「バトルスは完全に新しいバンドになった」
デュオになったバトルスがニューヨークから送る『Juice B Crypts』は、瑞々しくカオティックなエナジーに満ちた一作
バトルスが、通算で4作目となるニュー・アルバム、『Juice B Crypts』を10月11日に日本先行リリースする(日本国外では10月18日のリリースとなる)。絡み合うリフと複雑なリズムが織りなすエクスペリメンタルなサウンドを、現代的なテクノロジーを取り入れた強靭なバンド・アンサンブルで紡ぎ出す。そんな彼らのスタイルはまさに唯一無二だ。もう20年に手が届こうという活動歴に比して、どちらかというと寡作な彼らだが、一枚一枚が達成しているクリエイティヴィティは、作品のあいだの空白を空白と感じさせないパワーを持っている。本作もその期待に違わない、いや、もっとクレイジーな側面をむき出しにしたパワフルな一作だ。
本作は、デイヴ・コノプカの脱退を経て、イアン・ウィリアムスとジョン・ステニアーのデュオとなったバトルスが送る最初の作品だ。ということもあって、タイヨンダイ・ブラクストン脱退後のセカンド・アルバム『Gloss Drop』(2011年)になぞらえる向きもあるかもしれない――たとえばゲスト・ヴォーカリストを数多く招いているあたりに、そうした連想がぱっと働いてしまう。
にも関わらず、そうしたバンド・ヒストリーをつかのま忘れさせてしまうくらい、『Juice B Crypts』は奔放なエネルギーに満ちている。縦横無尽に奏でられるリフ、力強いリズム、テクノロジーを駆使したエディット。どれもこれまでのバトルスが持っていた要素でありながら、みずみずしい印象さえ与えるサウンドに昇華されているのだ。それだけに、今回のインタビューでジョンが語る、「バトルスは完全に新しいバンドになった」、「遠くにいると同時に、環のスタート地点に戻ったんだ」という言葉にはたしかな説得力がある。
彼らのホームタウンであり、制作の舞台となったニューヨークと本作の関係、本作のプロデューサーを努めたクリス・デヴランの貢献、多彩なコラボレーター陣との制作プロセス。「新しいバトルス」を体現する本作について、ジョンの言葉に耳を傾けてみよう。来日公演を控えていることもあって、デュオになって以降のライヴ・パフォーマンスについても話を聞いた。(取材・文/imdkm 通訳/滑石蒼)
Interview with John Stenier
――まず、バンドとして初めてニューヨークで制作された本作について、制作過程や、ニューヨークでの暮らしから得たインスピレーションがあれば教えて下さい。
John Stenier(以下、J):ニューヨークで制作するということは時間の制約があるということ。ニューヨークは住むのにも大変なぐらい、すべてがとても高くつく街だからね。でも、地元でレコーディングができるというのはとても良かった。毎晩家族の待つ家に帰れるし、仕事が終わったら友達と出かけることもできる。だから、これまでとは違って通勤するような感覚で制作を進められたんだ。そういう環境が手伝って、これまでよりも短期間で、精を出してレコーディングに取り組んだ。曲を聴いてもらえれば、その違いが伝わると思う。
このアルバムを作るにあたってやりたかったことのひとつに、ニューヨークの友人たちと一緒に制作するというのがあった。ニューヨークの人間を使いたかったんだ。プロデュースを務めたクリス・デヴランもニューヨークの人間で、ブルックリン出身のヒップな、現代的な若者なんだ。彼のスタジオがブルックリンにあるから、ミックスもそこで行った。そうしたすべての要素が、このアルバムをニューヨーク的なものにしている。
アートワークを手がけたアンドリュー・クオにしても、ニューヨークを拠点に活躍する著名なコンテンポラリー・アーティストだ。そもそも彼をアートワークのデザイナーとして起用できたことが幸運なことだよ。これまでの作品はデイヴがデザインをしていたけれど、バトルスは完全に新しいバンドになったからね。イチからすべてをやり直した。一周して、スタート地点に戻ったんだ。誰かがリセットボタンを押して、すべてを元の状態に戻したみたいにね。
——ヴィジュアル面では、アンドリュー・クオのヴィジュアルをもとに平岡政展がアニメーションを手掛けた「Titanium 2 Step」のヴィジュアライザーも印象的でした。今後、ほかにミュージックビデオの予定はありますか?
