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メインストリームとアンダーグラウンドに跨がって立つ、
希覯のポップスター
チャーリーXCX
オリジナル・アルバム・ガイド

「間違っているかもしれないけど、私は自分がメインストリームのトップ40の世界と、もっと左側のアンダーグラウンドな世界の両方に足場を持つ数少ないアーティストのひとりだと感じてるんだ」。2021年には「Unlock It」(『Pop 2』(2018年)収録)をTikTokで時間を超えてバイラル・ヒットさせ、あるいは後に(本人は好意的に捉えていないかもしれないが)全世界的な流行となったハイパーポップとタグ付けされたエッジの効いた音楽の中心に立つ者のひとりとなるチャーリーXCXは、『Charli』(2019年)のリリースを控え《Pitchfork》のCover Storyに登場した際、こんなことを話していた。2022年現在、最新作『CRASH』はUK、オーストラリア、アイルランド、スコットランドのチャートでトップに輝き、今やチャーリーXCXは「間違いなく」世界をリードする最もポップでエッジーなスターのひとりとなった。

1992年、チャーリーXCXことCharlotte Emma Aitchisonはケンブリッジ(UK)でスコットランド人の父とインド人の母との間に生まれ、エセックスのスタートヒルで育ち、14歳で両親のサポートを受けながら音楽活動を開始する。ブリトニー・スピアーズ、マドンナ、ジャネット・ジャクソンといったポップ・アイコンへ抱いた憧憬と、主に合法でないレイヴに足を運び、そのカルチャーに身を浸したことは後の音楽のスタイルやアティチュードに大きく影響しているだろう。特に後者はソフィーをはじめとしたクィアなアーティストたちとの共作やフェミニズムとも連なる楽曲制作の起点にもなっていよう。補足すると、チャーリーは彼女の属する世代らしく、初期から《MySpace》などインターネットを介した発信もしてきた。

幼い頃から目にしたビジネスとの交わりによってもたらされるダイナミズムと、現場で培われた反権力的で解放的なアートはチャーリーXCXの双脚となり、彼女の音楽を支えている。すでにお気づきの方もいらっしゃるだろう。その二本の脚は、同時にポップ・ミュージックが抱えるひとつの大きな軋轢、そのものである。だから彼女の音楽の歴史を振り返ることは、大袈裟に聞こえるかもしれないが、ポップ・ミュージックの軌跡を辿ることでもある。今回はチャーリーXCXのディスク・ガイドを通して、何がポップ・ミュージックをポップ・ミュージックたらしめているのか、その核心にある熱に触れてみたい。

さて、早速ディスク・ガイドへと移りたいところだが、予め読者の皆様に謝罪しなければならないことがある。すでにTURNで公開されているいくつかのディスク・ガイドは基本的に対象となるアーティストの所謂スタジオ・アルバムあるいはオリジナル・アルバムを網羅的に取り上げているが、今回は特例的にEP『Vroom Vroom』やミックステープとして発表された『Number 1 Angel』『Pop 2』も加えている。ワーカホリックで多作、なおかつビジネスとの距離感をコントロールする彼女故……とはいえ、実のところ謝罪が必要なのはそれでも足りないという点だ。正式なデビュー・アルバム『True Romance』の前に発表された『Heartbreaks and Earthquakes』『Super Ultra』といったミックステープ(それら以外にも非公式の作品がリリースされている)。また、サード・アルバムになるはずだったがマスタリングを依頼した人物から不正にリークされリリースを頓挫したという、ファンの間では『XCX World』と呼ばれる作品そのものと、そこから先行リリースされていたシングル「After the Afterparty」「Boys」。同作が頓挫した後にシングルとしてリリースされた「No Angel」「Girls Night Out」。あとはムラ・マサとの「1 Night」など重要な仕事に、この記事では及んでいない。もちろん、対象を広げてしまうと膨大な量となり、収集がつかなくなってしまうため、断腸の思いで決めたことではあるが、非常に申し訳ない限りである。今回取り上げることのできた作品たちが、その他の彼女のたくさんの音楽へと繋がるきっかけになることを願っている。(高久大輝)
(ディスクガイド原稿/天野龍太郎、井草七海、佐藤優太、高久大輝、髙橋翔哉)


