ビビオが語るニュー・アルバム『リボンズ』~時代・国・シーンを越えて喚起する、シネマティックなノスタルジー
ニューアルバム『リボンズ』はビビオのキャリアの中でも最も映像的と言っても過言ではない。青々とした木々、きらめく川の流れ、あるいは傾く日の柔らかな光…そんな情景がありありと目に浮かんできそうだ。フィールド・レコーディングのサンプルの瑞々しさもさることながら、特筆すべきはストリングスやマンドリンといった楽器の音色がふんだんに取り入れられていることだろう。とりわけストリングスの旋律の流れは動的で、シネマティックだ。その一方アイリッシュ・フィドルのようでもあるその旋律がマンドリンの音色と合わさる瞬間は、古いヨーロッパ民謡のような響きを伴い私たちをおとぎ話の中に誘うかのようでもある。
映像的かつ写実的な今作だが、インタビューでは自身の変わらぬ興味として、古いもの / 昔のものへの嗜好も語ってくれたビビオことスティーヴン・ウィルキンソン。彼の音楽は確かにこれまでも、(本人の意に反して)“フォークトロニカ”と呼ばれることもあるが、実際はインタビューからもうかがえるように、ロンドンのみならず、現代の音楽シーンからも遠く離れ、さらには2019年からさえも遠く離れたところで、彼はひとりただ音楽を作り続けているように感じられる。もともとは60~70年代のソウル・ミュージックの影響を強く受けている彼だが、自身の演奏に、古い音源や自分がかつて録っておいたサンプルを組み合わせていく彼の目は、眼前に広がるイギリスの郊外の風景とともに、時間を跳躍し、過ぎ去った様々な過去への憧憬をも同時に写しているのかもしれない。だからこそ今作は、きっといつ・どこの・誰にであれ、懐かしく美しく響くだろう。そんな今作『リボンズ』が持つ、シネマティックなノスタルジーを紐解くヒントを、ビビオ本人に語ってもらった。
(取材・文/井草七海 写真/Joe Giacomet)
Interview with Bibio
――ニューアルバム『リボンズ』は素晴らしく美しい作品でした。今作は特にマンドリンやストリングスをフィーチャーした民族音楽的な響きが印象的で、あなたのこれまでのキャリアとはまた違う新たなアプローチに取り組まれた作品だと感じています。
今作の制作までのこの4年間、あなたはイギリスの田舎で過ごす時間が多かったそうですね。それが今作に大きなインスピレーションを与えたのではないか、と感じましたが、具体的に、あなたはそこでどのようにして過ごしているのでしょう?
ビビオ(以下、B):ロンドンに住んでいたのが大学の4年間で、それ以外はずっとミッドランズに住んでいるんだ。ここでは、曲を書いていないときは、田舎だから自然の中のウォーキングを楽しんだり、サイクリングしたり、焚き火をしたり、友達が遊びに来て一緒にディナーを作ったり…僕の毎日はすごくシンプルなんだ(笑)。ロンドンはあまり好きじゃないんだよね。学生でいることはエンジョイしていたし、ロンドンで色々と新しい発見をしたのはとてもいい経験だったけれど、住みたい場所ではない。レストランとか美術館とか素晴らしい部分もたくさんあるけど、僕には忙しすぎるし、大きすぎる。ミッドランズの方が落ち着くんだ。
ーー実は私は、東京という大都市で生まれ、東京でしか生活をしたことがないので、たまに旅行などでほんのわずかな時間だけでも田舎に出かけて帰ってくると、自分が自分でなくなったような感覚に陥って戸惑うことが多かったりします。ただ、実際には田舎で過ごしている時間が長いというあなたの作品にも、そんな都市と田舎のコントラストや違いへの驚きなどが生かされていると思うのですが、どうでしょうか?
