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南部のヒップホップ世代の体験に根差す主体的な文化表現を記す

10 March 2022 | By Mari Nagatomi

Regina N. Bradley
Chronicling Stankonia: The Rise of the Hip-Hop South

アウトキャストは、ラップだと認識されているけどラップ以上なんだ。彼らは、ポップだし、カントリーだし、ラップでもある。全てなんだ。(中略)小さい頃からジョニー・キャッシュを聴いていた。「リノで人を殺した」と歌われていた。僕も人が撃たれるのを見てきたと思った。(中略)キャッシュの曲には銃撃シーンが多いけど、ユーモアのある曲もたくさんある。それをみんな受け入れている。それこそが、自分自身でいるという究極的な自由なんだ。自分の芸術性や感情に誠実でいることなんだ。だから、僕は彼らの音が好きなんだ

―ブランコ・ブラウン(Blanco Brown)、2019年10月30日(*1)

カントリー歌手とヒップホップ・アーティストの両方を音楽的ルーツとする黒人アーティストが、ポップ並びにカントリー・チャートで人気を得ることは、おそらく多くの音楽愛好者にとって想像し難い現象なのではないだろうか。カントリー音楽は以前から黒人音楽と認識される音楽から強い影響を受けているが、ここ10年ほどで、ヒップホップとの繋がりが楽曲やメディアを通して目立つようになった(*2) 。2020年10月現在で600万回以上ダウンロードされ、カントリー・チャートも賑わせた楽曲「ザ・ギット・アップ(The Git Up)」を2019年に発表したブランコ・ブラウン(Blanco Brown)は、その潮流を象徴するひとりである。ブラウンは、エピローグで引用しているように、ジョニー・キャッシュ(Johnny Cash)などのカントリー歌手と、今回紹介する著書で扱われているアウトキャスト(Outkast)などのサウスのヒップホップ・アーティスト(*3) に共通点を見出し、彼らの音楽をルーツとして製作する自身の音楽を「トレイラー・トラップ(Trailer Trap)」と称し活動している。ブラウンの活躍は、サウスのアーティストであるネリー(Nelly)やリュダクリス (Ludacris)が、カントリー歌手のティム・マックグロウ(Tim McGraw)、フロリダ・ジョージア・ライン(Florida Georgia Line)、ジェイソン・アルディーン(Jason Aldean)などの楽曲に参加していることとも関係がありそうだ(*4)。なぜ近年カントリー音楽がヒップホップ、特にサウスのヒップホップと近づいているのだろうか。

サウスのヒップホップは、日本では、長谷川町蔵と大和田俊之の『文化系のためのヒップホップ入門』や、渡辺志保による「トラップ・ミュージック」に関する記事に詳しい(*5) 。アメリカのメディアでもサウスのヒップホップの歴史的背景や、その発展に伴う社会や文化について紹介されているという。しかし、東西海岸のヒップホップと比べれば、日米両国の学術研究、音楽批評の場で扱われることは少ない。学術界ではさらにこの状況が顕著で、ヒューストンのヒップホップの歴史を綴る『ヒップホップ・イン・ヒューストン(Hip Hop in Houston: The Origin and the Legacy)』、ミシシッピ・デルタ地方のヒップホップシーンを記述した『レット・ザ・ワールド・リッスン・ライト(Let the World Listen Right)』などの学術書があるのみで、十分な研究が進んでいるとは言えない。(*6)。

そこで今回は、英文学者のレジーナ・N・ブラッドレーによる『クロニクリング・スタンコニア: ザ・ライズ・オブ・ザ・ヒップホップ・サウス(Chronicling Stankonia: The Rise of the Hip-Hop South)』をご紹介したい。本著では、アウトキャストやティー・アイ(T.I.)などの作品、ヒップホップと南部を扱う映像作品や小説が、「ヒップホップの南部(the hip-hop South)」(*7) と称される歴史背景と共に文学的手法で解釈され、公民権運動後の南部のヒップホップ世代の文化表現の理論化が試みられる。

