Brent Faiyaz 初来日公演直前!
DMVエリアの系譜を継ぐ、ミスター・メランコリー
メリーランド出身のブレント・ファイヤズはアーティストとしてキャリアを開始して以来、確固とした方向性で自身のレーンを走り続けている。ベイビーフェイスや ボーイズIIメンが歌っていたような一途な恋愛についてのR&Bの時代は変わり、今では“トキシック・R&B”なんて言葉も耳にするくらい、有害な関係性を歌うリリックが現代のR&Bの特徴だ。ファイヤズは、まさにそのジャンルを確立させたアーティストとも言っていいだろう。彼が儚げなヴォーカルで歌う歌詞は、毎晩のように抱く相手が変わる話や、まるでアトランタのラッパー=フューチャーが歌うような快楽的なライフスタイルだ。自身の音楽が“トキシック”と形容されることは腑に落ちていないようだが、実際に彼の音楽はそれを代表するような立ち位置にいる。
今では大御所アーティストと肩を並べて共演している彼だが、キャリアの始まりは緩やかだった。アフリカ系アメリカ人の母親とドミニカ共和国系の父親の元に生まれ、12歳から音楽制作を始める。プロデューサーのディーパット(Dpat)とアテュ(Atu)と組んだR&Bトリオ、ソンダー(Sonder)としても2017年にEP『Into』を発表。同年に、D.C.出身のアーティスト=ゴールドリンクの楽曲「Crew」に客演で参加したことが大きなきっかけとなり、シーンから広く認知されるようになる。
そして、デビューEP『Sonder Son』の後に彼のキャリアの成功を決定づける一枚となったのが、2020年にソロでリリースした『Fuck the World』だ。筆者も初めてファイヤズの音楽を耳にしたのは、突如YouTubeのおすすめ動画で流れてきた「Fuck the World (Summer in London)」のMVだった。かなり抽象的でダウナーなトラックに、妙にマッチするテノール・ヴォーカル。今まで聞いてきたR&Bのどれとも似つかない、他の歌手のリファレンスを彷彿とさせないような、完全にブレント・ファイヤズだけの世界だった。当時24歳だったファイヤズは、首元のゴールドチェーンをフレックスするラッパーのように物質的な欲求について歌ったり、青年の視点で人生の短さについて語っていく。特に、ギターの音色がメランコリーな「Rehab (Winter in Paris)」のMVが象徴的だ。温かい日差しが差し込むアパートメントでファイヤズが優雅にシリアルを食べる中、2人の女性は彼が運ぶウィードを用意し、彼はカメオ出演するケラーニが運転する車でまた別の女性がいる家まで送ってもらう。その映像中に流れる歌詞は、「俺にはたくさんの女がいるが、君は含まれない」。『Fuck the World』はたったの26分という短さながら、世に提示する名刺としては十分な作品だった。
アンダーグラウンドの虚無的なシンガーでさえも、現代のツールの助けさえあれば、すぐさま若者のプレイリストに入ることが可能だ。2020年9月に突如リリースした「Dead Man Walking」は、TikTokでトレンドの曲となり、それまではゲートキープ(特定の物事を秘密にすること)されていたフィイヤズの音楽が、より広いレンジのリスナーに好まれていく。しかしながら、アルバム・リリースごとに作られているチョップド&スクリュード版は、OGヒップホップ・ファンの心をくすぐる仕掛けとも言え、ファイヤズがライトなリスナーだけでなく音楽フリークからも愛される秘訣だろう。
『Fuck the World』の成功によってファイヤズはファンを獲得しただけでなく、業界からの信頼も得ることとなる。2021年の1月には、DJダヒとタイラー・ザ・クリエイターが参加するシングル「Gravity」をリリース。突然のコラボレーションの興奮が冷めぬ中、さらに7月には同じくトキシックな男として有名なドレイクを客演に招き、ザ・ネプチューンズがプロデュースする楽曲「Wasting Time」をリリースし、名実ともにAリスト・ミュージシャンたちお墨付きのアーティストに成長する。そしてその翌年、これらの楽曲を含めたソフォモア・アルバム『Wasteland』を発表。作品制作中にマーティン・スコセッシやクエンティン・タランティーノの映画に影響されたということもあり、4つのスキットが組み込まれ妊娠した女性とその父親を巡ったドラマの展開するアルバムは、よりシネマティックでダークな仕上がりになっている。中でも、1997年にタランティーノが発表した映画の名前を取った「Jackie Brown」は、ファイヤズの甘いヴォーカルとノスタルジックなサウンドが絡まる珠玉の1曲だ。また、パンデミックの最中に制作した作品ということで、BLMムーヴメントや政治的な波乱が起きていた渦中で突如ハリウッドの有名人となった自身の環境や心情を反映させ、そんな混沌とした世の中を荒れ地(Wasteland)として描写したと言う。
ザ・ネプチューンズやDJダヒとすでに共作していた過去から、ファイヤズの先達に対する憧れは明らかであったが、それを証明したのが昨年発表の3枚目となるアルバム『Larger Than Life』だ。彼と同じくDMVエリア(コロンビア特別区、メリーランド州、ヴァージニア州で構成される)出身の伝説的なプロデューサー=ティンバランドのサウンド・スタイルを模した「Tim’s Intro」は、TLCの「No Scrubs」を混ぜ合わせた、なんともアイコニックなイントロで開幕する。本作は、彼自身の故郷であるDMVエリアに対するリスペクトを捧げた1枚なのだ。ヴァージニア出身のクイーン=ミッシー・エリオットとリル・グレイ(Lil Gray)を引き連れた「Last One Left」では、前者とティンバランドによる「Crazy Feelings」をサンプリングしている。これまでかというほどに90年代後期/2000年代初期のR&Bへ敬意を払う作品集でありながら、エイサップ・ロッキーやベイビーフェイス・レイといった現在進行形で活躍する面子も参加しており、まさに温故知新という言葉が当てはまるようなアルバムだ。
遂に念願のブレント・ファイヤズによる初来日公演が実現。実際に、筆者は去年の12月に彼の単独ロサンジェルス公演を見たが、9割が女性のオーディエンスは、「All Mine」、「Jackie Brown」、「Clouded」、「Fuck the World (Summer in London) 」を頭から最後まで完璧にシンガロングしていたので、ライヴに訪れるさいはぜひ前もって準備しておくことを勧める。今回のツアーはバンドセットで挑んでおり、生楽器による曲間を繋げたシームレスなトランジションが、余韻に浸る隙も与えないほどの夢心地体験をさせてくれるだろう。メディア等でも常にサングラスをしており、ライヴ中オーディエンスとのエンゲージメントが多いシンガーでは決してないが、その安定したヴォーカルは、彼がいかにプロフェッショナルなアーティストであるかを物語っている。「Clouded」で「19歳の時、俺はスーパースターだった」と歌っていた青年は、今では世界をツアーする音楽家だ。極東の地でもその姿を披露してくれるに違いない。(島岡奈央)
◾️来日公演情報
2024年1月24日(水) 恵比寿 ザ・ガーデンホール
開場18:00 / 開演19:00
https://www.livenation.co.jp/show/1444647/brent-faiyaz-it-s-a-wasteland-tour/tokyo/2024-01-24/ja
※SOLD OUT
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Text By Nao Shimaoka