映画『ザッツ・エンタテインメント』と存在しないノスタルジー
2014年のデビュー作がマーキュリー・プライズに選ばれるなど一躍最注目のダンス・アクトとして名をはせたロンドンを拠点に活動するネオソウル・デュオ、ジャングル。4作目となるこの『Volcano』をリリースする今年、彼らも10周年を迎える。本稿では、最新作を「Back On 74」という曲にちなんで、1974年をキーワードに分析してみた。
まず本題に入る前に1974年をソウル/ファンクの文脈で少し振り返ってみる。スティーヴィー・ワンダーが3部作最後となる『Fulfillingness’ First Finale』をリリースした年で、ミニー・リパートン「Lovin’ You」、クール&ザ・ギャング「Summer Madness」、クインシー・ジョーンズ「Body Heat」、アース・ウィンド&ファイア「Feelin’ Blue」、アイズレー・ブラザーズ「Brown Eyed Girl」、イントゥルーダーズ「Rainy Days and Mondays」など、いまでも聴かれているチルな楽曲が多くリリースされた年である。前年にリリースされたオージェイズ『Ship Ahoy』やクール&ザ・ギャング『Wild And Peaceful』がビルボード年間アルバム・チャートでそれぞれ18位と20位にランクインするなどファンキーからチルアウトへの揺り戻しが起こった年だったと言えるのかもしれない。冒頭はファンキーな楽曲に始まるが、どんどんチルな方向へと舵を切っていく本作は、この年のこうした流れを感じさせなくもない。
本作のコンセプトとして彼らは、「本作を聴いている間は、現実世界とは遠く離れた場所へリスナーを連れて行きたい」と語っている。それを実現するために、彼らはロサンゼルスにある《Valentine Recording Studios》と、西ロンドンの《Metropolis Studios》の2か所を使って制作した。前者は、ザ・ビーチ・ボーイズなどが録音していたが、1979年に閉館し2015年に再オープンしたスタジオ。閉館していた間の時間が止まっていたかのようで、それが彼らのインスピレーションの場となった。後者は生産性を高める場となった。
『Volcano』には収録されなかったが、このアルバムに先駆けて「GOOD TIMES」という楽曲がリリースされた。このシングルには「PROBLEMZ」(本作のトラック11)が収録され、MVのラストには「Pretty Little Thing」(本作のトラック14)がエンドロールに使われていることから、本作と繋がりを感じさせる楽曲だ。この曲は、祝祭感溢れるサウンドで楽しい時間を享受しつつも、この時間が終わってしまうことの刹那を感じさせる側面と、昔を懐かしむノスタルジーの両面を持っている。それだけでなく、「GOOD TIMES」というタイトルから私はシック「Good Times」(1979年)を思い浮かべた。彼らがインスピレーションの場として使った《Valentine Recording Studios》が閉館したのが、ちょうど「Good Times」がリリースされた1979年であるなど、70年代との繋がりを感じさせる導入的な一曲といえる。
そして本作は、70年代を想起させる点が多くある。「Dominoes」では、1973年リリースのグロリア・アン・テイラー「Love Is a Hurtin’ Thing」をサンプリングしているし、「Good At Breaking Hearts」に参加しているJNR Williamsの歌声をニーナ・シモン、ビル・ウィザーズ、そしてスティーヴィー・ワンダーと70年代も第一線で活躍していたシンガーの名前を引き合いに出していたり、「Palm Tree」では、スペース・ディスコへの逃避行がテーマと語っているが、宇宙とディスコを融合させたと言えば多くの人がPファンクを思い浮かべるだろう。
こうした楽曲と共に、「Back On 74」というタイトルの曲が収録されている。74という数字は、架空のストリートだと彼らは説明しているが、私はここに、この楽曲単体ではなく1974年というアルバム全体の時代設定的な意味合いもあるのではないだろうかと考えた。本作はMVがYouTubeに公開されており、「Jungle – VOLCANO, The Original Motion Picture & Soundtrack (OFFICIAL TRAILER)」というタイトルからも分かるように、それぞれの楽曲を制作風景を交えながらオムニバス映画のように繋ぎ合わせている。踊りで魅せるこれらの映像は、70年代に始まったボールルーム・カルチャーから生まれたヴォーギングのようでもあり、セットの前で踊る様子であったり、セリフがなくとも物語を感じさせるダンスは、さながら往年のミュージカルを想起させ、MGM50周年を記念しミュージカル史をまとめた映画『ザッツ・エンタテインメント』(1974年公開)へのオマージュのようにも感じられる。そうした目線で本作のMVを観ていると、ヴォーギングやボールルーム・カルチャーがこうしたミュージカル映画と地続きの文化であることを本作は示してくれる。それだけでなく、上記の映画の冒頭でフランク・シナトラが“ミュージカルは幻想の旅”であると発言するが、それが本作のテーマと一致していることも、私にそうした思いを強く抱かせる要因だ。
映画『ザッツ・エンタテインメント』は、グッド・オールド・デイズがテーマで昔を懐かしむための映画だが、本作の主眼はそこではない。本作の主眼は、あくまで現実からの解放だ。それは、彼らの音楽制作の手法に表れているだろう。例えば「Candle Flame」では、まず自分たちでサンプリング・ソースとなるスローなテンポのソウル楽曲を作り、それを元にリミックスしていま私たちが聴いている楽曲となった。ここで聴ける音楽は、70年代フレーバーを感じさせたり、ノイズの入った加工などはノスタルジーを喚起させるなど、ラジオ番組を聴いているような錯覚を受ける。それを示すかのように、この夏彼らはシリーズ第二弾となる『Sunshine Stereo 2.0』というプレイリストを公開している。ここでのセレクトは、「Dominoes」の他に、ほとんどがここ数年にリリースされた楽曲で、どこかグッド・オールド・デイズを思わせるチル・アウトな楽曲ばかりがチョイスされており、本作の補足的な役割を果たしている。
このように、本作を中心にした作品で彼らは、一貫してここではないどこか、リバイバルという文化が持っている歴史的には存在しなかったノスタルジーを提示している。それは、映画が虚構の断片をカット&ペーストして繋げることで、一つの物語のように魅せるメディアであることとリンクするようだ。こう見ていくと、映画『ザッツ・エンターテイメント』が本作の参照点の一つとして考えられるのではないだろうか。(杉山慧)
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