B:都市にいても田舎を恋しがる、というようなフィーリングがいつも僕の音楽には隠れていると思う。僕が住んでいるのは郊外だから、ものすごく田舎というわけではないけれど、やっぱり気持ちのいい散歩が出来たり、写真が撮れる場所が好きだし、そこに戻りたくなる。それが音楽からも感じられるんじゃないかな。あと、僕は、昔のものに興味があるんだ。何百年前の人々の暮らしとかね。都会だと、それが感じられないんだよ。僕にとっては、音楽は逃避なんだ。
ーーなるほど。私は今作の中では「ご覧よ、太陽を浴びてキラリと光る蝿を / そこにある全てに君を連れ戻してくれるよ」と歌われている「Watch The Flies」の歌詞に最もそのフィーリングを感じました。自然の中でこそ本当の自分自身を見つけられる、というような。
B:この曲は、どちらかと言えば禅や瞑想に影響を受けている。目を覚まして、人生の素晴らしさ、自然に気がつくというか。自分の人生を把握することについて歌っている、自分自身へのメッセージのような曲だね。他の曲に比べると内容がよりダイレクトな曲なんじゃないかな。
ーー今作は、今までのあなたのどの作品よりも風通しがよいサウンドだと感じました。楽器の音が、生き生きと呼吸しているかのように聴こえてくるような印象を持ったのですが、こうしたサウンドを作るにあたって、制作のプロセスや録音、スタジオ・ワークに変化がありましたか?
B:そんなに変わらなかったな。スタジオも機材も同じだったけど、唯一の違いは、新しい楽器を使ったこと。多分、その風通しが良い印象というのは、パーカッションを減らしたから生まれたんじゃないかな。今回のアルバムでは、ドラムやパーカッションが少なくて、もっとふわふわとしたサウンドに仕上がっているんだ。
ーー新しい楽器といえば、今回のアルバムでは、特にマンドリンやストリングス、フルートなどを効果的に使われているのに驚かされました。「Curls」などは特に、楽曲の構成もシンプルな2パートの繰り返しですし、ストリングスの使い方もアイリッシュ・フィドルのようで、ヨーロッパの民謡やおとぎ話のような趣きがあります。
これまでのあなたのキャリアにはフォーク・ミュージックの影響もいくらかあったかと思いますが、いまのあなたにとって、そうした文字通りの“フォークロア”ミュージックはどういう意味を持つのでしょうか?
B:フォークは、“アコースティック・ギターで奏でられる音楽”というイメージを持っている人が多いけれど、実際は、伝統的で、地域によって違うものだと僕は思っている。だから、僕にとってのフォークの影響は、フォーク全体ではなく、すごくピンポイントなんだ。例えばニック・ドレイク。僕は、そこまでフォークの大ファンではないから、そういった軽いフォークの方が好きなんだ。
今回は、アイルランドの伝統的音楽の作品なんかは聴いたよ。マンドリンやヴァイオリンを弾き始めたから、いいお手本になった。アイルランドのフィドル奏者、ケヴィン・バークはたくさん聴いたな。彼からは影響を受けた。ヴァイオリンはアイルランドの音楽においてカギとなる楽器だし、メロディを奏でるという点でも重要だし、僕はメロディが大好きだからね。
ーーそうですね、確かにあなたが今おっしゃったように、今作のストリングスは曲に彩りを添えるような使われ方というよりは、メロディとしての役割を多く担っているのが特徴的でした。楽曲の輪郭をスケッチするような、あるいは、主旋律と併走するようなものになっています。 それもあってか、私は今作にはクラシカルかつ映画のサウンドトラックを聴いているような印象を抱きました。今作を制作するにあたって、なにか、映画や、あるいは映像作品を意識したりしましたか?
B:ストリングスは、昔のテープ音のサンプルを使っているんだ。それがシネマティックな質感を作り出しているんじゃないかな。僕自身は、あまり映画や映像作品は意識していなかったよ。
ーーストリングスは、サンプルなんですね! 昔の映画を見ているような質感のサウンドだなと感じたのは、その影響もあるかもしれないですね。 そのサンプル音源もその一部ですが、今作はストリングスをこれまでより多く使っていますよね。今回、ストリングスを楽曲に取り入れるのにあたって難しかったこと、また気に入っているポイントなどがあれば教えてください。
B:ヴァイオリンを弾くのがとにかく難しかった(笑)。あれはチャレンジだったな。きみのいう通り、このアルバムではストリングスをより多く使っているんだけど、そうすることによって、サウンドに新たな面を加えたかったんだ。その作業自体は難しくはないんだけど、ヴァイオリンを習得するのは本当に大変で(笑)。弾き始めたのも、去年の6月だったんだ。
ーーそんな最近の話なのですね!
