BEST 13 TRACKS OF THE MONTH – February, 2020
Writer’s Choices
まずはTURNライター陣がそれぞれの専門分野から聴き逃し注意の楽曲をピックアップ!
Art d’Ecco – 「I’ll Never Give You Up 」
かつてのロック・スター、デヴィット・ボウイ、プリンス、そして未だに現役のキュアーは人々に夢を与えてくれた存在だと思う。ジェンダー・レスなボブ・ヘアに濃い化粧、きらびやかな衣装でステージに現れるArt d’Eccoを見たとき、それと似たを抱いた。サポート・アクトとして華を添えた、1月から2月にかけて行われたテンプルズの北米ツアーの直前にリリースした本作は、2018年に《Paper Bag Records》からデビューする前から存在する「必殺の曲」。リズミカルでシンセサイザーがふんだんに使われたこの曲は、夜の繁華街を駆け巡るような緊張感と高揚感溢れ、音楽は夢と希望を与えてくれるもの……ということを思い出させてくれる。現実は辛いものだが、ひと時の夢を見ることができるから生きていけるのだ。(杢谷えり)
G.LOVE – 「The Juice (ft. Marcus King)」
1月22日リリースなのだが、徐々に街から音楽が消えていくような心地がしてくる昨今、すがりつくかのように聴いていた、2月の私的心の拠り所。自身が率いるバンド、スペシャル・ソース名義ではなくケブ・モをプロデューサーに迎えた、久々のソロ・アルバム『ザ・ジュース』からの表題曲。同時期にソロ・アルバムをリリースしたマーカス・キングのギターも華を添える、カラッとしたプロテスト・ソングだ。本曲での矛先はトランプ政権に向かうものだが、サビでのG・ラヴの呼びかけにゴスペル風のコーラスが呼応するコールアンドレスポンスはシュプレヒコールのよう。キレの良い「Times up!」にたまらなく胸がすいた。こんな鬱屈した世の中、早く終わりにしようぜ。(峯大貴)
KYLE – 「 Yes! (feat. Rich The Kid & K CAMP)」
マッチョ文化が根強いヒップホップの中で、女性のインスタグラムを覗き見する楽曲「ispy」を始め、適度な温度感で能天気にヒップホップの“リアル”を更新していくカリフォルニア出身ラッパーのカイル。新曲もその流れも踏まえた丘サーファー・ソングになっている。 同曲のプロデューサーNazが再び手掛けた「Yes!」は、ビーチボーイズから続く丘サーファー楽曲として2010年にヒットしたドラムス「Lets Go Surfing」をサンプリング。海、サーフィン、ラッパーのキーワードから想起されるマッチョな男と水着美女的な構図を、サンプリング曲と彼のタトゥーについてのバースでナード感を演出し反転。リッチ・ザ・キッドによる高級車の描写なども、よりカイルの道化師役としての立ち位置を際立たせている。(杉山慧)
Nadia Reid – 「Oh CANADA」
『The Future and the Past』(2018)で躍進したナタリー・プラスを育てあげた、ヴァージニアのインディー・レーベル《スペースボム》。フォーク、SSWが主軸の同レーベルから届いたニュージーランド出身のSSW、ナディア・リードの最新作『Out of My Province』のリード・トラックが本曲だ。穏やかなフォーク・ロック・サウンドを基調としつつ、柔らかく伸びやかな歌声とホーン・セクションが響き渡る。デス・キャブ・フォー・キューティーの名曲「Transatlanticism」で鳴る、美麗で印象的なギター・フレーズの引用に、ルーツへのリスペクトとエモーティブな一面が垣間見える一曲だ。(尾野泰幸)