『True Romance』
2013年 / Asylum / Atlantic

今となっては、華々しいキャリアの前日譚としての印象の強いファースト・アルバムだが、例えば現時点での最新作『CRASH』で初めてチャーリーXCXの音楽に触れたという方にも違和感なく響くのではないだろうか。親密なメロディ・ラインとラップ的なフロウを自在に行き来する歌唱スタイルや、80年代のエレクトロ・ポップや90年代のポップ・アイコンを衒いなく参考にする度胸ある情熱(彼女は92年生まれ)と14歳から親しんだレイヴ・カルチャーとによって育まれた音楽性。あるいはグローバルなヒット曲となった「I Love It」はヴァイヴスに合わないとの理由からアイコナ・ポップへ引き渡したというエピソードに滲む生真面目さ、トニー・スコット監督の同名映画からアルバム・タイトルを拝借してみせるポップスターらしい軽妙さに、若くして“真実の愛”を率直に綴ることを恐れぬ大胆さ……現在の彼女の持つ魅力に通ずる様々な要素がキャリアの初期から芽を出していることのわかる出来だ。主なプロデューサーとしてクレジットされているのはハイムやヴァンパイア・ウィークエンドとの仕事でも知られるアリエル・レヒトシェイドで、彼が果たした功績も見逃してはいけないだろう(彼は『CRASH』にも参加)。ちなみに彼の他には、後にチャーリーの敬愛するブリトニー・スピアーズとも仕事することになるブラッドポップことマイケル・タッカーの名前などもある。(高久大輝)

『SUCKER』
2014年 / Asylum / Atlantic

2019年ごろに多くのメディアが話題にした、女性アーティストによる “小文字タイトル” は、それらの論考によれば不確実性や脆弱性、繊細さの表出だという。チャーリーXCXが2020年に出した『how i’m feeling now』もその代表的な一例である。それとは対照的に、彼女が2014年に大文字で発表した『SUCKER』は、非常にポップで明るく力強い。スターダムへの野心が前面に出たアルバムであり、訴求力やメッセージの強さという意味で文字どおり “声の大きな” 作品といえるかもしれない。ポップロック/ポップパンク的なギターのストロークや単音のリフ、あるいは「Boom Clap」のようなタメのきいたビートに乗せられたリリックでは、あまりにストレートな愛や怒りを吐露している。

本作への参加以降のロスタム・バトマングリの八面六臂の活躍。突如叫ばれるようになったポップ・パンク・リバイバル、それに関連した(チャーリーが敬愛し、本作でもインスピレーションになっただろう)アヴリル・ラヴィーンの再評価。このように、ジャンル・クロスオーバーの時代の起点に生まれた『SUCKER』は、大袈裟に言えばこれらの変化を予見するものだった。チャーリーは本作以降、メインストリーム・ポップとエッジーなクラブ・サウンド、スターゲイトと《PC Music》と、分裂のキャリアを辿ることになる。最新作『CRASH』においても、その不安は残っていると本人は表明している。だがこの大文字で綴られたタイトルには、確固たる覚悟と新たな時代への予感を受けとらずにはいられない。(髙橋翔哉)

『Vroom Vroom』
2016年 / Vroom Vroom / Asylum

いま振り返ると実に記念碑的な作品だ。前作『SUCKER』を成功に導いた、“当時のヒットメーカーとの共作”という方法論を逸脱し、同世代の英国出身のクリエイターたちも巻き込んで、より実験的なポップスを目指すという高らかな宣言。であると同時に、レコード会社との緊張関係の末に夢と消えた“幻のサードアルバム”の失敗を暗示する賛否両論を発表直後から招いた作品でもあった。最終的にポップスを前進させるのだという野心の果て、チャーリーは集大成的な最新アルバム『CRASH』で初の全英一位を獲得した。つまり彼女は勝負に勝ったのだ。

いまはなきソフィーにとっても『Vroom Vroom』は、その短い共作歴の初期の例にあたる。発表から6年が経過し、その間にはハイパーポップというラベリングも生まれ、いまや業界のトレンドの一つになっている。だが、それでもなお二人が中心に生み出した4曲の収録曲は(プロトタイプの特権性も作用して)陳腐化を免れている。特に全曲に共通するパートごとのアレンジ/ムードのスウィッチングにおける、ソフィー作品らしい不条理なまでの振り切り方は、以降のチャーリーの作品には見られない本作の個性だ。(おそらくは今後も含めて)彼女の作品群の中で一般的なポップスの概念からは最も遠い作品かも知れない。でもだからこそ、ある極点として、この傑作は、その創造性の基準を定義し続けることになるだろう。(佐藤優太)

『Number 1 Angel』
2017年 / Asylum

音源のリークを含む紆余曲折の末、正式リリースには至らなかったサードアルバム(後にファンによって便宜上『XCX World』と名付けられた)の失敗を経て、チャーリーはアルバムを一旦諦めて2枚のミックステープを制作する。『Number 1 Angel』は、その1枚目で、《PC Music》繋がりでソフィーから引き継いだA.G.クックが収録曲の大半をプロデュース。(ミックステープは当時の業界のマジックワードで、そう呼ぶだけでレコード会社の関心を逃れて自由に制作ができたと後にチャーリーは振り返る。)

