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ビヨンセ
『COWBOY CARTER』
クロス・レヴュー

ビヨンセが広げるポップ・ミュージックの可能性

白人カントリー・バンドの元祖と言われることも多いカーター・ファミリーが1927年に初めての録音楽曲「Bury Me Under The Weeping Willow Tree」を発表してから、今日まで約100年の間、黒人が生み出した文化は盗用され、彼らの功績や存在は軽視されてきた。そして、ビヨンセも例外ではない。ジョージ・ブッシュを批判したことをきっかけに、カントリー・ミュージックの世界から排除されていた女性カントリー・バンド=ザ・チックス(旧ディキシー・チックス)を引き連れて、2016年にビヨンセは「Daddy Lessons」をカントリー音楽の祭典=CMAアワードで披露したが、黒人という理由で彼女は批判を浴びることとなる。

その出来事をきっかけにビヨンセはカントリーの音楽史を再訪問し、5年という年月をかけて完成させたのが、奴隷制時代に差別的な意味で使われたカウボーイというワードと、自身の婚姻後のラスト・ネームを合わせたタイトル『COWBOY CARTER』だ。約80分の作品でテキサス出身のアーティストは、彼女を縛り付ける既存のルールに抵抗し、彼女の先祖の歴史を巡る旅に私たちを連れ出す。

「私に耐えられる?/今こそ逆境に立ち向かう時/私がこれのためにどれだけ必死に戦わなければいけなかったか、彼らは知らない」。アルバムの1曲目「AMERIICAN REQUIEM」でビヨンセはこう語りかけ、さらに建国の父が犯した罪(奴隷制や先住民迫害)を洗浄すると言う。権力側に向けて挑みをかける宣告とも言えるだろう。そして、「この家は血と骨で建てられた/そして崩れ落ちた/彼らが作った像は美しかったけれど、それは嘘でできた石だった」と歌う最終曲「AMEN」は一周して「AMERIICAN REQUIEM」に着地するのだ。

ビヨンセはただカントリー・ミュージックを系譜するだけではなく、フォーク、ゴスペル、ロック、オペラ、ラップ、R&Bのテイストを加えて、新旧問わず様々なゲストの力を借りながら、唯一無二の「ビヨンセの音楽」として昇華している。黒人カントリー・シンガーの先駆者であるリンダ・マーテルとヴァージニア出身のシャブージーを迎えた「SPAGHETTII」ではトラップをベースにしたトラックでラップを披露し、今回3曲で登場するドリー・パートンは、なんとも豪華に本人のナレーション・インタールードを提供してビヨンセに自身の楽曲「JOLENE」をアシストする。

また、ポール・マッカートニーがリトルロック高校事件の影響を受けて当時の黒人女性たちへ向けて書き下ろした「Blackbird」を、タナー・アデル、ブリトニー・スペンサー、ティエラ・ケネディー、レイナ・ロバーツの4名の若き黒人カントリー・シンガーと共にカヴァーし、作詞者のメッセージを体現している。さらにビヨンセは、ジム・クロウ法による人種隔離の時代から60年代までの間に、レイ・チャールズやティナ・ターナー等の伝説的な黒人アーティストが演奏した黒人のためのツアー・ヴェニュー=チトリン・サーキットを「YA YA」でリファレンスし、「正義(青)や無実(白)にはたくさんの血(赤)が犠牲にある(黒人が圧迫や差別から解放されるために多くの犠牲が伴ったという意味)」とアメリカン・フラッグの真の意味を吐き出す。これらのパイオニア達がこの世を去った今、私たちはビヨンセ・ノウルズ・カーターという1人のアーティストが歴史に名を刻む瞬間を目撃しているのだ。

そして夕日が落ちて行くように、終盤に向けてアルバムはトーンダウンしていく。今作でビヨンセのシルキーな歌声が最も美しく聞こえるのは、「ALLIIGATOR TEARS」や「JUST FOR FUN」のようなアコースティック・ギターで仕上げられた楽曲や、ブルーグラス・ギターを使用した「RIIVERDANCE」だ。そして、神への愛(今作では信仰的なリリックも多く見られる)とライフ・パートナーのジェイ・Zへの愛を歌った「II HANDS II HEAVEN」は、今作でビヨンセが最も脆弱になる瞬間でもあり、私たちを夢心地な世界へ誘う一曲だ。

前作のダンス・アルバム『RENAISSANCE』(2022年)を含めたこの3部作で、黒人音楽を復興させるという目的を持つビヨンセは、ルイジアナ・クレオールの血を受け継ぐ誇り高いテキサンとして、カントリー・ミュージックを再構築している。しかし彼女は決して、黒人の存在を排除した権力者の世界で認められようとしているのではない。フォーカスされてこなかった先祖の歴史のページを復元し、ジャンル、肌の色、性別……ビヨンセは『COWBOY CARTER』で全ての括りから自身を解放するのだ。(島岡奈央)