J:今は、アルバム・リリースの前に収録曲を出すのがとても簡単になった。曲をインターネットにアップして、例えばSpotifyなんかですぐにリリースできる。Spotifyに小さなデータを渡せばいいだけだ。「Titanium 2 Step」をリリースするときだって、曲のデータと、あのヴィジュアライザーの、音楽に合わせて動く、なんていうか“伴奏生物”みたいなのを用意すればよかっただけ。みんなあの曲をYouTubeで初めて聴いて、あの“生き物”を見るわけだよね。変な感じだけど、気に入ってるよ。数週間以内には新しいミュージック・ビデオを発表する。そのあとにまた別のビデオがもう1本あるしね。すでに決まっている企画がたくさんあるんだ。(注:インタビュー後の9月26日、「A Loop So Nice」と「They Played It Twice (feat. Xenia Rubinos)」のヴィジュアライザーが公開された)
——バンドの体制が変わって初となる本作について、イアンはプレスリリースに寄せたコメントで、本作におけるハーモニーやコード進行、メロディ(とその破壊)の重要性について語っています。バトルスの音楽といえば、これまでリズムやループにフォーカスがあたることが多かったですが、ハーモニーの要素について言及するのはバトルスの新しい一面のように感じました。これについて、ジョンはどう考えていますか。
J:2人になった僕たちがやっているのは、オリジナルのバトルスのアイディアを2019年版の文脈に落とし込むということなんだ。バトルスならではの理論を取り入れるために、最新のテクノロジーを使ってね。だから重要性という意味で言えば、ハーモニーがどう、というより、リズムも、ハーモニーも、メロディも、すべてが等しく重要なんだ。
バトルスは今、一周回って原点に戻った。ただ、昔とは全く違う在り方でね。4人で始まったバンドが3人になり、今は2人だけになった。だけど僕たちは、あの頃と比較できないほど成長したんだよ。バンドとしてもいちミュージシャンとしても。遠くにいると同時に、環のスタート地点に戻ったんだ。新しいと同時に古いんだ。新しくはなったけれど、バトルスであるということに変わりはないからね。今回のアルバムも『バトルスのアルバム』として認知してほしい。でも、これまでの3枚とは全く違うアルバムだ。
——本作は特にレコーディングの様子を想像するのが難しいくらいサウンドのエディットやプロセスが激しい作品になっています。主にそうしたサウンドのエディットを担当したのはイアンでしょうか?
J:今回のアルバム制作においてはクリス・デヴランが、いうなれば第3のメンバーのような働きをしてくれた。今作はこれまでとは違う場所で、違うやり方で、ミックスまでニューヨークで行った。クリスはすべての制作過程において、かなりの力を注いでくれたんだ。サウンドやアレンジメントについてもそうだし、彼のおかげで新しいアイディアもたくさん生まれた。このアルバムにおける彼の貢献はかなりのものだよ。レコーディングにもミックスにも携わってくれたからね。
もちろん、イアンも携わっていたよ。イアンがもとのサウンドを作って、それをクリスが全く新しいやり方でレコーディングし、ミックスする。サウンドをよりクレイジーにしてくれたというか。サウンド・エディティングはイアンとクリスの共同作業だね。僕のみでアレンジしたパートもたくさんある。
——率直にお伺いしたいんですが、自分のプレイが楽曲のなかでグリッチされたりするのはどんな気分でしょう?
J:全然気にならない(笑)。例えば「Juice B Crypts」という曲ではドラムの別録りを細切れにしてエディットするんだけど、もはやソフトウェアでできることが多すぎて、イアンがエディットしているというよりソフトウェアがエディットしているような感じだよね。彼が使ってるプログラムが自分の音を細かく分けていじっているのを見るのは最高にクールだと思う。まあ、そのプログラムがやってくれることを自分でプレイできたらもっとクールなんだけど(笑)。超高性能なAIが、自分のプレイをかっこよくしてくれてるっていうことだよね。AIロボットがやってくれることを自分のプレイって言えるんだから(笑)。最高だよね。
——既にデュオでのライヴを何本かこなしていますが、ライヴの感触はいかがでしょうか。
J:素晴らしいよ。アルバムの曲を書き始めたのは1年半前なんだけど、アルバム1枚分の曲を作って、レコーディングして、ミックスして、ボーカルも全部録って、というプロセスを順番に進めていった。そうして作ったものすべてが満足いく出来になったから、今度は、そうやって作った曲をライヴでどう聴かせるかを考える段になった。この段階は、それまでの制作プロセスとは全く別の議題なんだ。今回もライヴでの演出を考えるのはものすごく苦労した。でも、演奏の仕方を考えるっていう、一番大変な仕事はすでに全部終えたと思っているよ。
——デュオになってからやることが増えて大変ではないですか?