電子音楽のプロデューサーとしての性格が強いソフィーと比べて、古典的な意味でのポップスの作曲者としての志向も持つクックやダニー・L・ハールらとの共作は結果的にチャーリーの才能を自然な形で伸長。「Blame It on U」や「ILY2」といった、彼女の作品の特徴であるアンセミックなフックとエッジィな編曲が両立した楽曲を多数生み出した。また《PC Music》側についても彼らが単に奇抜なサウンドを作るだけの集団でないことが示され、最近の宇多田ヒカルとの共作(クック)にまで至る上での興味深い観察点を提供する。さらに10代のチャーリーが夢中だった《ED BANGER》の女王、Uffieを筆頭にAbra、CupcakKeといったゲストの参加は、キャリアの中で重要性を増す彼女のキュレーション能力の高さを示しており、複数の意味で関係者のその後を方向付けた作品でもある。チャーリーが真に“ナンバー・ワン”になったいま、最初に再検証すべき一枚。(佐藤優太)

『Pop 2』
2017年 / Asylum

革新的なEP『Vroom Vroom』、そして『Number 1 Angel』で行き先を決め、チャーリーは走り出した(その前後に「After the Afterparty」と「Boys」という重要なシングルを発表したが、リリースを予定していたサード・アルバムがリークされ、お蔵入りになっている)。前作からわずか9か月後にリリースされたこのミックステープの表題は、彼女の態度や意思の表明だと言える。“Pop 2”、つまり、既存のポップの次や外側を私は歌う、という宣言だ。最も重要なのは、A.G.クックがエグゼキューティヴ・プロデューサーを務め、《PC Music》周辺のプロデューサーたちがこぞって参加し、ポップの荒野の開拓を推し進めていること。ポップの重力と「自由で、速くて、実験的な世界」であるミックステープだからこその非ポップ的な過剰なサウンドとの間を綱渡りするプロダクションに乗って、チャーリーは多種多様なアーティストを招き入れて共に遊ぶ。カーリー・レイ・ジェプセンに始まる客演者たちのリストは、リリースから4年ちょっと経った今見てもぞくぞくする並びだ。「すごいゲイ・アイコン」たちとの「I Got It」は、固定観念や約束事にとらわれない欲望を肯定するヒップホップ的な讃歌。ソフィーの家で制作が始まったという「Out of My Head」では、日常的な問題を消し去ってくれる忘我のダンスへの衝動を歌い上げる。《Tiny Mix Tapes》は『Pop 2』を2010年代の作品の8位に位置づけ、クィア映画作家として知られるジェシカ・ダン・ロヴィネッリは「どんな方法でも私たちはプリティになれる」と選評を書いた。まさにそんな作品であり、それこそが、この作品が重要である理由だろう。この数年後、彼女は、良きにつけ悪しきにつけ、この作品をもってして、ハイパーポップのクイーンとみなされることになるだろう。(天野龍太郎)

『Charli』
2019年 / Asylum / Atlantic

本人の言葉通り、ここまでのキャリアで培ってきた要素の”全部盛り”的な仕上がりになった正式な3枚目。なかでもA.G.クックとのミックステープを経て血肉としたバブルガム・ベース的なアレンジは、同様にクックのプロデュースである今作でも当然ながらその支柱に。ただ、今作はそれらと似たサウンド・パレットを用いながらも明確に”ポップ化”を達成していることがポイントだ。ぐにゃりとしたエフェクトに、鞭打つような硬質なエレクトロニック・サウンドを絶妙な足し引きで自らのコントロール下に収め、『SUCKER』で築いたアンセミックなソングライティングと調和させることにも高水準で成功している。隙のなさゆえに、ある種の凸凹感のあったクックとのそれまでの仕事に比べるとかえってサラリと聴き流せてしまう側面も否めないが、今思うと、そのサラッと感こそ今作の目標だったのかもしれない。それは彼女が共鳴を見せた今作の参加アーティストたちが、皆”ポップ”のカテゴリに属しながらも、決して王道を行かない意思を持った面々であることからも窺える。表面上はサラリと聴けるポップ・ソング、だがその背後によく耳を傾けてみると一筋縄ではいかない世界が広がっている──当初構想されていた3枚目がレーベルと折り合いがつかず頓挫した経緯を思うと、メジャー・アーティストとしての彼女が求められる役割と自らの探究心を初めて理想的に昇華できたのが今作だと言えるだろうし、ゆえにセルフ・タイトルにも納得。(井草七海)

