとなって音楽創作が始まったのでしょうか?

A:そう。最初は音楽を作ろうという意図はなかったんだ。でも、自分たちのセットのためにディスコのDJエディットを作るようになってから、最初はサンプルを使っているだけだったのが自分たちのサウンドを取り入れるようになり、そこからハードウェアのシンセを購入するに至った。そんな感じで音楽制作を始めるまでの流れはかなりゆっくりで、2008年〜2012年の間で何年もかけてじわじわと音楽を作るようになっていったんだ。

──2010年にベルファストを離れて、ロンドンへ拠点を移します。音楽活動をスタートさせてから短い時間での移住となりますが、その理由は?

M:そのときはアラブ首長国連邦に住んでいて、アンディはマンチェスターに住んでいた。俺たちは、それぞれにその場所からロンドンに引っ越したんだ。アンディがロンドンに引っ越した元々の目的は、広告業界での仕事のためだったんだけど、ブログのおかげでギグの数が増えまくったから、ふたりともロンドンに引っ越して、仕事をやめて音楽一本でやっていくことに挑戦してみようと決心したんだよ。1年やってみてうまくいかなかったら普通の仕事に戻ろうとは思っていたんだけど……。

▲プロテスタント地区にはためくユニオン・ジャック

──今回の新作についても深く関わっていると思うのでお聞きしますが、あなたたちにとってベルファストは愛憎の念が入り混じる街なのではないでしょうか。実際にベルファストを訪れて感じた閉塞感と、あなたたちの美しくも孤独性をまとったサウンドは、まさにベルファストの景色に通じると感じました。

A:確かに、ベルファストには素晴らしいコミュニティの絆が存在するけれど、同時にすごく保守的でもある。そしてそれは、クリエイティヴな活動をする身にとっては制限的にもなりうるんだ。だから俺たちはベルファストを出たくてたまらなかったけど、同時に戻りたくて仕方なくもなるんだよね。そこには強い押しと引きがある。俺たちは、ベルファストとロンドンの両方に強い繋がりを感じているよ。ふたつの都市はまったく違う。けれども、俺たちはその両都市から大きく影響されているんだ。

M:俺たちはふたりとも、アイルランドのフォーク・ミュージックをたくさん聴いてきたし、大好きでもある。アイルランドのフォーク・ミュージックは精神浄化作用があって、スピリチュアルでもあるんだ。子供の時はどこでも流れていたし、絶対に無意識に自分たちの中に染み込んでいるはず。悲しみと幸福感を同時に持ち合わせるというのは、すごくアイルランドっぽい感情だと思うね。

▲かつて抗争を避けるために夜間は閉じられていたゲート

──音楽を作っていく上で、最初のきっかけとなるのはビートのシークエンスなのか、それとも目にしたものや考えたこと、怒りや喜びといった感情なのか、何に触発されるのでしょうか?

A:大抵は、何も考えずに一緒に自由に音を出してみることから始める。それをたくさんレコーディングして、数ヶ月放置してから、また新鮮な気持ちになった時、もしくは自分たちの進みたい方向性が定まった時にトラックの作業に戻るんだ。今回のレコードでは、多くの曲がピアノから始まった。それによって、アルバムのトラック全てがすごくベーシックになったと思う。ビートから作り始めた曲は多分「X」だけじゃないかな。

──前作の完成から新作のレコーディングまでの時間を反映した作品なのでしょうか?

M:そうだね。今回のアルバムは前回のアルバムのツアーが完全に終わった2019年1月の後に作られた。だから、制作期間は2019年の1年間ということになる。インスピレーションの多くは2年に及ぶライヴ・パフォーマンス。新作では、そのエナジーをとらえたかったんだ。

A:デモを書く上では、前回とアプローチはあまり変えなかったけどね。でも制作を始めた早い段階で、ライヴをする時まで四つ打ちのことは考えないことにしたんだ。そのおかげで、ミックスやトラックのレイアウトを考える時により自由に制作をすることができた。クラブのことをあまり意識せずに作業できたのはよかったね。

▲カトリック地区(左側)とプロテスタント地区(右側)を分けるピースライン

──あなたたちの音楽はダンス・ミュージックにカテゴライズされると思いますが、全世界で人が集ってのダンスができない現在、このアルバムはどのように聴いてもらいたいでしょうか?

M:コロナが始める前にアルバムの制作は終えていたから、サウンドにCOVID-19が直接影響することはなかったんだけど、パンデミックが始まった時は、ちょうどミックス作業をしていたんだ。今回のアルバムは、よりホームリスニングを目的とした作品を意識して作ったから、今の状況にしろCOVID-19がなかったにしろ、作品は目的通り機能していたと思う。ライヴでは、アルバムを再解釈してクラブ用にする予定なんだ。もっとテクノで、4×4にフォーカスしたヴァージョンにね。

──COVID-19が収束して、そのライヴが観られる日を楽しみに待っています。

A:日本に行ったらやりたいことが、リストに書ききれないほどいっぱいあるよ。日本はふたりとも大好きな国だから。色々とやりたいことはあるけど、その中でもリストのトップにくるのは、北海道に行くことだな。まだ本州にしか行ったことがないから。俺たちは食べることが大好きなんだけど、日本は世界で一番食べ物が美味しい国のひとつ。休みの日にすることのほとんどは、新しいヌードル・レストランを見つけること! ラーメン、そば、うどん……日本の麺は全部大好きなんだ(笑)。
<了>

▲カトリック地区に掲げられたアイルランド国旗


Bicep

Isles

LABEL : Ninja Tune / Beatink
RELEASE DATE : 2021.01.22


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Text By Masashi Yuno

Photo By Dan Medhurst

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