Review

Gotch: Nothing But Love

2020 / only in dreams
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他者への愛を携えたポップ・ミュージックが鳴る

24 September 2020 | By Yasuyuki Ono

本年3月に配信リリース、去る8月29日のレコード・ストア・デイにて12インチ・レコードのA面としてフィジカル・リリースもされた「Nothing But Love」。そっと流れ出すエレクトリック・ピアノの音色のもとで「Love Love Love … …」というリリックが優しく響く。すると一瞬で、既聴感が頭をよぎる。ピアノとリリック、そして曲名から頭の中を探して、すぐにそれが何かわかる。ダニー・ハサウェイ「Love, Love, Love」(1973年)である。

フリー・ソウル文脈においても「発見」されたJ.R. ベイリー(と共同制作者であるケン・ウィリアムス)のペンによるこの曲は、マーヴィン・ゲイ『What’s Going on』(1971年)の影響を感じさせつつ、ダンサブルでスウィートな曲調が特徴的。本曲が収められた『Extention of a Man』(1973年)の邦題『愛と自由を求めて』が示すように、アフリカ系アメリカ人の権利獲得運動やベトナム反戦運動を背景とするカウンター・カルチャーの時代にあって、ダニー・ハサウェイはゴスペル・シンガーとしての出自を感じさせる情感あふれる歌声のもと本曲に乗せて普遍的な愛を歌いあげた(本曲の邦題曲名「愛のすべて」もそれを顕著に示している)。

Gotchというソロ・プロジェクトは、これまで自らのもとに姿を現す「他者」を描いてきた。例えばセカンド・アルバム『Good New Times』(2016年)に収められた「Baby, Don`t Cry」でそれは顕著だ。歌われるのは何者かになりたいと(性急なまでに)願いつつも、それが成就しなかったかもしれない「誰か」の姿。そこでは、一人一人がかつて持っていた希望を安易にくじくのではなく、しかし訪れてしまったかもしれない挫折やそれに伴う寂寞の感情をいかに救い上げていくのかという切実なテーマ性が、自らがツアーなどで訪れてきた数々の地方都市の風景を織り込んだかたちで構築されていた。

さらにファースト・アルバム『Can’t Be Forever Young』(2014年)は自身の葬式へと向かう喪服を着た自らの姿を映したアートワークを配し、自身に向けられてきた他者からの視線の(少しばかりの)不自由さから逃れようとするイメージが特徴の一つとなっている。しかし同作はそのような他者から距離を取り続けるスタンスはとらず、聴く人のすぐそばにある/隠れている「喪失」というテーマを持ってもいた。Gotch自身の日常的経験/感情から生まれた「喪失」の感覚をより一般化しながら、曲を届ける対象としての他者と、曲が届いた人の周囲にいる他者が二重になって作品の中に織り込まれていた。それらの作品を経て本稿の対象である「Nothing But Love」で歌われるのは上述したダニー・ハサウェイのような抽象度を高めた普遍的な愛の姿。上述したような前作までの諦念と喪失をも内包した本曲のリリックは「それでも私はあなたを愛す」というメタなテーマによって覆われている。それはGotchが本曲のリリックについて言及した「そこにただいるだけでいいんだよ」という存在肯定のメッセージを背景としてもいるだろう。

ここで本曲のサウンドへ耳を傾けよう。盟友、the chef cooks meのシモリョーとの共同プロデュースによる本曲は、ハイハットとスネアによる窮屈過ぎない適度な感覚を保ったビートの刻み込みによって肉感のあるグルーヴが保たれており、勘どころをついて登場する多層的なコーラス・ワークと、サウンド・バランスのとれたホーンやピアノによるアンサンブルによってGotchの歌声が立っている。このようなプロダクションはthe chef cooks meの最新作『Feeling』(2019年)のリード・トラック「Now’s the time (New Feeling)」でも類似してみられていた。シモリョー、そして知己を得たバンド・メンバーの存在が過去作における肩の力が抜けた現行のアメリカーナ、インディー・ロック的なサウンドや、セカンド・アルバムにおけるノイズやアンビエントをキーとして交えたプロダクションを経由して、本曲へ過去作と比較して相対的に濃いモダンなポップス的色彩を与える背景となっているともいえるだろう。

Gotchは本曲をひとつのパーツとし制作を進めているサード・アルバムについて「祈り」という言葉がキーになると語っている。Gotch自身によって「祈り」というタームは、ファースト・アルバムに対して自身が付与してきたキータームでもある「人間味」や「身体性」ともパラフレーズされている。それらを一音一音に込められる人間の「祈り」というワードのもとでとらえ返した本曲では、例えば上述した体を揺らす肉感のあるビートのグルーヴがその「祈り」のひとつのかたちとなっている。さらにいうならば「祈り」は祈る人間の身体を介するその始点において、「祈り」の終着点となる人間一人一人の姿をすでに含むものでもあり、今までの作品で描かれてきた「他者」は消え去ることなく「祈り」の中にその姿を見せる。抽象度を上げた普遍的なリリックとすそ野を広げたサウンド・プロダクションのもとで「他者への愛」が刻まれた本曲は、そこに埋め込まれた「人間味」≒「祈り」を背景とするポップ・ミュージックとして鳴っている。(尾野泰幸)


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