Between The Temples

人生に疲れた中年男が誰かと出会い、次第に生きる気力を取り戻していく――そんな映画は数多くあるが、大きくはそのような筋立ての『セカンドステップ　僕らの人生第2章』はしかし、他の作品とは微妙に、いや決定的に違っている。何とも説明しがたい可笑しさと優しさでもって、観る者に人間関係と人生の奇妙さと面白さを再考させる映画だ。

主人公は作家の妻を亡くして悲しみに暮れている40歳の男ベン（ジェイソン・シュワルツマン）。彼はユダヤ教の先唱者（礼拝で祈りやリードや詠唱を行う人物）にもかかわらず歌えなくなってしまい、あるとき道路に寝転がってトラックの邪魔をして「そのまま走り続けろ！」と叫ぶ。結局トラックの運転手にバーに連れていってもらい、そこで小学校のときの音楽教師だったカーラ（キャロル・ケイン）と偶然再会する。やがて、カーラがユダヤ教の成人式であるバット・ミツバをしたいとベンに持ちかけたことで、ふたりの関係は親密なものになっていくのだった。

Copyright ©︎ 2024 Between The Temples, LLC. All Rights Reserved.

監督のネイサン・シルヴァーはニューヨーク拠点のインディペンデント作家であり、本作が日本での初公開となるがこれまでも多くの作品を手がけてきた人物だ。低予算で些細な人間関係を描く傾向があった2000年代の映画ムーヴメントである〈マンブルコア〉以降の文脈で語られることの多かった人物だが（本作の共同脚本を担当しているC・メイソン・ウェルズは〈マンブルコア〉出身の作家とされる）、本作ではもう少し大きな意味でニューヨークのインディペンデントの作家として、巧い役者のアンサンブルとともにいわゆるハリウッド映画ではあまり語れることのないささやかな物語を差し出している。

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まずベンとカーラの関係がどうにも定義できないものだ。70歳のカーラはかつてベンの音楽教師であったため、現在は先唱者であるベンにとっては恩師だが、同時にユダヤ教を学ぶことにおいては彼の生徒となる。友人と呼ぶにはときにロマンスのような親密さをふたりは見せることになるし、ふたりとも配偶者を亡くした者同士としていたわり合ってもいる。

この関係性の曖昧さは、ユダヤ教というバックグラウンドがあるために際立つものでもある。ベンが悲嘆に暮れることで信仰に対して揺らぎを感じ始めている一方で、カーラは老境に差しかかり未亡人となったことでユダヤのルーツを再発見しようと試みている。彼女の両親が共産主義者であったために子どもの頃ユダヤ教のコミュニティに受け入れられなかったというエピソードが何とも絶妙だが、つまり、帰るべきコミュニティを失いかけている男とようやく見つけようとしている女の、世代を超えた出会いを描いたのが本作なのだ。その微妙な齟齬をふまえながら、ふたりは無二の関係を築いていくことになる。

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言うまでもなくアメリカにおけるユダヤ系のコミュニティは強力なものだが、その内実はあまり外に向けて語られてこなかった。〈マンブルコア〉を通過した（ウディ・アレンらの作品のような）ユダヤ系コメディと形容したくなる本作は、現代におけるユダヤ系コミュニティの個々人のアイデンティティの揺らぎを仄めかしているようにも感じられる。本作が制作されたのは2023年10月7日以前だが、奇しくもユダヤ系アメリカ人の自己のあり方、そして他者との関わり方を問い直すものになっている。

そうした意味でもインディペンデント映画らしいディテールが楽しい作品なのだが（コーシャ食品のジョーク！）、ユダヤ系の固有性を描くことがそれ以外の観客を遠ざけることにはなっていない。必ずしもふたりだけで完結しない一対一の関係――それぞれの家族、職業、属するコミュニティが否応なく関わってくる――の厄介さと、それがゆえの予測不可能性をとぼけた味わいで描く本作は、あらゆるひとの人生にもまた、他者の出現によって驚きに満ちた喜びが訪れることを予感させるのだ。（木津毅）

Text By Tsuyoshi Kizu

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