B:うん、それに、ヴァイオリンは弓を使うからね。でもシンプルなチューンでシンプルなメロディは弾けるようになったよ。未だに勉強中だけど、チャレンジは好きだし、挑戦してみてすごく楽しかった。 あと、今回のアルバムにはチェロのサウンドもあるんだ。バッハのチェロ組曲をよく聴いているから、それから影響を受けたチェロを取り入れているんだよ。チェロのサウンドって、なんかメランコリーだったりノスタルジックな雰囲気を持っていると思うんだよね。今回はキーボードで弾いているんだけど、最近チェロを買ったから、次の作品では自分で弾いてみたいなと思ってるよ。
"モダンでクリーンなサウンドには、ミステリーがないと思うんだよね。昔のものを使うことで、メランコリーやノスタルジックといった温かみが生まれているんだと思う"
ーー実は私は今作を聴いて、昨今のフォーク~ロックのアーティストをいくつか思い浮かべました。フォーク・ミュージックをベースに、クラシカルだったり民謡的なストリングス・アレンジを取り入れているという意味で、たとえば、ザ・ナショナルや、初期のアーケイド・ファイヤー、ダーティー・プロジェクターズなど…。いずれも北米圏出身のアーティストですが。そして、今のあなたのお話を聞きながら強く思い起こしたのは、ベイルートです。ノスタルジーとモダンさを兼ね備えていて、かつヨーロッパの民謡を意識した楽曲が、特にあなたの今回の作品に通じるものがあるように感じました。
もちろん、あなたは特定のジャンルやシーンへのこだわりからは距離を置いている存在ではあります。それを承知でお聞きしますが、今挙げたような、フォーク~ロックの文脈にいるような、ほかのバンドに共感するポイントはありますか?
B:残念ながら、僕はそのどのアーティストもあまり知らないからなんとも言えないな。ビートルズとかスコット・ウォーカーとか、ポップ・ミュージックだけどストリングスを使っているアーティストの作品は好きだよ。あとは70年代のソウル・ミュージックだね。スタジオにストリング・カルテット・オーケストラがいたりした時代のね。
ーーええ、今作にはその中でいうと特にスコット・ウォーカーの影響を強く感じました。先日惜しくも亡くなったばかりですが、改めて聴き直してみると彼のダイナミックなストリングスのアレンジの仕方は、まさにシネマティックでもあり、この『Ribbons』のストリングスのあり方とシンクロしているように思いました。
B:さっき出てきたようなモダンなアーティストに関しては、あまり知らないんだ。でも、進化しながらユニークなものを作っている人たちは沢山いるんだろうね。僕自身は、エモーショナルだけどシンプルで、それでいて力強い音楽に惹かれるな。今回のアルバムで、僕が一番パワフルだと感じるトラックは「Ode To A Nuthatch」だよ。ソロ・ギターとチェロというアレンジはすごくシンプルなんだけど、メロディがすごく力強くて、どこか他の世界へ連れていってくれるんだ。
ーーなるほど。ところで、今作の中では「Pretty Ribbons And Lovely Flowers」は異彩を放っている楽曲ですよね。ビート感の薄いアンビエント~ドローン的なサウンドの、他の楽曲とはまるで違う密室感のあるエレクトロニック・トラックになっています。この楽曲はどんなシチュエーションで作られたものでしょうか?