Sitaq – 「persons」
フォーキーな生活感とスペーシーな開放感がワンルームで同居するような不思議な感覚を持った名古屋のインディーバンド、sitaq。現代の若者たちのリアルを象徴するような、虚飾のない、地に足のついたまなざしが新鮮に映る。私はこのバンドを《Record Shop Andy》というお店で知った。ストリーミング中心の生活においてつい忘れがちな、レコード店のドアを開けた瞬間の匂いや、知らない音源が目に入った時の興奮…それらも含めての音楽体験であることを思い出させてくれる良店。しかし3月で閉店されるとのこと。音楽からフィジカルな実感が消えていく寂しさと不安、かすかな後ろめたさが募っていく20年代最初の春。「誰かがこぼした音楽はまだ微温いままで ああもういかなくちゃ 手を振る また会おう」という歌が深く深く染みてくる。(ドリーミー刑事)
Sorry – 「Snake」
最近、Dry CleaningやSquid等の若手バンドが注目を集めている。混成男女4人組のSorryもその中の1バンドだ。3月27日にリリースされるアルバム『925』からの4曲目の先行曲。これまでにリリースされた3曲も暗い雰囲気に覆われていたが、本曲はそれらと比べても一層ダークな印象を受ける。モチーフは蛇、スロー・テンポで語るようなボーカル、そして音数は極力減らされ、時折聞こえる金切り音。暗闇にろうそくの灯だけがある部屋にいるような感覚を抱く。暗い世の中に頼りなく示される道筋と、いつ来るか分からない恐怖=蛇と言ったところか。『925』は夢も希望もない暗い時代の若者を代弁するようなものとなるのだろうか。(杢谷えり)
Tapes – 「Summer Jam」
Tapesが〈EM Records〉から発表した『Summer Jam』が素晴らしい。シンプルなメロディーの反復と豊かに響く低音は心地よく静かな高揚感をもたらす。同時にスーパーマーケットの閉店時に流れていそうな何かに終わりを告げる切なさも感じられる。ノイズやそれを産み出す怒りや混沌はいつの時代も存在するし必要なものであるが、メジャーコードで作曲された本作は聴く者の感情に緩やかに作用する。それは2010年代のエレクトロミュージックがディストピアな世界観や無機質で攻撃的なサウンドによって纏わした霧を吹き飛ばすかのように鮮やかだ。そして本作がRezzettの一員としても活動するJackson Baileyによって産み出されたことも重要な意味を持つ。2020年の世界はすでに相当タフな状況であるが、この曲が20年代を代表する曲であったと言われるような日がくることを願う。(堀田慎平)
ドードー(dodo) – 「大人のうちだあやこさん」
入江陽主宰の《MARUTENN BOOKS》からリリースしている男女デュオの配信シングル。SoundCloudには頻繁にライブ音源をアップしているが、スタジオ音源のリリースはおよそ4年ぶりになるようだ。曲名もさることながら、うちだあやこ (vo, gt, stomp box)の冷ややかな歌唱とコードワークの起承転結がすばらしい。この曲をはじめ、シティ・ポップ的な題材で最近リリースされる曲たちは、70年代〜90年代というより2000年代的な醒めたムードのほうを強くまとっている気がする。トラックのみとヴォーカルのみのヴァージョンもあがっているので、誰かがリミックスに取り掛かってくれるのが今から待ち遠しい。(吉田紗柚季)
Editor’s Choices
続いてTURN編集部が合議でピックアップした楽曲をお届け!