サウスのヒップホップは、トラップが代表であるとされ、カントリー・ブルースでも強調された貧困やそれを克服しようとする精神性、その独特のビートや南部特有とされるゴスペルの楽曲がサンプリングされるサウンド、南部訛りを積極的に使ったラップなどを特徴とすると日本では説明されてきた(*8)。メッセージ性の強いシリアスなヒップホップの愛好者の中には、麻薬取引や一攫千金を狙う作風のイメージのために、サウスのヒップホップに距離感を感じる方も多いのかもしれない。

しかし本著では、「ヒップホップの南部」と称される歴史・文化的文脈と共に解釈されることにより、サウスのヒップホップが単にトラップに代表されるようなアンダーグラウンドな世界に憧れる者たちの音楽ではなく、1980年代から1990年代に成年となった公民権運動後の南部のヒップホップ世代の黒人の経験や感情に深く根ざした文化表現であることが示される。ブラッドレーが称する「ヒップホップの南部」の文脈は、1950年代から1960年代に展開された公民権運動とその直後の1970年代初頭の歴史において、南部のヒップホップ世代の黒人が不在であること、彼女彼らの親・祖父母世代が抱く社会・経済的成功を収める「模範的」な黒人になることへの期待への違和感から生まれたという(*9) 。本著では、このような文脈のために、彼女彼らの体験や主張の表現が、過去・現在・未来を混在させる特徴を持つことが示される(*10) 。

第1章では、アウトキャストのミュージックビデオとリリックが取り上げられ、第2章では、アウトキャストの楽曲「アクエミニ(Aquemini)」が参照された、作家キース・レイモン(Kiese Laymon)の2013年の小説『ロング・ディヴィジョン(Long Division)』が扱われる。これらの作品を通して、「ヒップホップの南部」の語りは、時制を混在させる「アフロ・フューチャリズム(Afrofuturism)」(*11)の美学を継承すると述べられる。

第3章では、アメリカ南部を舞台とするテレビ番組『アンダーグラウンド(Underground)』、クエンティン・タランティーノ(Quentin Tarantino)監督による映画『ジャンゴ繋がれざる者(Django Unchained)』、エドワード・P・ジョーンズ(Edward P. Jones)による小説『ザ・ノウン・ワールド(The Known World)』が、南部の奴隷制と現在の接続をヒップホップを通して視聴者にいかに促すかが考察される。第4章では、トラップがヒップホップ世代の南部の黒人にもたらす意味や作用が、ティー・アイの楽曲、ミシシッピ州出身の作家ジェスミン・ワード(Jesmyn Ward)による小説『ウェア・ザ・ライン・ブリーズ (Where the Line Bleeds)』と『メン・ウィ・リープト(Men We Reaped)』の解釈を通して考察される。ブラッドレーは、トラップは「模範的」に見えない、もしくは記憶する「価値もない」とされる人々が、誰の目もはばかることなく嘆き悲しむことを可能にし、人生を後悔し、その罪への赦しについて自ら考える、報いの時空間を提供する文化装置であると論じる(*12)。

本著で興味深いのは、アウトキャストやティー・アイの作品がブラッドレーの個人的な関係と共に紹介されることで、公民権運動後の南部のヒップホップ世代の黒人の体験が鮮やかに読者に蘇る点である。本著は、ブラッドレーが南部へ引っ越す場面から始まる。1998年、ブラッドレーは祖父母と父と共に暮らすために、ワシントンD.C. に近いヴァージニア州の北部からジョージア州南西の角に位置する小さな町アルバニーへ引っ越した。この町では、彼女はレジーナではなくバーネット(ブラッドレーの旧姓)家の孫娘であり、そう呼ばれることで、家族が通う教会のメンバーであることも周知された。家庭では、ジム・クロウ法下のジョージア州で育った祖父母から成績優秀で良い大学に入学し「模範的」な黒人になることを強く期待された(*13)。一方学校では、クラスメイトたちが叫んだり、笑ったり、罵り合ったりする、対照的な雰囲気があった。彼女彼らは、アウトキャストやグーディー・モブ(Goodie Mob)の曲をラップしたり、そのリリックについて議論したりしていた。学校の吹奏楽部も、フットボールの試合後のスタンド音楽としてアウトキャストの曲を演奏した。こうしてブラッドレーは、公民権運動後の南部の黒人文化を体験する。彼女たちの世代は、前世代の黒人から受ける「模範的な」黒人になることへの期待を背負いながら、前世代とは異なる方法で自由を勝ち取らなければならない時代を生きているのであった。

