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「音楽的発見は時が経つにつれてアーティストとしてのDNAに常に刻み込まれていく」
マンチェスターの現在を支える重要人物・レイニー・ミラーに訊く

19 February 2024 | By hiwatt

イギリスで最もボヘミアン(型にハマらず自由)な街はどこだかご存知だろうか。それはマンチェスターだと言われており、20年前の《The Guardian》の記事ではあるが、その理由として性的マイノリティの流入数と寛容さ、英国一の特許出願数、民族の多様性が挙げられている。古いデータだが非常に重要で、80年代のアシッド・ハウスや《The Haçienda》などによるクラブ・シーンの勃興以来、その風土を形成したとされており、現在も継承、あるいは発展している。現在のマンチェスター・シーンは《The Warehouse Project》が象徴的に君臨し、新種のドラッグが流通というニュースがあった時には、発生源は大抵ここだ。斜め向かいの存在として、《Soup》や《The White Hotel》のような前衛的なヴェニューがあり、アンダーグラウンドの雄たちが熱狂の夜を作っている。中でも、《Mutualism》はイギリスでも最高のクラブナイトを作るコレクティヴであり、BFTT、Clemency、Iceboy Violetを中心に、ayaやJenniffer Waltonといったクイアのアンダーグラウンドの精鋭たちが、シーンの一側面を担っている。

そうした個人を解放するクラブ・シーンとも強く結束しつつ、マンチェスターという街を表現する一派もいる。その代表格が、昨2023年11月16日にコラボ・アルバム『A Grisaille Wedding』をリリースしたレイニー・ミラーとスペース・アフリカの2組だ。彼らは《THE FACE》の特集企画「Sound of England」に、George RileyやJohn Glacierといった《PLZ Make It Ruins》人脈のネクスト・スターに並び、マンチェスター代表というような格好で選出されている。

今回、彼らにいくつかメール・インタヴューができたので、その内容も絡めながら私個人が『A Grisaille Wedding』からテーマとして受け取った、彼らの「世代観」とマンチェスターという街の「土地性」、そして「市井の人の目線」に焦点を当てていく。

マンチェスターは、日本で言うところの大阪に似たイングランドの第二都市であり、先に挙げたアーティストもリーズやシェフィールド、レスターなど近辺の街からの移住者が多いが、レイニー・ミラー(本名ジャック・ボウズ)も例に漏れずマンチェスターから北西に45キロほど離れたプレストンの出身。

現在28歳の彼は、21歳の時にマンチェスターに移り住んでオーディオ・エンジニアリングを学び、自身で《Fixed Abode》というレーベルを立ち上げる。同レーベルから、2019年にリリースされたファースト・アルバム『Limbs』から既に、彼の武器となるエモ・ラップ文脈のポップ・センスとオートチューン、グリッチサウンドが披露されたが、キャッチーさが比較的前傾化していた。ただ、そんな中でも3曲目の「Sun Soleil」で冨田勲による「月の光」をサンプリングしていたりと、リファレンスにハードコアな趣味があることを感じさせた。

翌年からは同郷のラッパー、ブラックヘインと緊密なタッグを組み、プロデューサーとして頭角を現し始め、3枚の強力なEPをプロデュースする。そして2022年、セカンド・アルバム『Desquamation (Fire, Burn. Nobody)』をリリース。このアルバムではポップネスを抑制し、ワンオートリックス・ポイント・ネバーのディスフォリックなムードや、オウテカのハードコアなグリッチサウンドが背景にちらつくサウンドになり、彼のシグネチャーの完成型を見せた。

ミラーとスペース・アフリカの原体験には、LimeWire(P2Pソフト)でダウンロードしたグライム・ミュージックがあるという。私自身もLimeWireから多くを得た人間であるが、あの手のP2Pソフトで入手した聴くに耐えないほどにノイズまみれの低音質MP3はノスタルジーの対象となり、Z世代(前半)の記号的なサウンドとして見直す動きがある。私が彼らに強い親近感を感じるのは、地球の裏側で育ちながら、思春期を同じイリーガルなカルチャーで形成されたある種の帰属意識から来るもので、彼らに仮託するものがあるからだと思う。

そのサウンドを操る代表格として、VegynやJPEGMAFIAが真っ先に挙げられるが、彼らはよりゴシック且つ、よりアナログなデザインで表現している印象を受けた。ミラーに、自身のサウンドにおけるLimeWire文化からの影響について訊くと、このような答えがあった。