JFDR – 「Shimmer」
ビリー・アイリッシュが極北の大自然に生まれていたら…。レイキャビクのシンガーソングライター=JFDRの「Shimmer」は、清らかなアイスランドの空気でビリーのダークさをろ過したような1曲だ。元々はエレクトロニック志向の彼女だが、この曲はほぼアコースティックギター1本。エレクトロニカを彷彿とさせるフレージングだが、とにかく音色が瑞々しい。そして響き合う囁きのようなヴォーカルのレイヤーも、またすばらしく美しいのだ。ちなみに筆者、年明けにアイスランドに滞在したのだが、この曲はまさに悠久の時が静かに流れる、あの風景そのまま。環境意識の高まる昨今の潮流の中にも位置付けられそうだ。なお、彼女のニューアルバム『New Dreams』全体はこの曲単体とはまた違ったアイスアンド・シーンの独特さを感じ取れる1枚になっている。機会を改めて筆をとりたい。(井草七海)
Jockstrap – 「Acid」
90年代、80年代、いや、この2人組の回想は50年代くらいまで遡るか。散りばめられた電子音とフィルターのコントロール、ストリングスの重層と3拍子の跳ねたビート、ともするとスウィング・ジャズのようでもあるのだが、その参照点の多さゆえに均衡と不均衡の間を行ったり来たり。詰め込むという行為が、この揺らぎとユニークさを生み出したのかも。Warpからのデビューも決定した、ボーカル兼ヴァイオリンのGeorgia Elleryとコンポーザー兼プロデューサーのTaylor Skyeからなるロンドン拠点のJockstrap、ユニット名の直訳は、運動に用いる局部用サポーターというから、アノニマスでいて奇妙だ。ギルドホール演劇学校の学友であるEthan P. Flynnとの交流然り、ロンドンの萌芽に期待大。(加藤孔紀)
JP THE WAVY – 「Louis 8」
約3年前の「Cho Wavy De Gomenne」のヒット以降、「Neo Gal Wop」、 「CHOTANOSHI feat. Nasty C」などダンサーとしての経験も生かされた中毒性の高いラップソングを世に放つJP THE WAVYの新曲はスキール音やボールをつく音も散りばめられ、フックではNBAはワシントン・ウィザーズで活躍する八村塁選手の名前を連呼。レッグスルーやシュートモーションなどを取り入れたダンスが見れるMVも含め、丸っとバスケ愛が詰め込まれた1曲だ。残念ながらコロナウイルスの影響でNBAはシーズンを中断しているが、ファースト・アルバム『LIFE IS WAVY』のリリース、およびツアーも発表され、さらに波に乗る彼から離せない。(高久大輝)
Moses Sumney – 「Cut Me」
今年最注目作品の1枚は5月に発表のモーゼス・サムニーのダブル・アルバム『græ』だろう。既に配信などで2月に公開された“Part 1”収録のこの曲は、ゴスペル・エレクトロ・オーケストラル・フォークとも言える、この人の持ち味が最大限に発揮された素晴らしい内容だ。とりわけアレンジが秀逸で、オクターブ超えのユニゾンで聴かせるメロディと、そこに絡んでいくホーンやピアノのフレーズが淡々と展開される曲に多層的な表情を与えている。そんな飄々とした風合いの曲の中で、“Cut Me”“Hurt Me”を繰り返し、“Guess I’m a true immigrant son”と告白するモーゼス。大統領選挙が行われる今年、この曲は本国でどのように聴かれているのだろうか。(岡村詩野)
Sufjan Stevens, Lowell Brams – 「Climb That Mountain」
昨今の環境音楽再評価、再定義の風潮の中にあってもこの人はやはり自分の立脚点を曲の中で明らかにしていく。ここはアメリカで、自分はどんな音楽もルーツ・ミュージックとして捉える、とでもいうような。2015年発表の前作『Carrie & Lowell』の義父“ローウェル”と組んだ作品に収録されている、スフィアンにとってはレーベルを共同運営するパートナーでもあるローウェルとの初のコラボ作からの先行曲。ニューエイジ系インストだが、後半にはスキャットのようなコーラスやビートも挿入されて高揚感ある展開でドラマが作られる。そのそこはかとないハーモニーによる温かみがスフィアンのブレない目線を伝えている。(岡村詩野)
Text By Daiki MineSayuki YoshidaDreamy DekaShino OkamuraKei SugiyamaNami IgusaDaiki TakakuKoki KatoYasuyuki OnoShinpei HoritaEri Mokutani