ビヨンセが紐解く黒人カントリー・ミュージックのルーツ

カーター家、テキサン(テキサス州民)、そしてアメリカ市民の誇りを掲げたビヨンセの新作『COWBOY CARTER』を聴いていると、カントリー・ミュージック界で封印されてきた黒人の歴史を浮き彫りにしようとする、ビヨンセの意図に気づかされる。ビヨンセはテキサスに生まれ育ち、幼い頃からカントリー・ミュージックを聴き、家族揃ってウエスタン・ファッションでヒューストンのロデオ・イヴェントに出かけていたというから、この音楽文化は彼女のアイデンティティのひとつでもあるだろうし、慣れ親しんだ文化への愛情を表現してなんら問題はないはずだ。

しかし、ビヨンセが2016年にカントリー・ミュージック・アソシエーション・アウォーズに出演し、彼女初のカントリー曲「Daddy Lessons」をディキシー・チックス(現ザ・チックス)と共に披露すると、多くの観客が激怒して暴言を吐き、カントリー・ミュージックに黒人の居場所はないと主張した。そこでビヨンセは自分がいかに招かれざる客であるかを思い知るが、批判されてこのジャンルから追い出される代わりに、自分に課されたリミットを乗り越える道を選ぶ。努力家の彼女らしいエピソードだ。

そのバッシングをきっかけにして本作の制作に至ったビヨンセは、カントリー・ミュージックにおけるアフリカ系アメリカ人のルーツをリサーチしたという。このレヴューでは、そのルーツを少し掘り下げてみたい。

わたしは1995年に渡米した際に、テキサスの北にあるカンザスに住んでいたことがある。カントリー・クラブでカウボーイ姿の白人男女が揃って踊る姿には正直びびったが、カントリー・ミュージックの州に黒人人口が意外に多いことにも驚いた。それもそのはず、南北戦争後の19世紀後半に、4万人以上の黒人が、自由と職を求めて南部から中西部カンザスに移住しているのだ。かたやテキサスの黒人は、早くは1539年にアフリカから連れて来られた記録があり、1860年には約17万人の黒人が奴隷としてテキサスに住んでいたという。

カントリー・ミュージック初期の楽器に、ヨーロッパ移民が持ち込んだヴァイオリンと、北米とカリブ諸島に奴隷として強制的に連れて来られたアフリカの移民たちが、西、中央アフリカの楽器を再現して作った弦楽器、バンジョーがある。北米初の弦楽バンドも、実は奴隷によるものだったという。ある歴史家によれば、黒人は常にカントリー・ミュージックを作ってきたし、今日カントリーと呼ばれているものは、正確には東海岸的なブルースの弦楽器の弾き方のことだったという。さらにカントリー・ミュージックというジャンルは、レコード会社やラジオ局が音楽を分類して異なるグループの人たちに売り込むためのモデルであり、当初総じてフォーク音楽だったものを、白人が作れば「ヒルビリー」、黒人が作れば「レース(黒人)レコーズ」として宣伝していたというのだ。

そして元々は牛飼いだったカウボーイは、その人口の4人に1人が黒人であったことは、あまり知られていない。鉄道の普及に伴ってカウボーイの需要が激減すると、多くの黒人カウボーイも職を失った。大衆がカウボーイのライフスタイルに魅了されるにつれて、ワイルド・ウェスト・ショー(アメリカ開拓期の西部を舞台にしたショー)やロデオの人気が高まっていくが、残った才能ある黒人カウボーイは、人種差別により表舞台に立たせてもらえなかったという。

本作で気になった曲にも触れておこう。娘のルミちゃんがせがむララバイで母の愛を歌う「PROTECTOR」。カントリーの大御所ウィリー・ネルソンのラジオ番組「SMOKE HOUR ★ WILLIE NELSON」に登場する、ブルースマンのサン・ハウスや、ロックンロールの父、チャック・ベリー。実はカードゲームの名称である「TEXAS HOLD ’EM」では、竜巻が起こって地下室に避難するシーンで、カンザスの思い出が頭をよぎる。カントリーの女王ドリー・パートンが長年ビヨンセによるカヴァーを切望していた、夫を奪おうとする女性への警告を歌い上げる「JOLENE」。不貞をした父へのジレンマ、そんな父の血が流れる自分の一面、所詮父の娘であることを切々と歌う「DAUGHTER」。黒人女性としてカントリーで初めて成功を収めたリンダ・マーテルに導かれ、ジャンルをヒップホップまで広げてクイーンビー節を炸裂させる「SPAGHETTII」。マイリー・サイラスとのコーラスが美しい「II MOST WANTED」。ぜひMVを作って欲しい、先人達へのシャウトアウト「YA YA」……。