「それはどうだろう、意図的ではないかな。けど、自分という存在は経験の集大成に過ぎないと思う。だから、音楽的発見は時が経つにつれて、アーティストとしてのDNAに常に刻み込まれていくんだと思う。俺たちがテクニカルで洗練された超クリアなサウンドの音楽から距離を取るのは、気質からくるものだと思う。俺たちはより荒涼とした領域で起こる音楽を楽しんでいるしね。抽象的なアートにこそ美しさがあると思うし、アマチュアリズムにしかない美しさがある」

彼らは街自体を切り取るために、今作ではいくつかマンチェスターの街中でフィールド・レコーディングした音源を用いており、ストリングスの音源を求めて、マンチェスター市の中心にあるピカデリー・ガーデンという公園でのストリート・ライヴを録音したという。マンチェスターでは、あらゆる場所であらゆるジャンルの音楽が混ざり合っており、このような土地性はサウス・マンチェスターで生まれ育ったスペース・アフリカの2人のソウルに刻まれたものである。スペース・アフリカはジャマイカにルーツを持つジョシュア・タレル・リードと、ナイジェリアにルーツを持つジョシュア・イニャンという同じ名前を持つ2人からなるユニット。8歳からの幼馴染で、LimeWireでダウンロードした曲をシェアすることで音楽的繋がりを強め、グライムやUKベースに没頭するうちにクラブ遊びを覚え、サイファーで絆を深めた。マンチェスターの多様なクラブナイト、そんな中でも、オールダム・ストリートのクラブをハシゴする間に漏れ聞こえるハウス、ジャングル、ドラムンベース、ダブステップ、R&Bなどが混ざり合い、天然のリバーブも相まって、スペース・アフリカのダブ・テクノ・サウンドの方程式が完成した。筋金入りのナイトクラバーである彼らは、逆にシェフィールドやリーズのクラブに遠征することもあったといい、北イングランドのアンダーグラウンド・シーンが、広域連合的構造であることを認識させられた。

古今東西のブートレグ音源のコンピレーションで定評のあるレーベル《Death Is Not The End》から、80年代後半から90年代半ばまでのサウスマンチェスター、特にモスサイドという地域のサウンド・システム・カルチャー(*1)をコンパイルした『All Bad Boy & All Good Girl – Manchester Street Soul Soundtapes, 1988-1996』が今年初めにリリースされた。マンチェスターが誇るオンライン・レコード・ストア《Boomkat》のディストリビューターでもあったリードは、同ストアでこの作品にコメントを寄せており、幼少期にBroadwayというサウンド・システム・クルーのテープが家で流れていたことを回顧し、サイレンやベース、クラッシュ、シャウトなどのサウンド・システムのカオティックなマテリアルが、今日のスペース・アフリカを形成していると語っている。彼らに、今作からモスサイドのサウンド・システム・カルチャーへの愛を感じると伝えたところ、「それはとても素晴らしい繋がりだし、その通りだよ。俺たちの生い立ちだからね。実は最近モスサイドに戻ったんだ。無意識のうちに、そして意識的に、まさにそのインスピレーションと過去を求めてね。」と明かしてくれた。生前、ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスは、モスサイドに居を構えることを考えていたという。それは、彼がマンチェスター・シティFCのファンで、当時の本拠地であるメイン・ロードがモスサイドにあったことが理由なのだが、彼がその環境に身を置いた時に、カリブ音楽に影響受けたものを作ったのか、もし今も健在だったなら『A Grisaille Wedding』をどのように聴いたのか、思いを馳せてしまった。


(*1)
このようなサウス・マンチェスターのサウンド・システム・カルチャーは、黒人居住者の割合がイングランドでも特に多いモスサイドで盛んであった。かつてモスサイドに本拠地を構えていたマンチェスター・シティFCのコラムにて、当時の様子が記されている。
https://www.mancity.com/features/moss-side-black-history-month/


ミラーにも今作に影響を与えたものを訊いた。

「カニエ・ウエストのキュレーションを活用してコネクションができたし、俺たちが個別に、または共にヨーロッパをツアーをして、行く先々で出会った人々との交流が大きい。そんな中でも、コビー・セイやミカ・レーヴィなんかは、直接的にこのレコードに影響を与えてくれた」

ブラックヘインが、カニエ・ウエストの『Donda 2』のリスニング・イヴェントで振り付けを担当したように、彼らもカニエ・ウエストの観測範囲にいるようだ。また、ブラックヘインの「Prayer」にブラッド・オレンジを招いたりと、ミラーの外交力も現代のミュージシャンとして優れた能力だ。