トラップについて論じた第4章でもそのことが読者に印象付けられる。本章は2004年にブラッドレーの父が他界する場面から始まる。ブラッドレーは、父が他界した日に、R&Bを聴きながら、現在の夫のロイと共に父を弔った。その後ブラッドレーは、父を弔う訪問客と南部の黒人の儀礼的な追悼に見合うように、父の死への悲しみを表に出さず「模範的」な人間として振る舞うことに努めていた。しかし3日後、教会で彼女をハグしようとした人に、ブラッドレーは辛く当たってしまう。その様子を見ていた祖母は、「みんな、あなたの父をどれだけ愛していたかを伝えたいし、あなたの気持ちが軽くなるように気を遣っているのよ。ちゃんとしなさい(Be nice)」とブラッドレーを叱る。しかし、ブラッドレーは「ちゃんとなんてできないよ(I can’t be nice)。お父さんが亡くなったんだよ」と答える。このような世代間の違いから来る苛立ちや、父の死に対する深い悲しみを、ロイから渡されたティー・アイのアルバム『アーバン・レジェンド(Urban Legend)』が癒してくれた。ティー・アイのトラップは、「模範的で」「ちゃんとした」南部の黒人であることを強要せず、彼女自身が感じる父の死への悲しみと怒りの波を外へと出すことを可能にしたとブラッドレーは記す(*14)。

このように著者の体験も語られることで、公民権運動後の南部の歴史において不在であったヒップホップ世代の黒人の声や体験が紹介される。おそらくそれが、本著で最も重要な点のひとつであろう。一般的に知られる南部の歴史において、南部の黒人は主体性を剥奪された形で記憶されてきた。なぜなら、一般的に語られる南部は、近代化と都市化が進む北部の対照として、牧歌的で人間味溢れる場所として美化され、同時に、南部の黒人は、奴隷制度における暴力の被害者として、当時の歴史的背景を無視した形でそのトラウマのみが強調され記憶されてきたからである(*15)。本著で、主体性を持った南部のヒップホップ世代の黒人による文化表現としてサウスのヒップホップが表現されることで、彼女彼らを取り巻く背景が、日本のサウスのヒップホップのリスナーとは大きく異なることが伝えられる。しかし同時に、サウスのヒップホップが社会・歴史・文化的背景の違いを超克し、パーソナルなレベルで日本のリスナーも魅了する音楽文化であることも印象付けられる。サウスのヒップホップの独自性と普遍性のギャップは、アメリカ合衆国の黒人の体験に根ざして発展したヒップホップを愛好する私たちの立場性について考える機会を与えるのかもしれない。

そうすれば、冒頭で紹介した、ヒップホップとカントリーという相容れないと考えられることの多いジャンルから影響を受け、アメリカ南部と共に想起されるジャンルで活躍するブランコ・ブラウンのような黒人アーティストの音楽が、単なるノベルティではなく、アトランタとジョージア州の田舎を頻繁に往来する彼の人生を真摯に描写する文化表現であると理解できる。ブラッドレーが本著で示しているように、南部の黒人は主体性を剥奪されて記憶され表象されてきた。私たちがブラウンのようなアーティストに対して首を傾げる時、私たちこそが、南部のヒップホップ世代の黒人の主体性を剥奪してきた、従来の歴史叙述や文化・社会的構造を強化してきたことを知るのである。(永冨真梨)


