過去と現在をつなぐクリーン・ギターの煌きと内省の感覚
本作は2014年に再始動し2019年にはフジロックへの出演も果たしたロック・バンド、アメリカン・フットボールの主要メンバーであるマイク・キンセラによるソロ・プロジェクト、オーウェンの10枚目となるスタジオ・アルバムである。
オーウェンは、マイク・キンセラによる自伝的性格を内包したソロ・プロジェクトとして存在してきた。その歩みのうえで大きな転機となったのは『New Leaves』(2009年)である。温もりあるアコースティックな質感を保ちつつも、ストリングスやホーン、シンセサイザーの展開によってそれまで以上に洗練されたサウンド構築がなされるとともに、自身の結婚と子供の誕生という経験を経て、彼の特徴であるドライなユーモアや心の痛みに直接触れるような内省的なリリックに、優しさやある種の楽観主義的な側面を持ったロマンチシズムを伴うテーマ性が加えられていった。
上述の背景をもって、前作『The King of Whys』(2016年)で生じた最も大きな変化の一つがマイクがそれまで拠点としてきたシカゴを初めて離れ、レコーディングが行われたことである。同作はジャスティン・ヴァーノンがウィスコンシンに所有するスタジオ《April Base》にて録音され、プロデューサーとしてアメリカン・フットボールの再始動公演での共演などを通じて親交を育んできたボン・イヴェールのショーン・キャリーが参加。エンジニアにはボン・イヴェール『i, i』(2019年)やワクサハッチー『Great Thunder』(2018年)でエンジニアを務めたザック・ハンソンを迎え、前作の『L’Ami du Peuple』(2013年)で萌芽を見せていたアメリカーナ的色彩がより顕著に加えられたサウンドが展開された。
そして前作同様の布陣で録音された本作でも、その傾向は引き継がれている。前作同様の多彩で広がりのあるバンド・アンサンブルを軸としながらも、シンセサイザー・ノイズやオルゴールが曲に応じて用いられることでサウンドへのアクセントが加えられている。さらにはリード曲である「On With The Show」にみられるようなアメリカン・フットボールやオーウェン初期作品群を直接的に想起させる美麗なメロディー・ラインを持つ曲も収められており、前作からのプロダクション形態を引き継ぎつつ、自身のアイデンティティたるサウンドをも視野に入れた作品になっているといえる。さらに、リリックに目を向ければ彼自身の結婚生活の不和などを背景としたであろう、諦念や憂鬱を描いたハート・ブレイクなリリックが内包されており、自身に訪れた人生の機微を表現してきたこのソロ・プロジェクトの根底にある内省的な感覚は失われることなく、本作を聴く人のもとへと迫ってくる。
サウンド面での拡張とリリック面での一貫性が特徴となる本作において、マイクの自伝的な作品を残してきたプロジェクトのアイデンティティは失われていない。本作と過去作とを貫く、わずかに触れたただけで割れてしまう薄く、脆いガラスのような透明でイノセントなクリーン・ギターの煌きが何よりもそれを物語っている。(尾野泰幸)
関連記事
【Features】
モリッシーへのまなざし。18年目、アメリカン・フットボールの「ロック・バンド」としての再出発
http://turntokyo.com/features/features-american-football/