「ジョン・クーパー・クラーク(ミラーが拠点とするサルフォード出身のパンク詩人)は、俺にとって文章を書くことの影響だけではなく、彼のキッチン・シンク・リアリズムが、このレコードにおいてどのようなヴィジュアルを呼び起こさせるかを考させられた」

近年のクラークと言えば、「I Wanna Be Yours」という代表作がアークティック・モンキーズのアレックス・ターナーにも大きな影響を与え、バンドの代表曲の一つとなった同名楽曲の詩を共作したことで知られ、北イングランドの労働階級を代弁し続ける記号的存在として、今作にも影響を与えている。

「3人で一緒に聴いていたヒップホップやトラップのレコードもたくさんあった。C.C.C.C.やGenocide Organなどのパワー・エレクトロニクスやノイズを抽象化し、「Let it Die」などに還元した。あとはもちろんブリアルだったり、影響は多岐にわたるよ」

ミラーは、一番の影響を出会った人々だと語ったが、アルバムへの選出にどのような意図があったのか。また、両者共に親密なコラボレーターであるブラックヘインが参加していない理由も訊いた。

「コラボレーターの選択に関しては、ただただ自然なもので、レコードの制作が進むにつれて、特定の曲で特定の文脈を埋める必要がある時に、必要なアーティストが明確になっていった。幸いにも、俺たちは本当に素晴らしいアーティストたちに囲まれ、接する機会に恵まれている。俺とスペース・アフリカのやつらは、音楽の美学に対する目と耳がとても似ているから、選択を間違うことはなかった。ブラックヘインに関しては、彼は今かなり忙しいんだ。それが唯一の理由だよ。俺たちは兄弟同然だし、彼と一緒に音楽や芸術を作ることは常に楽しいけど、お互いの創作の旅が発展するにつれて、本質的に時間を作るのが難しくなる」

彼らのブラザーフッドを訊くことができず残念だが、ブラックヘインは個人の活動に加え、プレイボーイ・カーティのツアーにパフォーマーとして参加しているし、今年の最重要トピックであるプレイボーイ・カーティの「I AM MUSIC」にも参加しているが、これに伴って彼らのシーンも飛躍することを期待したいところだ。

ここから楽曲単位で言及していくが、その前に、ミラーにこのレコードの制作プロセスについて、コラボレートする上での互いに果たした役割を訊いた。

「俺たちはこの作品全体を通して首尾一貫して共に製作した。まずは、お互いにマテリアルのスケッチを送って、フックのあるものを探していった。それからスタジオで会い、プロダクションを十分に練り上げ、レコーディングに誰を参加させるかなどを話し合った。最初から最後までイーブンな関係性で作り上げたよ」

自身を「典型的なプレストニアンの皮肉屋」と称するミラー。対して、生まれながらのマンチェスターっ子であるスペース・アフリカの2人。この隣接した街で生まれ育った2組だからこそ、内と外の視点を共有し、明晰な解像度で表現ができたのだ。

そうした中で、オープナーとなる「Summon the Spirit / Demon」は、カオティックなダーク・アンビエントが唸る中で幕を開け、オランダを拠点とする謎多きデュオ、Voice ActorのNoa Kurzweilによる仄暗いナレーションが彼らの世界へと導く。そしてミラーが口を開き、物語はドライブしていく。

続く「Maybe It’s Time to Lay Down the Arms」は、アルバムからのリード・シングルとしてリリースされた。昨今のトリップホップの再興に呼応した楽曲に、ミカ・レーヴィを招聘したのは、Micachu & The Shapes時代の音楽を鑑みると非常に適切な選択であるし、トラップ以降のビートでその文脈を更新している。

「00-Down/Murmansk, 12」により、エモ・ラップにあったゴス要素と、ウィッチ・ハウスのダークネスが化学反応を起こした結果が、この作品の特異性であることに気付かされる。そして、そのヴァイブスを保ったまま「Sweet (I’m Free)」に雪崩れ込む。この曲は、マンチェスターの新鋭、RenzNiroが口火を切り、Iceboy Violetが軽やか且つエモーショナルなフロウでブーストさせる。トラックのレイヤーとしてはシンプルな構造なのだが、先述のようなデジタルなノイズと、アナログなノイズを折衷した、他では聴いたことのないようなフィルターがカオスを生み出す。先頃、RenzNiroがリリースしたアルバムで、数曲をミラーとスペース・アフリカがプロデュースしたり、Iceboy Violetの最新作を《Fixed Abode》からリリースしたりと、より緊密になった彼らのシーンをより強固にさせる、記念碑的な1曲だ。