B:このトラックのヴォーカル・サンプルは、僕と友人が15年も前に見つけたもので、その友人のお婆ちゃんが50年代か60年代にカセットに向かって歌っているものなんだ。彼女がアカペラで歌っているものなんだけど、その声がすごく美しいと思ったんだ。彼女とテープレコーダーというシンプルな組み合わせも好きだったし、それをサンプルすることにした。そこにまた違うサンプルを乗せて、曲を作っていったんだ。シンプルだけど、実はすごくレイヤーのある曲だから、すごく濃い仕上がりになっている。
ーー“濃い”という言葉がぴったりの楽曲だと私も思います。しかもちょっと異世界に迷い込んだような感覚になるというか。以前に見つけた古いサンプルに違うサンプルを乗せていったからこそ、どこか時間や空間がねじれたような感じがするのでしょうね。
ちなみに、この曲のタイトルはアルバムのタイトルともリンクしていますが、“Ribbon”とはあなたにとってどんな意味を持つ言葉なのでしょう?
B:“Ribbon”は僕にとって色々と意味があるけど、例えばオーディオ・テープだったり、フィルムだったり、そんな感じ。色々な意味があるから、抽象的なんだ。この曲も、テープから始まったけど、最終的には抽象的なストーリーになったからね。
ーーああ、なるほど! さきほどもテープの音をサンプルしたというお話がありましたしね。一方で、今作にはフィールド・レコーディングも随所に楽曲に使っていますね。だからこそ今作からはあなたの周りの緑豊かな自然の風景をはっきりと思い浮かべられそうなくらい、非常に写実的な印象を受けました。 あなたは写真も撮られるそうですが、あなたがいま、音楽、あるいは写真を通じて切り取ろうとしているものやことについて、さらに詳しく教えてもらえますか?
B:写真を撮るときは、ただ良い写真を撮ろうとしているだけではなくて、何かフィーリングを捉えようと意識している。絵画のようにね。そのためには、僕はデジタルよりもフィルムを使う。デジタルカメラも持っているし使うこともあるけど、デジタルはどちらかというと事実を伝える感じだと思うんだ。フィルムはもっとドリーミーな感じがする。色が実際とちょっと違ったり、ちょっと絵みたいな雰囲気を持っていると思うんだよね。
ーーただ被写体を撮るというのではなくて、フィーリングを捉えようとするというのは、音楽を作るのにも似ているということでしょうか。
B:そうだね、だから音楽は僕にとって、フォトグラフィや映像のようなものだ。僕が作った音楽のほとんどは、頭の中に風景のイメージがあった状態で作られた。だから、僕にとっては音楽を作ったり聴いているときは、映画を見ているような感覚なんだ。音楽と写真は僕の中でつながっているんだよ。
ーーええ、さきほど、今作の制作には特定の映画は想定していなかったとおっしゃっていましたが、そうやって風景をイメージして楽曲を作られるので、やはりシネマティックな印象になるのだと改めて思います。
一方で、今までのあなたの楽曲と同様、古いレコードをかけたような、あるいはテープを通して聴いたような温かみのあるフィルターのかかったサウンドを聴くことができ、そんなサウンドからは、失われゆくもの、あるいは失われたものへのノスタルジーやメランコリーを感じ取れます。
そうした感覚は、今までのあなたの作品にもあったものだとは思いますが、今作を制作した現在のあなたにとって、それらに対して向き合うアティチュードに新たに変化はありましたか?
B:変化はあまりないと思う。テクノロジーは進化するけど、僕はアナログ時代のものに興味があるし、テープのサウンドが大好き。アナログのサウンドには、これらを使って、彼らがどうやってあのサウンドを作り上げたんだろうというミステリーがある。モダンでクリーンなサウンドには、そのミステリーがないと思うんだよね。昔のものを使うことで、メランコリーやノスタルジックといった温かみが生まれているんだと思う。音楽自体はモダンかもしれないけど、質感が懐かしい感じがするんだ。そんなサウンドを作り出そうとする意識は変わらないよ。
僕の音楽のリスナーは、世代も違えば国籍も違う。そういったサウンドは、共通して全ての人に何かを感じさせるし、実際に“気持ちが楽になった”とか、そういう意見を皆が言ってくれている。嬉しいことだよね。
■Bibio Official Site
http://bibio.co/
■ビートインク内アーティスト情報
https://www.beatink.com/artists/detail.php?artist_id=113
Text By Nami Igusa