『how i’m feeling now』
2020年 / Asylum / Atlantic

チャーリーXCXのアルバムにおいて、いわゆる“まとまりの良さ”とか“完成度の高さ”といったものは、さほど重要ではない。ロックダウン下の5週間半という短期間で、制作過程を公開し、インスタライブを通じたファンとの会議によって作られたのは、アイデアが剝き出しのままパッケージされたような作品だった。バキバキなビートや音数の少なさは、“ポップ”と呼ぶにはあまりに粗野である。アルバムの構成も、「pink diamond」のつんざくようなシンセから「visions」の暴力的なエンディングに至るまで、終始荒々しい。しかし、この肩の力の抜き加減が作品を魅力溢れるものにしているあたり、それ以前もEPやミックステープによってキャリアアップしてきたチャーリーらしい。カオティックでありながら奇妙な居心地のよさがあるのは、鋭いサウンドが2020年以降の暗く塞ぎがちな気持ちに風穴を開けてくれるからだろうか。それとも加工された声の向こう側に、甘美なメロディーやムードを感じ取れるからだろうか。パンデミックは、(本人が発言しているように)恋人と過ごす時間を増やし、ファンダムとの距離を近づけ、自己を顧みる機会を与えた。ささくれ立った音とは裏腹に、本作の制作は非常に彼女の精神を元気づけたことだろう。リスナーにとっても、どうしたって情緒不安で寂しくて、苛々しがちな状況に寄り添ってくれた音楽だった。2020年という時代によってもたらされ、そして求められたアルバム。(髙橋翔哉)

『CRASH』
2022年 / Asylum / Atlantic / Warner UK

SNSでの音楽業界の悪魔に魂を売るそぶりを見せる不可解な投稿のいくつかや、あるいはリリース前夜の“They don’t build statues of critics(彼らは批評家の銅像を作らない)”というプリントTシャツを着た写真を添付したツイート、埋葬をモチーフにした「Good Ones」のMVなど、本作におけるプロモーションの数々は(メジャー・レーベルの印象操作に対する苦言や批評によって彼女にもたらされた恩恵を含む)彼女のキャリアを振り返れば非常に挑発的なものである。それはつまるところ強い覚悟の表れだった。おそらくはレーベル《Atlantic》との契約上最後のアルバムとなる、そんな節目で、チャーリーXCXはかねてより抱えていたある懸念に真正面から向き合おうとしていたのだ。曰く「私って好感の持てるアーティストかな? 意固地になり過ぎ? 見た目が奇抜過ぎ? ウザ過ぎる? あれこれ言わずに黙って一定の曲を出して正しいインタビューをすれば、もっと受け入れられて、もっと好かれて、もっと売れるのかな?」。まあ、要約してしまえば「私はみんなから愛されていないのではないか?」と。

サウンドは、表面的には前作の過剰さは薄れ、幅広く、そして文字通りポップになった。プロデューサーおよびソングライターには、マルーン5との仕事でも知られるジェイソン・エヴィガン、ジャスティン・ビーバーやデュア・リパのプロデューサーも務めるイアン・カークパトリック、何より過去のポップ・カルチャーへの憧憬を真っ直ぐ歌った「1999」(『Charli』収録)のリリックにも登場するブリトニー・スピアーズのデビュー曲「…Baby One More Time」のクレジットにマックス・マーティンと共に並ぶラミ・ヤコブなど錚々たるヒット・メイカーの名前がある。そこにお馴染みA.G.クックやOPNことダニエル・ロパティンなど曲者と呼べるプロデューサーが加わることで、聴き込めば聴き込むほどに『Vroom Vroom』以降のチャーリーらしい、捻れた音を楽しむこともできよう。

肝心のセールスはというと、UK、アイルランド、オーストラリア、スコットランドではチャートのトップに。USでもビルボード200で7位につけ、このままいけばチャーリーの抱えていた懸念は見事に払拭されるだろう。これは、ときに彼女を苦しめたメジャー・レーベルというシステムを逆手にとった、幼い頃から抱えたポップ・アイコンたちへの憧憬と、これまでのキャリアとの勇敢な“衝突”であり、アートワークで彼女が流している血は、彼女の複雑でいて大胆な行動のグロテスクで美しい成果である。(高久大輝)


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【fEATURE】
ハイパーポップ考現学
─ジャンルと言語を越えたその広がり─
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【REVIEW】
Charli XCX『how i’m feeling now』
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Charli XCX『Charli』
http://turntokyo.com/reviews/charlixcx-charli/    

Text By Ryutaro AmanoShoya TakahashiYuta SatoNami IgusaDaiki Takaku

 
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