Review

ROSALÍA: MOTOMAMI

2022 / Columbia
Back

私たちを別の景色へ連れていく、その「速さ」と「歌」について

04 April 2022 | By Tatsuki Ichikawa

ロザリアのサード・アルバム『MOTOMAMI』は、颯爽と走るバイクのように「速い」作品である。シンガーソングライター/プロデューサーであるスペインの表現者は自らを一つの枠組みに収め、周りの目を気にしながらノロノロと進むことを拒否したらしい。いや、そもそも比喩でもなんでもなく、ジャケットを含むビジュアルの彼女はヘルメットを被っているしバイクにも乗っている。「SAOKO」のミュージックビデオには、女性版『ヘルズ・エンジェルス』のようなバイカー集団も登場する。さらに、5曲目「CHIKIN TERIYAKI」の終わりにエンジン音を鳴らし、続く6曲目「HENTAI」で官能的な表現としてバイクが登場する一連まである。「バイクに乗る」というモチーフが作品を貫く。つまり、鮮烈なこのアルバム『MOTOMAMI』は、疑いようもなくツーリングなのである。

一方で、1曲目「SAOKO」でロザリアは〈transformo〉と連呼し、自らの姿を自由自在に変身させるが、それはこのアルバムのスタイルの宣言にもなっている。『MOTOMAMI』はムードを断ち切ることにも、ジャンルや歴史をミックスすることにも容赦がない。まるで部屋の電気のスイッチを入れるかのように、あまりにも手軽に、そしてドライに、ムードやサウンドの切り替えが行われる。その数多くの展開は、聴いているこちらを目まぐるしく圧倒する。例えば、バイクに乗っている時、走行しながら変わる景色を見て、その距離と速度を実感するように、アルバムを聴き進めていくうちに次々に起こる展開は、私たちに多様な景色を流れるように見せ、そこに私たちは「速さ」を感じる。

但し、この「速さ」の中に、一本の筋を通すような生命的な繊細さが存在するのも事実だ。なぜかといえば、それは要素の多い『MOTOMAMI』をリードしているのが紛れもなくロザリアの歌声であるからだろう。ここで彼女のファースト・アルバム『Los Ángeles』(2017年)が、伝統的なフラメンコに倣いながら、彼女の哀愁と透明感あふれる「歌」に魅了されるアルバムだったことが思い出される(同作の最終曲がボニー・プリンス・ビリーのカヴァーだったことも、今となっては彼女らしさとして受け入れやすい)。

『MOTOMAMI』がリリースされて話題になったのは豪華な参加メンバーであるが(マイケル・ユゾウル、エル・グインチョ、ファレル・ウィリアムズ、ジェームス・ブレイク、影の功労者フランク・オーシャン)、表現者として己を主張し、存在感を放ちながら先導を保つ彼女の姿は当然のように無視できない。

例えば5曲目「HENTAI」はそれまでの流れの中で、最も緩やかに走行するセックスバラードである。ソングライティングにファレル・ウィリアムズが参加していることでも話題になったこの曲は、静かに始まる前半部のピアノの音色から、後半に劇的な打ち込みが用意されるサウンドの展開でドラマ性を高めるが、〈So Good〉や〈haser hentai〉を繊細と高揚を湛えて歌い上げるロザリアの歌唱表現に耳が惹かれる。アルバム全体の中で、巧妙なワードプレイを披露する彼女のラップが際立って聴こえる一方で、生身の姿を現すように、所々でこのような「歌」を配置していること。それは作品全体の緩急をつけるという以前に、意味のあることのように思える。

全体を通して彼女の声が良いのはもちろんだが、寧ろ本作では声の持つ曖昧さを大いに利用し、巧みに遊んでいるようにも見える。それは「BULERIAS」や「COMO UN G」でのオートチューンによる(意図的な)テクスチャーの定まらなさと緻密な演出にも顕著だろう。ただその一方で、ラストを、ほとんどアカペラで歌い上げる「SAKURA」で締め括ったのは重要である。名声の代償を歌った3曲目「LA FAMA」の伏線を回収するような、儚さに満ちたこの曲では、多くの要素やコンテクストを持ち、先鋭的なリズムや加工を繰り出すアルバムの中でも、全てを取っ払ったような、最も純粋な歌唱が聴こえる。ここで生身の彼女が姿を現しているのは、ポップスターとしての彼女の心の内を明かす内容だからだろうか。

変幻自在なロザリアは、「SAOKO」で、「どこにいても自分が何者か分かる」とも言っていた。彼女は最高速度の中で、どの場所に私たちを連れ出しても、「自分は自分である」ということを、その「歌」によって忘れさせない。その意味で、『MOTOMAMI』は彼女の新しい姿と本来的な姿の両方を映していると言えるだろう。自分を失わず走るロザリアの速さは、私たちを、決して一つの場所にとどまらせない。(市川タツキ)

More Reviews

1 2 3 72