Review

Jill Whit: time is being

2021 / Orindal Records
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自己の外なる世界との繋がりを取り戻す“アンビエント・フォーク”

22 June 2021 | By Yasuyuki Ono

またもや《Orindal Records》から快作が届いた。ジア・マーガレット『Mia Gargaret』(2020年)やカリマ・ウォーカー『Waking the Dreaming Body』(2021年) など瞑想的な音を特徴としたフィメイル・シンガーソングライターの活躍が目立つ、シカゴのインディー・レーベルたる同レーベルから去る5月にリリースされたジル・ホイットによる最新作『Time is Being』のことである。ソルトレイクシティを拠点とするシンガーソングライターであるホイットはタトゥー・アーティスト、ファイン・アーティストとしても活動し、その活動の一端は自身のインスタグラムでも見ることができる。2018年には自身の作品をアートワークとし、録音音声の挿入や、サウンドの質感を楽曲によって変化させる好奇心に満ちたフォーク・ミュージックを収めた佳作『THE DIVIDE』をリリースしている。その前作から3年ぶりのリリースとなる本作はそのように様々なフィールドで多才な活動を続けてきたホイットが、2020年に生じたパンデミックによりもたらされた隔離環境のなか、作品制作のほぼ全てを自身で担い作り上げた一作となっている。

前作のフォーク・テイストを部分的に踏襲しつつも、今作において基調を成すのはシンセサイザーを主軸としたアンビエンタルな音像。そこにスポークン・ワードやうっすらとエコーの効いた歌声が重なり合うことでリラクシングかつ内省的な感覚が与えられる。「このアルバムは実際に身体のなかに分け入っていくようなものなのです。それは孤独を通じて自分自身を知ることであり、自分自身の物理的な身体との繋がりを得ることでもあります」とホイットが語るように、隔離環境のもとだからこそ改めて見つめることができた、いや見つめざるを得なかった自分自身の内面に対する沈思と自己との対話の軌跡を本作は描く。しかしながら落ち着きなく不安げに響くシンセサイザーによって構成される「Quarantine」(=隔離)という楽曲が端的に伝えるように、本作はその沈思に閉じこもることを是として成立しているわけでは決してない。本作における内なる自己との対話は外部との繋がりをいつの日にか取り戻す未来に向けて放たれているのである。

そこで、「touchless」と「maybe means no」という二曲のリード・トラックと、その二曲をひとつに収めたミュージック・ビデオを見ていこう。MVは「touchless」から「maybe means no」へと流れていく。「touchless」が流れる場面では、バスルームのなかにいる人物がまるで何かを探すようにその小さな部屋のなかで踊り、その背後では“タッチレス(=触れることができない)”というスポークン・ワードのリピートが鳴り響き、過去の記憶を想起させるようなスクラッチ・ノイズや生音感のあるシンセサイザーが挿入されていくことで周囲との接触を喪失した孤独な感情が彫琢される。そして、踊っていた人物がバスタブのなかへと沈み込むと、「maybe means no」という文字とともに場面と楽曲が転換し、赤褐色の岩場にできた大きな水たまりの中からその人物が現れる。「maybe means no」では隔離環境における孤独を描写するような“自分自身と過ごす/自分自身と新たな関係を築く/自分自身についてもっと多くのことを考える”という一節を含むスポークン・ワードが続いたのち、“辛抱強くあれ/自分とは違う誰かの大切さを感じながら/いままで対峙したことのない絶対的な問題のなかで”という内省の果てにある他者の希求が物悲しげなエレクトリック・ギターをまとい、淡く空間に広がるホイットの歌声をもって歌い上げられていく。MVに視点を写せば、青い空と赤い大地、陽光と地面の色を写しながら静かに流れる水を背景に、大自然を体全体に感じながらそれと一体化するような舞踏が展開する。最後にはアメリカの広大な夕暮れのウィルダネスをひとりみつめ、そのなかにひっそりと佇むホイットの姿が、空へ広がり、大地に染み込むようなシンセサイザー・サウンドを伴って映し出される。この二曲のミュージック・ビデオで示された小さなバスルームから広大な大自然へという空間的移動と、内省的な感情から他者を求めるリリックの意味内容の移行は、すなわち自己との対話を経由し、自然や他者=自己の外なる世界とのつながりを再び取り戻してしていくのだというメッセージとして機能するだろう。MVの最後にホイットはカメラに目線を移すが、そこにカメラ=画面の向こうにいる“あなた”へと向けられたしかとした意識を感じさせずにはいられない。

エイドリアン・レンカー『​songs』 ・『instrumentals』(2020年)、カサンドラ・ジェンキンス『An Overview on Phenomenal Nature』(2021年)、さらには前述したジア・マーガレット『Mia Gargaret』(2020年)、カリマ・ウォーカー『Waking the Dreaming Body』(2021年)といったフィメイル・シンガーソングライターが近年に生み出してきた“アンビエント・フォーク”作品群が主たるテーマとしてきたのは内省と対話。それは堂々巡りの思考の円環に内閉するのではなく、壁に穴を穿ち、そこから漏れ出る光を捕まえるための条件としても記される。加え、森や海、砂漠、山といった広大な自然と対峙し、その反転として小さな自己の内面へと視線を向けていくという描写が上述したいくつかの作品では特徴的に用いられる。対話のための言葉を歴史上数多生み出してきたフォークという形式と、思考のもつれをほぐしながら自己の深淵へと沈み込んで行くことを可能とするような瞑想性の混交。対話や内省という経験を直接的に表現するスポークン・ワードの挿入。そのような意匠をまとい湧出する“アンビエント・フォーク”に、COVID-19によるパンデミックがもたらした対自的な思考を生む時間的な余白と他者を渇望する感情を喚起する物理的距離の遠さという(社会的)要因を結びつけるのは性急にすぎる。しかしながら、昨年来のパンデミックにより生じた隔離環境のもと制作された、もしくは隔離環境における生活を想起させるような、内省と対話を志向する作品群が存在していたこと。それだけはここに書き記しておきたい。対話こそが未来を準備するための鍵として機能するというテーマ構成、スポークン・ワードの導入、広大な自然を想起させるサウンド・スケープの展開を内包したジル・ホイットによる本作も、それら“アンビエント・フォーク”作品群と接続しながら“時代の音”を鳴らしている。(尾野泰幸)



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