「HDIF」では、アディショナル・ヴォーカルとしてbobbieorkidが起用されているが、彼女はYouTubeに数曲を投稿している謎めいたアーティストで、その作風からInga CopelandやJoanne Robertsonのような無記名性を感じる。アブストラクトなビートとクラシカルなトラックに乗せて、そんな彼女とミラーがオートチューン・ヴォイスでデュエットするこの曲には、奇妙な魅力がある。

ビートが止み、荘厳なムードに一変し、コビー・セイの祈りにも似たコーラスから始まる「The Graves at Charleroi」。More Eazeによるスチール・ギターなどのストリングスや、前述のフィールド・レコーディングで収集した街の音が楽曲を彩る。「私たちにはいくつかの層がある/石で出来ているわけじゃない/外から見ればそう見えるかもしれないが」と切り出す、特別強くはない、普通の人間の切実な独白のように綴られるセイのリリック。この曲のミュージック・ビデオも、マンチェスターの人々のホームビデオをコラージュしたもので、彼らの日々の営みと特別な日、新たな命と終える命を対象的に映している。《Document》のインタヴューにて「これまでの作品には、環境、土地性、陰鬱な感情が染み込んでいるが、レコードでそれを表現することが困難な状況を乗り越える方法だった。けど、今作のインスピレーションは光の場所から来ている。俺たちは以前よりもはるかに良い状況にある。ただ、光の方を向いているというだけで、俺たちがいる場所は変わらない。光に目を向けることは、野望に向かって手を伸ばすことだ。今作はその点で本当に良い助けになった」と語った。光を向いて日々を生きる市井の人々を肯定する、今作を象徴する楽曲だ。

私が個人的に最も心を揺さぶられ、涙を誘われた曲が「Let It Die」だ。先述のようにC.C.C.C.やGenocide Organのようなノイズ音楽から影響を受けた楽曲であるが、ミラーが「2023年で最高の居眠りソング」と自称するように、そのノイズは母親のお腹の中で聴いていたホワイトノイズのように心地いい。そして、なんと言ってもミラーのエモーショナルな絶唱だ。私がこの曲にいたく感動したことをミラーに伝えた上で、この曲のバックボーンと歌詞についても訊いてみた。

「この曲は俺にとってとても大切な曲だ。歌唱と同じようにプロダクション自体も陰鬱で、一つの塊がバラバラになって飛び散ったり、水ぶくれのようなものへと変化している。基本的に、自分が経験した感情的なエピソードのメタファーであり、人生との関連性をテーマにして作った。ただ、レコードが完成して、この曲は人生の別の部分にリンクするものにもなった。このレコード全体を通して歌詞はとても重要なんだ。けど、君に歌詞を越えて伝わったことは嬉しい。言葉の文脈を抜きにして、音楽の言語そのものだけで完璧に描かれているということだから」

そして「I Believe in God, When Things Are Going My Way」をもって、このレコードはクライマックスを迎える。この曲には、フランク・オーシャンの今年のコーチェラでのステージにて、DJセットを披露したCrystalmessと、《Fixed Abode》のアート・ディレクターを務めるAlex Currieが、アディショナル・プロデューサーとして参加している。ヴァンゲリスの流れにあるOPN以降のシンセサウンドの中、2組ともに近い関係にあるアーティストのRichie Culverが、重厚な語り口で物語を締めにかかる。そして、ノイズ混じりのピアノとbobbieorkidの歌だけの短いアウトロで、今作は静かに幕を下ろす。

私がミラーへの大きな信頼を感じた言葉がある。

「普通の人間でかまわない。出自が世界の掃き溜めのような場所でなくても、最も過酷な人種でなくても、言いたいことは言ったっていい」

彼が《Bandcamp》でフィーチャーされた際のインタヴューで語った一節だが、彼の真に公平なパーソナリティからくる発言だと分かる。また、ある側面ではその人物像がイアン・カーティスと被って見える。労働階級の出身ではあるが、白人で公務員という他人から見れば所謂「普通の人間」であったカーティスだが、内に秘めたものは他人には計り知れないものであった。マンチェスターの曇り空のようなトーンのゴシックなアートワークや、その内容から、『A Grisaille Wedding』はジョイ・ディビジョンの『Closer』に近いものを感じる。そして、ミラーにこのレコードは現代の『Closer』だと伝えた。すると、「GOD! それは本当に本当に光栄なことだ! その半分くらいでもいい作品になれば誇らしいよ」と、謙遜していた。(hiwatt)



   

Text By hiwatt

Photo By Frankie Casilla


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