Back

“Follow Your Arrow”~あなた自身の矢を追いかけるだけ 軽やかにクロスオーバーする新時代のカントリー・スターについて

27 July 2018 | By Daichi Yamamoto

ケイシー・マスグレイヴスというアーティストの特性を最も表す曲を挙げるなら、デビュー・アルバムの『Same Trailer Different Park』に収められ、2013年のBillboard誌の「年間ベスト・ソング」リストで2位に選出、翌年のカントリー・ミュージック・アワードでも「ソング・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた「Follow Your Arrow」だろう。

まず何より印象的だったのは、60年代や70年代のクラシックなカントリー・ミュージックを思わせる、電子楽器に頼らないオーガニックな質感のサウンドだ。それは現代のカントリーの主流であるサブ・ジャンル「ブロ・カントリー」の、ハード・ロックやEDMにインスパイアされた大袈裟なプロダクションのそれとは異なっていたし、素直に自らにとっての重要な先達(ロレッタ・リンやウィリー・ネルソン、グレン・キャンベルのような)への敬意を形にしたケイシーのスタイルは、”バック・トゥ・ベーシック”でありながら、むしろどのカントリーのヒット・ソングよりも馴染みやすくて、懐かしさと共に新鮮さすら感じさせた。そして筆者が更に惹きつけられたのはこの曲の歌詞である。

Kiss lots of boys / Or kiss lots of girls
たくさんの男の子にキスするか / たくさんの女の子にキスするの
If that’s something you’re into
それがあなたの夢中になれることなら

カントリー・ミュージックの特質を少しでも理解している人なら、この歌詞を読んで「急進的」という言葉が頭に浮かぶはずだ。このパートがLGBTQへの賛同を表明していることは自明だし、この後には「Roll up joint」(マリファナでも巻いて)なんてフレーズまである。「保守」というよりも「リベラル」的な価値観を体現しているといえるこの曲は、同性婚が遂に合法化(2015年)され、アメリカで最大の人口を誇るカリフォルニア州で大麻解禁の住民投票が成立(2016年)、といった動きを先取りしたような象徴的な曲であった。実際にデビュー・アルバムを発表して以降のケイシーは、カントリー系のメディア以上に、<Rolling Stone>、<SPIN>などインディ・ロック系の批評メディアでの評価を高め、文字通りテイラー・スイフト以来の最もクロスオーバー的成功を収めたカントリー・シンガーとなるのだ。元々持っていたカントリーというジャンルへの先入観など忘れさせてくれる自由で柔軟な彼女の歌には、筆者もどんどん引き込まれていった。

だが一方でこうしてリベラル的価値観を代弁してしまうアーティストが同時にカントリー・ミュージシャンであることが簡単で無いことも想像に難くない。何故なら洗練された”都会らしさ”と、農村の土着的文化と結びつけられた”田舎らしさ”の二足の草鞋を履くことは、その両方からの期待を背負うことになるからだ。例えば、前者からはビヨンセやジャネール・モネエのようにポリティカルで、かつ壮大な理想主義を提示することが求められるかもしれないし、一方で今の時代こそ、先の大統領選挙までメインストリームではスポットの当たらなかった”小さな田舎の人びと”に寄り添うことも大事かもしれない。「ポップ・スター」に姿を変えてしまったとはいえテイラー・スイフトが過剰にセルフ ・ブランディングに気を遣うことだって、そうした重荷とは無関係では無いはずだ。それでも、ケイシーが今年発表したアルバム『Golden Hour』は、そのどちらかの側につくことを選びもしなければ、周囲からのプレッシャーも全く感じさせない、軽やかでいて感動的なアルバムになっていた。

まず一聴して驚かされるのは、「Butterflies」や「Velvet Elvis」などカントリーらしいサウンドやキャラクターを生かした曲がある一方で、ディスコ調の「High Horse」やヴォコーダーを採用することでサイケデリック・ロックとも蜜月した「Oh What a World」など実験的なサウンドにも果敢に挑戦していることだ。そこには創作活動における彼女の強い野心が感じられるし、実際に批評メディアでもこうしたサウンド・デザインは前向きに評価されていた(各批評メディアのレビューを集計した平均はなんと89点だ)。

だがそれ以上に惹かれてしまったのはやはり歌詞であった。「私たちの周りの全ての魔法 / 信じられない/ そしてそこにはキミが」(「Oh What a World」)、「あなたの頭上にはいつだって虹が架かっている」(「Rainbow」)など、『Golden Hour』には、ケイシーが素直に感じた愛や、普段なら当然のように感じられる日常風景の美しさなどがテーマになっている曲が多い。加えて「愛」の持つ本質的な強さを歌った「Love is a Wild Thing」はこんな感じだ。

Running like a river trying to find the ocean / Flowers in the concrete
Climbing over fences, blooming in the shadows
海を探そうとする川のように/コンクリートの花のように
フェンスをよじ登って / 陰の中でも咲いて

「愛は力強い」なんて「必ず最後に愛は勝つ」くらいシンプルで普遍的なメッセージなのに、彼女の表現はとにかく詩的でドラマティックだから特別だ。そして筆者は思う。こんな風に肩の力が抜けた軽やかさがあるのに、”普通”の中にある感動を伝えることを通してカントリーという歌が普段届かない人にもアクセスしてしまう力強さ、それこそが彼女の魅力ではないだろうか、と。何よりオープニングの「Slow Burn」の「私は”Slow Burn”でいいの / ゆっくり自分の時間をかけて 世界を変えていくの」というラインは、周囲からのプレッシャーなどひらりと躱し、自分のペースで進んでいくことの宣言になっている。高い壁を無理に登らなくてもいい。誰かを鼓舞するようなパワーもなくていい。彼女が追求するのは、まさに「Follow Your Arrow」=「それがあなたの夢中になれることなら その矢の射す方を追いかけるだけ」という自由で解放的な気持ちと共に、グッド・メロディを歌うことなのだ。カントリー・ミュージックのルールブックも、誰かが勝手に作った期待も気にしない。どこかのコミュニティを無理に代弁しようともしない。その代わりいまのケイシーの作品の中心にあるのは、パーソナル、つまり彼女自身の素直な感動表現だ。だからこそ、筆者は彼女の歌を信頼したくもなる。

きっとフジロックでもあなたは目撃するだろう。折からのケイシー・ファンも、初めてカントリーを体験する人も、彼女の等身大の歌詞に共感するティーンエイジャーも、ケンドリック・ラマーを目当てにしたヒップホップ好きも、全ての人々が彼女の歌が生むレインボーに包まれるシーンを。(山本大地)

■amazon商品ページはこちら

■ケイシー・マスグレイヴス OFFICIAL SITE
http://www.kaceymusgraves.com

■UNIVERSAL MUSIC JAPAN内アーティスト情報
https://www.universal-music.co.jp/kacey-musgraves/

Text By Daichi Yamamoto

1 2 3 62