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【From My Bookshelf】
Vol.10
『音楽とファッション 6つの現代的視点』
青野 賢一(著)
着ることの容易さ、“シャレ”と“マジ”

21 September 2023 | By Shoya Takahashi

《BEAMS RECORDS》の元ディレクターで文筆家、青野賢一による著書『音楽とファッション 6つの現代的な視点』は、音楽、ファッションの分野に視座を持つ筆者が2013年〜2021年の間に多くの媒体に寄稿したエッセイや論考に加えて、書籍の半数近くを占める新規書き下ろしテキストを盛り込んだ書籍である。執筆時期にも幅があるが、取り上げられているミュージシャンもまた幅広い。マイルス・デイヴィス、ジョニ・ミッチェル、ポール・ウェラー、ビョーク、ジョン・バティステなどなど、時代もジャンルもバラバラ。だがジェンダー、“反”(アンチ)カルチャー、文化盗用、レイシズム、美術とスポーツとテクノロジー、ファッションと“悪”、といったテーマに沿った章立てと構成によって、それぞれのテキストはゆるく繋がりあい一貫性がある。

音楽とファッションの結びつきの興味深さについては、今さら指摘する必要もないかもしれない。近年ではたとえば、ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャンのようなブラック・アーティストによる、オアシスやマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのようなロックの大ネタTシャツの着用。歴史や文脈を無視したかに見える選択は、時にそれゆえのクールさを伴う。一方、ラッパーの霊臨は音楽とファッションを含むアートの軽薄な浪費をたびたびリリックのテーマにしており、「アートかっこいいじゃん」(2020年)のような露悪性とユーモアを併せ持ったセンスは、ふざけながらも鋭い批評として機能するものだ。これらのトピックもあり私は音楽やファッションをめぐる史観の変質や文脈の踰越に興味を持っていたが、『音楽とファッション』はそうしたカジュアル/軽薄な受容や消費を、批判するものでも推奨するものでもない。本書で貫かれている論風からは、ファッションは服、ヘアスタイル、アイテムやメイクまで、それぞれの出自やルーツを表明することができるものであると同時に、思想や主義を容易に“着る”ことを許容するものでもある、と筆者が捉えているのが伺える。

そんな中で私にとって印象的だった項は、「キリスト教信仰のパロディとしてのブラック・メタル──映画『ロード・オブ・カオス』」である。ノルウェーのブラック・メタル・バンド、メイヘムの中心人物であるユーロニムスが引き起こしたインナーサークルの隆盛と、それによって巻き込まれた複数の事件、彼自身の殺害までの顛末を描いた映画『ロード・オブ・カオス』(2018年)が項の主役。メイヘムといえばブラック・メタルにおけるコープス・ペイント(死化粧)を一般的なものにし、上記の事件とともに《Kerrang!》誌に取り上げられたことによって、ブラック・メタルをノルウェーのローカルなシーンから全世界へ、その独自の思想とファッションとともに知らしめた立役者である。

この項で筆者は、ブラック・メタルの信条である悪魔崇拝の背景と構造をまじえながら、信仰とファッションにおける“シャレ”と“マジ”の関係について指摘している。ユーロニムスにとって悪魔崇拝とはブラック・メタル・バンドとして成功するための飾りでしかなかったわけだが、本気の悪魔崇拝者、ヴァーグという人物の介入によって、ブラック・メタル・インナーサークルは教会放火などを繰り返す「ファイト・クラブ」ばりの犯罪集団になってしまう。だが悪魔崇拝とはキリスト教信仰のパロディという背景を持っており、教会を焼き払うという行為自体が、“反”キリスト教としての悪魔崇拝の動機を失わせてしまうという矛盾がある。悪魔崇拝がそもそもシャレの要素を多分に含んでおりユーロニムスらもそのつもりで演じていたが、その本質を見抜けないマジな人にとっては「どこか悲しげな、道化じみた、いかがわしい気配」を感じとることができないのだと筆者は指摘する。そのどこかハリボテの思想というか、空虚さこそがブラック・メタルのヴィジュアルやパフォーマンス面における魅力の一つなのかもしれないと思った。

余談だが、ヴァーグは自身のブラック・メタル・プロジェクトのバーズム名義で、収監中に安価なシンセサイザーを用いてアンビエント作品を録音している。それらの作品はインターネット上で近年人気を高めるジャンル「ダンジョン・シンセ(dungeon synth)」の先駆けとしても評価されている。

筆者はここでツッパリ・カルチャーのパロディとして台頭した横浜銀蠅も話題に挙げている。ツッパリ・カルチャーを模倣した彼らのファッションや振る舞いが、ツッパリ当事者にもそれ以外の層にも支持されたという事実は、シャレとマジの混流や履き違えのよりポジティヴな例として語ることができる。横浜銀蠅のユーモアは、彼らが本物のツッパリだと思っている人が少なからずいることによって機能するものでもある。彼らのファッションは当時のツッパリ当事者に再帰的に模倣されたそうだが、そうした参照の反転が音楽や映画に比べて起こりやすいのは、“着る”ことの容易さや手軽さによるものである。『ロード・オブ・カオス』はファッションの着脱可能な呪いという側面を強調したが、ここでの横浜銀蠅の例は認識不足による軽薄なファッション受容も時に面白い効果を生み出すことを証明している。(髙橋翔哉)

Text By Shoya Takahashi


『音楽とファッション 6つの現代的視点』

著者 : 青野 賢一
出版社 : リットーミュージック
発売日 : 2022年7月23日
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