Review

田中ヤコブ: おさきにどうぞ

2020 / NEWFOLK / Mastard Records
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「楽しい」ロック・ミュージックが鳴る。

14 October 2020 | By Yasuyuki Ono

全インディー・ロック・ファン待望の一作が遂に、遂に届いた。トクマル・シューゴ主宰《TONOFON》よりリリースしたソロ一作目となる快作『お湯の中のナイフ』(2018年)から、自らもボーカル・ギターを務めるバンド、家主のファースト・アルバム『生活の礎』(2019年)を経た、田中ヤコブのセカンド・ソロ・アルバム『おさきにどうぞ』である。

本作を聴いて感じるのは、彼が鳴らすロック・ミュージックはアップ・テンポの曲であれ、ミディアム・テンポの曲であれ、何よりも「楽しい」ということ。全曲におけるグッド・メロディーがその背景としてあるのはもちろんであるが、本作のサウンドからいって、コーラス、ボーカルの多重録音とギター・サウンドの多彩性がその「楽しさ」を支えているだろう。簗島瞬(いーはとーゔ/キーボード参加)や福田喜充(すばらしか/ギター参加)、亀谷希恵(ハートカクテル/ヴァイオリン参加)といった数々のゲスト・ミュージシャンの貢献も含めた本作での多層的なサウンド・プロダクションは、ソロ・ワークといいつつも、作品にどこかコレクティブによる作品のような趣を感じさせるものにもなっている。

「ミミコ、味になる」でのネオアコ風クリーン・ギターとバウンシーなピアノの背景で響くハミングの軽やかさ。リード・トラック「THE FOG」でのエッジーなギター・サウンドとピアノに並走するコーラスのメイン・ボーカルにも負けない存在感。「膿んだ星のうた」でのスネア・ドラムとヴァイオリンによるダンサブルで多幸感のあるサウンドの演出には、アクセントになるコーラスの存在が不可欠だ。そして「TOIVONEN」の裏声に近いボーカルとコーラスの絡み合いは、例えばアメリカのホイットニーを彷彿とさせるドリーミーな質感を曲に与えている。絶妙にコントロールされたコーラス・ワークと、心を割掴みにするポップネスを軸に、本作はひとまとまりの作品としての存在感が保持されている。

さらには、「cheap holic」での正面切ったハード・ギター、「Learned Helplessness」での弾き語りにも近い素朴なアコースティック・ギターというように、ギター・ワークの多彩さも作品に飽きをもたらさず、あっという間にアルバム1枚、40分という時間を聴く人のもとから連れ去っていく。例えば上述してきたようなサウンドに『Northern Lights Southern Cross』(1975年)、『Island』(1977年)時の後期ザ・バンドのようなアーシーかつ、ポップでソフィスティケートされたサウンド・アレンジや、CSN&Yが『Déjà Vu』(1970年)で提示したコーラス、ピアノ、変幻自在なギターの相乗効果によるスケールの大きさを感じさせるサウンドを想起することもできるだろう。ただし、本作のアレンジは過剰さを全く感じさせることなく、あくまでシンプルなロック・ミュージックとして構築されている。そのうえで、多彩なギター・サウンドを万人に届くようなポップネスを保持したまま、一枚の中に落とし込むことに成功している。そこにあるのは、ここ10年、いや20年の国内における同時代的な(インディー・)ロックのサウンド中でも右に出るものはいないほどの興奮と「楽しさ」である。


「そっと駆け出そうか/駆け出したっていいのさ」(「BIKE」)、「ギアをニュートラルに/ひと休みにコーヒーを」(「LOVE SONG」)、「だって今も自分がどこに居るのか/わからないからね」(「THE FOG」)。ふらふらと、時に目的地へむかって、時にあてもなく歩き、走り続け、時に立ち止まって休むこともいいだろうと、田中ヤコブは歌う。それはきっと「道に迷うこと」、合理的に判断すれば「間違っていること」それ自体を肯定し、ときに「楽しもう」とする姿勢でもある。この歌を聴いた人が、自分の足元に広がる生活の一瞬一瞬を、否定を経由せずつかまえられるように。そのような軽やかで柔らかなメッセージにも、本作で彼が飄々と佇みながら歌う音楽が伝える感動と「楽しさ」は潜んでいる。「楽しい」ロック・ミュージック。単純だがしかし、それ以上の褒め言葉は、この音楽に見つけられない。(尾野泰幸)


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