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映画『Back to Black エイミーのすべて』
誰かを想う愛が、ステージにも暗闇にも連れていく

22 November 2024 | By Nana Yoshizawa

エイミー・ワインハウスに憑いてまわるドラッグ、アルコール、恋愛、親の問題など極端な報道。こうしたマスコミが作り上げる、虚実ないまぜの彼女を今まで見ていたのかもしれない。『Back to Black エイミーのすべて』を観る前と後では、彼女に対する印象が変化するだろう。筆者は普段インディー・ロックやエレクトロニック・ミュージックも多く聴くリスナーだが、多くの人と同じように彼女の情熱的な歌声に惹かれてきた。監督のサム・テイラー=ジョンソンは親友であるエイミーの歌詞と音楽こそが真実を語ると信じて、グラミー賞5部門を受賞したアルバム『Back to Black』(2006年)を根幹とし、本作にポジティヴな光を吹き込んでいる。エイミーの楽曲はどの曲も元夫ブレイクへの想いに溢れ、彼女の感情に寄り添うように物語は進んでいく。

©2024 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

エイミー役を演じるマリサ・アベラは、4ヶ月のトレーニングを行い実際に歌を披露。監督のテイラー=ジョンソンは当初、俳優の声を使うつもりはなかったそうだ。しかしマリサの感情的に語る歌い方は驚異的で、観客はエイミーだと信じてしまうという。この歌声が最初に聴こえるのは、自室で曲作りをする弾き語りのシーン。特有のアクセントを強調しすぎに感じなくもない。だが、すぐにこれもキャリアに合わせた歌唱だとわかるほど、マリサの瞳や声にエイミーの感情は宿っている。ブレイクの元カノに対して悪戯っ子のように振る舞う「Fuck Me Pumps」、平然とした表情が浮かぶような声色を聴かせるザ・ズートンズのカヴァー「Valerie」、そしてグラミー賞を受賞した「Rehab」を披露する場面は、言わずもがな剥き出しの感情が一際大きくなる。また楽曲において、本作のサウンド・トラックを担当したニック・ケイヴ&ウォーレン・エリスの「Song For Amy」に注目したい。ケイヴが歌う歌詞は“You needn’t care what they say / I’ll still love you anyway / Love kills everything / Just to take it away.”。この“Love kills everything”という一文は、エイミーとブレイクの関係、愛の性質を突く言葉だ。前後の歌詞を見ると、天国から地獄に突き落とすような表現に読めなくもないが、彼女への想いを深い洞察で言い表している。

©2024 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

誤解を恐れないで書くと、いかなるときも「そのままのわたし」を通すエイミーは愛されていた。事務所から飛び出ていこうが問題の多い夫を選ぼうが、父ミッチと元ジャズ・シンガーの祖母シンシアに支えられステージに復帰する。とくにリハビリ施設に入る話が出たときの父娘のやり取りは印象的だ。そしてブレイクも彼女を愛していた。2人が動物園でデートをしたり向かい合って食事をしたりと、ありふれた恋人の様子が描かれているのは、本作の優れた点だろう。アーティストとしてのカリスマ性と日常の風景を繰り返し対比することで、より彼女の書く歌詞に共感していく。それは彼女の心身がぼろぼろになっていく切なさをも伴っていくのだが。そう本作は音楽伝記映画であると同時に普遍的なヒューマン映画でもある。

©2024 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

最後に本作を理解する上で、日本語字幕の尽力は間違いなく大きい。言葉を扱う人なら、日本語を推敲することの難しさや可能性に対して、新たな気づきを得られるかもしれない。字幕翻訳の稲田嵯裕里氏、字幕監修の池城美菜子氏による、エイミー特有の訛りと個性を含んだ言い回し、さらには歌詞の翻訳に膝を打つ。ぶっきらぼうでユーモアのあるMCは、物語が進むにつれてブレイクの言葉に似てくるのだが、こうした観客の推理力が伸びていく作品は珍しいのではないだろうか。とくに印象的な翻訳が「Back to Black」の“Black”を“闇”と言い表わしていること。加えて、エイミーと彼女の敬愛するNasの誕生日を重ねた「Me & Mr Jones」の“My Destiny 9 and 14”が出る場面は、妙に爽快だ。

本作に一貫して流れているのは誰かを想う愛、その愛の強さがステージにも暗闇にも連れていく。『Back to Black エイミーのすべて』で出会うエイミー・ワインハウスの姿は、27歳で早逝したあとも変わらない情熱を放っている。彼女の声に秘められた強さを、再び愛しく思うだろう。(吉澤奈々)

Text By Nana Yoshizawa


『Back to Black エイミーのすべて』

11月22日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ、渋谷シネクイントほか全国公開

監督 : サム・テイラー=ジョンソン
出演 : マリサ・アベラ、ジャック・オコンネル、エディ・マーサン、ジュリエット・コーワン、サム・ブキャナン、レスリー・マンヴィル
配給 : パルコ ユニバーサル映画
公式サイト
https://btb-movie.com


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