J:もちろん大変さ。僕に関して言えば、今回から新しいセットを導入しているしね。これまで挑戦したことのなかった新しいことに挑戦している。責任が増えたことによる大変さがあるね。
——バンドのInstagramやファン撮影の動画を見ると、これまでエレクトロニクスをあまり使ってこなかったジョンのドラムセットにサンプリング・パッドが加わっているように見えます。
J:そこを秘密にしていたのに!(笑) もう言ってしまうけど、僕が使っているのはローランドのSPDシリーズ。ブルルルって音がなって、オンもオフも自由自在さ。僕にとってはすごくトリッキーだよ。電子楽器を全く使ってこなかったから。バトルスにとっても完全に新しい試みだ。責任が増えたね。
"“Juice B Crypts”なんて、意味がわからない。イアンの息子が思いついた言葉だから、本当の意味は、その赤ちゃんのみぞ知る(笑)。まあ、そう考えるとまだ秘密のままではあるね。"
——多数のゲスト・ミュージシャンを迎えている本作ですが、台湾の落差草原WWWWの参加には驚きました。同じ曲には元イエスのジョン・アンダーソンも参加していますね。
J:ジョンの参加に至る経緯を説明するには9年前に遡るんだけど、彼のマネージャーから、ジョンのアルバムにドラムで参加しないかというオファーのメールが届いた。ソロとしてね。でも当時はスケジュールの都合がつかずお断りをした。そしたら今度はジョン本人からメールの返信が来て、「バトルスの大ファンで、君たちの音楽がとても好きだから、もし僕のボーカルが必要なことがあったら、連絡をくれたら嬉しい」って言われたんだ。それで僕は、「ありがとうございます」って返信した。それが9年前。
そして今回のアルバムで「Sugar Foot」を作っているときに、イアンと僕が同時に「ジョン・アンダーソンがぴったりだ!」ってなって(笑)。Gmailで9年前のそのメールを探し出して、そのメールに返信して(笑)、「ボーカルやってもらえる?」って。たしか「もちろん!」っていう返事が来たと思うけれど、彼にトラックを送ってもなかなか返事が来なくてね。それで、落差草原WWWWはバトルスのオープニング・アクトを2回やってくれているいい友人たちで、もう3、4年は連絡を取り合っていた。だから彼らに「Sugar Foot」の音源を送ってみたら、彼らがアレンジした音源を送り返してくれて。そしたらなんと、ジョン・アンダーソンも彼のアレンジを送ってくれたんだ。
だから、落差草原WWWWとジョン・アンダーソンのバージョンを組み合わせた。Prairieの方はイントロを、一番最初の部分だけに使わせてもらった。なんと言っても、ジョン・アンダーソンのバージョンが良すぎてね。でも、落差草原にもどうにかしてもう少し大きく参加してもらいたかったから、色々と調整したんだ。そもそも、この組み合わせが面白すぎるから。この2組が同じ曲に一緒に参加してるなんて、変でしょう。ジョンは70代も後半に差し掛かろうとしてて、落差草原は20代前半。台湾 VS UKだし。本当に面白い。
——日本限定のボーナス・トラックとして、住吉佑太が参加した「Yurt」が収録されています。
J:彼とはもともと友人で、僕が以前住んでいたブルックリンの家のそばに鼓童のスタジオがあったのかな。鼓童のメンバーのうちの何人かは定期的に連絡をくれていたんだ。最近も「機会があれば、何か一緒に作りたいですね」って連絡をくれてね。なぜか鼓童は常に近くにいる存在なんだ。それで、音源を送ったんだよ。そこに彼らが日本でレコーディングした音源を重ねて送り返してくれた。だから、実際に一緒に作業はしていないんだ。
——既に言及した3組に加えて、Shabazz Palaces、Xenia Rubinos、Sal Principato、Tune-Yardsのヴォーカルも印象的です。Xebiaの壮大でエモーショナルな歌声や、Sal PrincipatoのLiquid Liquid時代を思わせる特徴的なシャウト、Shabbazz Palacesのクールなラップ、Tune-Yardsの朗らかだがストレンジな歌声、どれも素晴らしいです。
J:僕はTune-Yards(メリル・ガーバス)には会ったことがないんだ。イアンが少し知っていたようだけれど。コラボレーションに関しては、クリスが取りつけてくれたんだ。ボーカルの部分は、彼女自身で進めたもので、こちらから音源を送ってアイディアをシェアして、その通りに、完璧にこなしてくれた。彼女の自宅スタジオでレコーディングしたものなんだけど、最高の仕上がりだ。
それからShabbazz Palacesは、何年か前にバトルスの曲をリミックスしてくれたつながりで、シアトルで共演したこともある。今回は僕がInstagramでオファーをして、サクッと決まったコラボだったんだ。彼らの方がニューヨークに来てくれて、すぐに実現した。クリスが彼らのアルバムに参加していたこともあったし、とてもシンプルに進んだコラボレーションだったよ。
そしてXenia Rubinosなんだけど、彼女とイアンが長い間知り合いでね。バトルスの一番最近のUSツアーにも帯同してくれて、バトルスのそばにずっといてくれているアーティストの1人だね。まず、素晴らしい声の持ち主だし、とてもニューヨークっぽいアーティストだ。そこも今回のコンセプトとマッチしていて、コラボレーションすることになった。彼女ともニューヨークのスタジオで一緒にレコーディングしたよ。
——最後に、『Juice B Crypts』という奇妙なアルバム・タイトルについて教えて下さい。どういう意図でつけたタイトルなんでしょう。お答えできる範囲で聞いてみたいです。
J:もしかしたら初めてかもしれないけれど、イアンには子どもが2人いてね。最近産まれた……1歳になる息子が友だちの女の子に付けたニックネームなんだよ。赤ちゃんが考えた、変なニックネーム。“Juice B Crypts”なんて、意味がわからない。イアンの息子が思いついた言葉だから、本当の意味は、その赤ちゃんのみぞ知る(笑)。まあ、そう考えるとまだ秘密のままではあるね。10年後、彼が10歳ぐらいになったら聞いてみよう。「Juice B Cryptsってどういう意味だったの?」って。
■Battles Official Site
https://www.bttls.com/
■ビートインク内アーティストページ
https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=152
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