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Lol Tolhurst x Budgie x Jacknife Lee: Los Angeles

2023 / Play It Again Sam
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ワクワクする心と最初の喜び

15 December 2023 | By Casanova.S

僕たちはたぶんもう過ぎ去った日をそこまで意識していない。ザ・キュアーもスージー・アンド・ザ・バンシーズも、等しく伝説のバンドで、伝説のバンドたちは永遠の時を生き続ける。YouTubeやストリーミング・サービスは時間を閉じこめ過去を一気に近くした。そこには色あせたレコードのジャケットや傷のついたプラスティックのケース、読み込まれボロボロになったライナノーツも存在せず、アートワークはずっときれいなままだ。

だから後追いで聞く人間にザ・キュアーのオリジナルメンバーであるロル・トルハーストが今いくつかなんてぱっと出てくるわけもない(意識するのはきっとライブを見るときくらいのものだろうから)。なので調べる。1959年生まれのトルハーストは2023年現在で64歳、つまりカミュの『異邦人』にインスパイアされたというザ・キュアーのデビュー曲がリリースされた時は19歳の時ということになる。そして同じ頃にスージー・アンド・ザ・バンシーズのバッジーに出会う。1957年生まれのバッジーは66歳、この45年も前に知りあった二人と、U2やブロック・パーティー、R.E.M.など数々のバンドのプロデュースを手がけてきたジャックナイフ・リーが3人でバンド組む、これでどんな音楽をやっているのか気にならないほうが嘘だろう。

《The Guardian》のインタヴューによるとジャックナイフ・リーは二人に若い頃に聞いた音楽を聞くことを勧めたのだという。T・レックスやクラフトワーク、ロキシー・ミュージックのレコード、それはコピーする為ではなく、初めて聞いた時のことを思い出すためだ。そんな思いから出発したこのスーパーバンドの音楽は最初にバンドを組んだときのような感情にあふれている。自分たちもあんな音楽をやってみたい、興味は至る所に伸びてその思いはとどまるところを知らない。その結果、アルバムに収録された曲からまとまりが少し失われたのかもしれない。でもきっとそれでも良かった。心は熱く頭は冷静に、10代の初期衝動から暴力的な部分がなくなって、格好の良い音楽を作りたいという思いが残った。

そうやってワクワク感が伝播する。上記の《The Guardian》のインタヴューでトルハーストは 「ロバート(・スミス)の家に週に3回集まってただ自分たちの中から出てくるものを演奏していた時のことを思い出したよ」と語っていたが、そうした感情はオープニング・トラックの「This Is What It Is(To Be Free)」からも伝わって来る。ゆったりとしたトライバルなドラムに、耳の残る硬くとろけたサイケデリックなシンセ、ゆがめられたセリフのサンプリング、それらが作り出す祝祭的な空間の上でボビー・ギレスピーがけだるく歌う。それはストレートにプライマル・スクリームの『Screamadelica』(1991年)を思い起こさせるもので、培われてきた音楽的嗜好や血肉となったサウンドがダイレクトに伝わってくる。自分の聞きたい音を自ら鳴らす、こんな音楽をやってみたいと試みる、それは紛うことなくバンドを始めた最初の喜びで、その気配が感じられるからこそ聞いているこちらもワクワクしてくるのだ。単なる再生産ではない原点の喜び、彼らはそこに立ち返った。

モデスト・マウスのアイザック・ブロックをフィーチャーした「We Got To Move」はノイ!を感じる推進力のあるビートと呪文を唱えるかのようなヴォーカルで引っ張るトラックで、ブライトン時代の初期のスクイッドと対バンしていたバンドだと言われても信じてしまいそうなくらいだ。U2のギタリスト、ジ・エッジと作った「Train With No Station」(こちらはクラスターの名前が頭に浮かんでくる)にしてもそうだが彼らの経歴からイメージする以上にこのアルバムはエレクトロニクスの要素が強く、70年代のドイツのバンドたちからの大きな影響が伝わってくる。もともとは3人によるインスト・アルバムの予定だったが、2020年のロックダウンの折りにLCDサウンドシステムのジェームス・マーフィーに曲を聞かせたところ、それを気に入り是非とも自分に歌わせて欲しいという申し出あったという逸話からも音楽を通しての結びつきが伝わってくるが、彼が参加したいと考えたのもこうした感性に共感したところが大きかったのではないだろうか。

あるいはこの3人のプロジェクトにバンド名がついていないのがこの活動の本質を最も表しているのかもしれない。商業的なリリースを目的としたものではなく自分たちが楽しむことが最初にきたプロジェクト、だから名前は一番最後に来る。ここにあるのは格好良い音楽を求めるという純粋な欲求だ。そしてその結果としてこんなに素晴らしい音楽が生まれるのだから。時代が変わり、時が流れても変わらぬ心、音楽の歴史はこうやって繰り返されてきたのだろう。このアルバムを聞いているとワクワクしてきてそうしてなにかを始めたくなる。(Casanova.S)

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