*1 SiriusXM VOLUME, “Blanco Brown Compares Outkast to Johnny Cash as He Dissects Country Music Culture,” YouTube video, October 30, 2019. 筆者による翻訳。ブラウンが言及しているジョニー・キャッシュの楽曲は、「フォルサム・プリズン・ブルース(Folsome Prison Blues)」である。
*2 ヒップホップとカントリー音楽の近年の近接については、Explained, Season 3, Episode 13, “Country Music.” (Netflix, 2021)INSIDER, “Why Country Music Looks And Sounds Like Hip-Hop Now,” YouTube video, December 23, 2019. が参考になる。
*3 ブラウンはアウトキャストの他に、ボーン・サグズン・ハーモニー(Bone Thugs-n-Harmony)やイーフォーティー(E40)のカントリーテーマの楽曲、ネリー、ババ・スパークス(Bubba Sparxxx)、ナッピー・ルーツ(Nappy Roots)を挙げている。Andrew R. Chow, “ ‘My Heart Makes It Country.’ Blanco Brown Talks ‘The Git Up’ and the Fusion of Country and Rap,” Time, July 27, 2019.
*4 例えば、フロリダ・ジョージア・ライン feat. ネリー「クルーズ(Cruise)」など。
*5 長谷川町蔵・大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門』(アルテスパブリッシング、2011年)、173-221; 長谷川町蔵・大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門2』(2018年、アルテスパブリッシング)、15-23 ; 渡辺志保「ヒップホップ・シーンの裏側」大和田俊之編『ポップ・ミュージックを語る10の視点』(2020年、アルテスパブリッシング)、147-176
*6 Regina N. Bradley, Chronicling Stankonia: The Rise of the Hip-Hop South (Chapel Hill: University of North Carolina Press, 2021), 100-101. Bradleyは、以下の学術研究を挙げている。Maco Faniel, Hip Hop in Houston: The Legend and the Legacy (Charleston: History Press, 2013); Ali Collen Neff, Let the World Listen Right: The Mississippi Delta Hip-Hop Story (Jackson: University of Mississippi Press, 2009); Darren Grem “The South Got Something to Say: Atlanta’s Dirty South and the Southernization of Hip-Hop America,” Southern Cultures 12, no.4 (2006): 55-73.
*7 Bradley, Chronicling, 6.
*8  長谷川・大和田『文化系のためのヒップホップ入門』(アルテスパブリッシング、2011年)、173-221; 長谷川・大和田『文化系のためのヒップホップ入門2』(アルテスパブリッシング、2018年)、15-23; 渡辺「トラップ・ミュージックとは何か」『ミュージック・マガジン』2017年8月、30-33
*9 「模範的な」は以下の記事では respectable/respectabilityの翻訳として用いられていたので使用した。本記事では、2020年公開の映画『ルース・エドガー』を通して、Chroniclingでも説明されている世代間、生い立ちの違いに起因するアメリカにおける黒人のリスペクタビリティの問題が紹介されている。「黒人は「模範的」でなければ認められないのか―映画『ルース・エドガー』が問う」『朝日新聞GLOBE』、2020年6月13日、最終閲覧日2021年11月28日
*10 Bradley, Chronicling, 6.
*11 日本語で詳述されているアフロ・フューチャリズムについては、以下を参照。大和田俊之『アメリカ音楽史――ミンストレル・ショウ、ブルースからヒップホップまで』(2011年、講談社)、207-214; 大和田俊之「テクノロジーとアメリカ音楽――アフロフューチャリズム、ゲーム音楽、YMO」大和田俊之編『ポップ・ミュージックを語る10の視点』(2020年、アルテスパブリッシング)、18-21
*12 Bradley, Chronicling, 98.
*13 Bradley, Chronicling, 1.
*14 Bradley, Chronicling, 81-83. ブラッドレーは、ロイがティー・アイ「モチベーション(Motivation)」で元気付けてくれたことも記している。
*15 Bradley, Chronicling, 65.


著者:Regina N. Bradley

刊行年:2021

タイトル: Chronicling Stankonia: The Rise of the Hip-Hop South
出版社:Chapel Hill: University of North Carolina Press

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