正直、わたしは長年カントリー・ミュージックが苦手だった。それが数年前ふと聴いてみたところ、そのストーリーテリングの豊かさ、奥深さ、バラッドの美しさに、食わず嫌いでいたことを少し悔いた。そして、カントリー・ミュージックにも黒人のルーツがあったのだ。カントリー・ミュージックの再紹介に留まらず、歴史を超えて新しい対話を始めようとするビヨンセのリーダーシップに、変化し続けるアメリカを期待したい。(塚田桂子)

(参考)
https://www.pbs.org/wnet/americanmasters/history-black-artists-country-music-qriffk/26737/

https://tspb.texas.gov/prop/tcg/tcg-monuments/21-african-american-history/doc/AA_Monument_Panels.pdf

https://www.nps.gov/home/learn/historyculture/exodusters.htm#:~:text=The%20large%2Dscale%20black%20migration,it%20were%20called%20%22exodusters.%22&text=The%20post%2DCivil%20War%20era,African%2DAmericans%20of%20the%20South.

https://www.latimes.com/entertainment/music/la-et-ms-conservative-cma-beyonce-dixie-chicks-20161103-htmlstory.html

https://www.smithsonianmag.com/history/lesser-known-history-african-american-cowboys-180962144/

https://www.youtube.com/watch?v=A8eBqcSRm2s&t=205s


黒人女性がつくるカントリー音楽の未来

ビヨンセの『COWBOY CARTER』は、黒人女性の多様で自由な音楽の創造力を提示しながら、人種の境界線上に発展してきたアメリカの音楽ジャンルを再定義する作品だ。このアルバムのテーマは「祈り」である。「AMERIICAN REQUIEM」という曲から始まり「AMEN」で閉じられる。人種の境界線で分けられて発展したアメリカの音楽産業の中で、音楽の創造力が埋没されてしまった、多くの黒人女性の魂に安息の場所を提供する作品なのだ。

「AMERIICAN REQUIEM」では、ビヨンセ自身のカントリー音楽とのジレンマが「カントリーすぎると言われても、カントリーではないよねと言われ、じゃあ、私がカントリーじゃないのなら何なの?」と歌われる。アルバムの中盤の収録曲「SPAGHETTII」の冒頭では、「ジャンルはおかしい概念だよね? そうだよね? 単純でわかりやすくて。でも実際はジャンルという言葉に押し込められてしまうと感じる人もいるよね」と語られる。これを語るのは、まさに人種によって分けられたジャンルのために、注目されてこなかったリンダ・マーテルだ。彼女は、1960年代後半にビルボードのカントリー・チャートにも入るヒット曲を歌い、黒人女性として初めてカントリーの有名な公開ラジオ・ショー、『グランド・オール・オープリー』にも出演した。しかし、当時著名になった黒人男性でカントリー歌手のチャーリー・プライドとは対照的に、2010年代初めまでその存在が振り返られることはなかった。

ビヨンセは音楽ジャンルの存在を否定しているのではなく、これまでのジャンルの定義によって人々が聞く耳を持たない音楽性を持つミュージシャンがいることを主張する。さらに、黒人女性自身の定義による音楽スタイルやジャンルこそが、既存の音楽ジャンルの未来を開拓すると願う。これらを「南部の白人の音楽」として発展してきたジャンルのカントリーを使って表現するのである。

2曲目のビートルズのカヴァー曲「BLACKBIIRD」では、黒人女性による「カントリー」の定義によって、未来が開拓されるという願いが表現される。ビヨンセは、白人のビートルズが公民権運動で闘うアフリカ系アメリカ人に捧げたこの曲を、カントリーのジャンルで現在活躍する若手の黒人女性のカントリー歌手たち(タナー・アデル、レイナ・ロバーツ、ティエラ・ケネディ、ブリトニー・スペンサー)と共に歌う。彼女たちの「黒い鳥よ飛べ(Blackbird fly)」という歌声は、カントリーを創る黒人女性が未来を拓くとの強い願いに聞こえる。

「わたしはずっとカントリー・レコードを作りたかった」。かつてエタ・ジェイムズは1997年にリリースした『Love’s Been Rough on Me』のライナー・ノーツでこう語った。しかしこのアルバムを「カントリーと呼んでもいいし、カントリー・ブルースと言ってもいい。カントリー・ソウルでもいい。好きなようにしてくれたらいい」と、黒人女性がカントリー音楽を創造することが許されない社会で黒人女性として「カントリー」を自分の音楽として表現することへの戸惑いを語った。ビヨンセの『COWBOY CARTER』はジェイムズや、リンダ・マーテル、トレイシー・チャップマンたちの音楽に居場所を与える。彼女たちの足跡を讃える若手の黒人カントリー歌手と共に、アメリカのポピュラー音楽の未来を開いていくのだ。(永冨真梨)

Text By Mari NagatomiNao ShimaokaKeiko Tsukada


Beyoncé

『COWBOY CARTER』

LABEL : Parkwood Entertainment / Columbia / Sony Music
RELEASE DATE : 2024.3.29
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