Review

guca owl: ROBIN HOOD STREET

2023 / WILD SIDE ENTERTAINMENT / Mary Joy Recordings
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汚れること、あるいはそれが旅であることについて

15 May 2023 | By Tatsuki Ichikawa

<誰にも奪えないものが/歌わなきゃいけないものさ/ドラッグやかわいい女/よりも僕には見せたいものが>

この世にはきれいな姿を取り繕うものが多すぎやしないだろうか。

卓越した東大阪のラッパーが曲の中でこのような言及をしたのは約4年前になる。2019年にリリースされたguca owlの楽曲「今夜はハダシデ」は、彼の作家性を見つめるのに適した作品だろう。大人を支配者と呼び、退屈な日常に呆れる若者たちの、焦燥、刹那の感情に溢れ、都市から離れた田舎と汚れた道という、その後の彼の楽曲世界に根付くレトリックが綴られている。個人的には、空虚な日常からの脱却を試み、踊り続ける権利を手放さない若者の姿は、オリヴィエ・アサイヤスが映画『冷たい水』(1994年)で描いた若者たちの姿すらも思い浮かべるのだが、この曲にはもう少しダーティーな感覚が、つまり泥の感覚が、汗の感覚があるのも事実だ。踊りにより足は汚れ、流した汗は美しいと言う。つまりは汚れることの肯定、歓迎だろう。同時に上記のリリックは、ありきたりなボースティングやハードに脚色された人生とは別の生々しさが刻まれる彼のラップの特性を端的に表している。<誰にも奪えないもの><見せたいもの>。それを新作『ROBIN HOOD STREET』では力強く示している。

泥のついた作業着が目につく。そんなアルバム・ジャケットで送る『ROBIN HOOD STREET』にはいつも通り汚れた地面があり、汚れた身体が在るだろう。そのストリートに足をつけるguca owlの言葉はストレートに言葉として、語りとして、そして対話としても耳に入ってきそうだ。

アルバムは彼の成り上がりのストーリーを巧みな構成で語っていく。田舎での生活、どん詰まり、金と生活、音楽と生活……。一昨年のEP『past & highway』はタイトル通り、男が人生を回想していくような構成が印象的だったが、あえて言うのであれば、それに対し今作は、いわば“語りの魅力”に溢れていると言いたい。こちらに語りかけてくるようなラインも含め、本作は、主人公の独白というよりも、目の前にいるその人による語り、対話という感覚が強い。ただしそこに無理強いはなく、彼は自分を、場所を、そこにある現実として、ただ映すのみである。当然のようにguca owlが試みていることは説教でも説得でもなく、自分はこうであるという事実の提示なのだ。

<そうrealは変わらないと諦めれば始まる/ならばどう見る? それだけは自由>

1曲目「ROBIN」ではユニークであることの意欲と誇示が綴られている。自らのネーム、gucaを由来に基づいた読み方(自由化)で、<君は今guca(自由か)?>と投げかけるラインが印象的だ。彼の基盤には自由がある。汚れた作業着は視覚的にある種の現実を映してもいる。だが、上述したように「今夜はハダシデ」の若者たちは自由だからこそ汚れていたとも言える。彼が描く、身につける汚れが、自由を指していた事実も存在するのだ。

このようにguca owlの作品における“汚れ”の含意はいくつかあるが一貫しているのは、汚れることを否定しないことである。環境、場所、状況からの脱却を描きながらも、そこで彼の汚れが取れるわけではない。その汚れはついたまま。逆に汚れるからこそ脱却できると、成り上がれるとでもいうように、その汚れを歓迎もしている。

<俺の夢を誰か笑え/そうすれば俺はまだ走れる>
<一番痛いところを狙え(それでなる、俺は、Special)>

彼流の成り上がりの極意を綴る6曲目「DIFFICULT」は、一筋縄ではいかない己のスタンスを提示する。3曲目「CONFIDENT」で周囲のオリジナリティのなさを嘆いていたように、彼は独自性を重んじているようだ。最終曲「SCHOOL BUS」で再び登場する“旅”も本作における重要なモチーフだが、「DIFFICULT」には彼がそれを“旅”と呼ぶ理由も明確に刻まれている。

<前例がそこにありゃ旅じゃなく観光>

一方で、本作は彼が先に進む姿だけではなく、足をすくませる瞬間も見せる。7曲目「FEAR」ではタイトル通り、彼が恐れているものについてはっきりと歌われる。<俺が何よりも恐れていたのは、勝ち負けでもなく恥でもなく、何も学べない退屈なステイ>と歌う彼は、どうやら足を止めるものにこそ恐れを感じているらしい。そんなこの楽曲は、寧ろ、刺激を受けることで前進し続ける彼のスタンスを明確にするような作品であると言えるだろう。

彼の旅は終わらなさそうだ。上述のラインに従うのであればそれが“旅”であること自体がエキサイティングであると言えるかもしれない。彼の声の生感も含め、この音楽作品に加工性は感じにくい。何よりも生の場所、生の感情を歌と言葉に刻む表現者として、彼は自由に刺激的なその旅を楽しむ。

旅の中で彼に付着する“汚れ”は現実であり、痛みや知恵、つまり経験であり、同時に自由でもあるだろう。メロディアスなフロウで、時に歌謡的に歌い上げられる彼の歌は、その瞬間、それまでいた地面から浮かび上がるような情景を観客にイメージさせる。成り上がりのストーリーにおいて、これ以上ない歌唱表現と言えるかもしれない。少なくとも、どん詰まりから脱却し旅をする彼の姿を、我々は歓迎すべきだろう。当然、その場所、地面から離れた足裏についているはずの、汚れと共に。(市川タツキ)

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