リアリズムとロマンチシズムの狭間で唸るロック・ミュージック
「お湯の中にナイフ」と「夜」。アルバムからカットされた2曲のミュージック・ビデオに映し出されるのは、遠景からとらえられた山々、草原、空、川といった自然美、田舎と郊外風景、そしてその中に溶け込むように映る人の姿だ。朴訥とした風景の美しさに胸うたれ、時に映り込む陰影を伴った映像に寂寞の思いを募らせる。
その背反する感情のもとで脳裏に浮かぶのは「幸せの黄色いハンカチ」や「イージー・ライダー」といったロード・ムービーの主人公たちが走り抜けた、果てしなく続く地平線と青天の広がる北海道、アメリカ西部のような広大な風景だ。それらの作品群の背景をなしたのが若者が抱いた青春の理想と挫折、帰還すべき日常の存在だった。だとすれば、「頼もしい明日よ/きっといい日になる/そしてその先にさよならが」(「夜」)、「一生付きまとう因果に狂おう/僕らの負けを取り返そう!」(「お湯の中にナイフ」)という、例えば真島昌利や草野マサムネのような、独特のいなたさと抒情的な情景描写が入り混じったリリックから、日常への諦念とわずかな希望が同居した、複雑な感情描写を、上述した映像表現と接続して読み取ることもできよう。
サウンドに耳を傾ければ、the Smithの息吹を感じる煌くクリーン・ギター、the pixiesのようなハードでメロディアスなギター・ライン、Guided by Voicesゆずりの数分間を全力で駆け抜けるザラついたローファイ・サウンドに、家主というバンドのアイデンティティが垣間見える。加え、バンド・メンバーそれぞれにとってのルーツたるthe pillowsやくるり、ASIAN KUNG-FU GENERATIONらが駆動した90年代後半から2000年代にかけての(日本語)オルタナティブ・ロックの系譜が、すべからくキャッチーなメロディーと、その上を駆け抜けていく日本語詩として萌芽しているといえるだろう。ソロ・アルバムのリリースやラッキーオールドサンのサポートとしても注目を集めた田中ヤコブ(Vo/Gt)を中心に、田中悠平(Vo/Ba)、谷江俊岳(Vo/Gt)という3人のソングライターと岡本成央(Dr&Perc&Cho)からなる家主。2000年代に10代の大部分を過ごしたであろうバンド・メンバーと同世代の私にとって理想的なまでに頼もしく、在りし日の記憶と感情に訴えかける本作のバンド・サウンドはどこまでも、どこまでも、「エモい」。
2010年代のインディー・ロックでの複層し、難解化したサウンド・プロダクションの潮流を越え、今となってはオールド・スクールな風合いを持つメロディアスなオルタナティブ・ロックをてらいなく正面を切って鳴らすことに成功した唯一無二のロック・バンドがここにいる。ギターという楽器の存在感が後景に退いてきた近年のロック(バンド)・サウンドにおいて、美しさと憂いと、ダイナミズムが同居するギターを主軸としたバンド・アンサンブルは感動的に胸に迫る。かつての理想と青春をノスタルジアにとどめるのではなく、過去をなぞり、乗り越える痛みと勇気を伝える、リアリズムとロマンチシズムが渦を巻くロック・アルバムだ。(尾野泰幸)