Review

REASON: New Beginnings

2020 / Top Dawg Entertainment
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REASONなりのコンシャスネス
〈迷い〉からの新たな始まり

03 December 2020 | By Sho Okuda

ポリティカル・コレクトネス(以下“PC”)全盛のこのご時世にあって、REASONはなかなかスリリングなTwitterの使い方をする。明確にPCに反するツイートをするわけではないが、何かと要求の多い女性に「だからシングルなんだよ」と言ってみたり、「当人にコントロールできないものを交際相手の男に求めるな」と女性にメッセージを発してプチ炎上してみたり(リプライ参照)。今年話題を呼んだNonameとJ. コールの一件にも“いっちょ噛み”し、ボスであるPunchのツイートをスクリーンショットしながら「キャンセルされるかもしれないから意見を持つこともできない」「相違点が1つあるだけですぐ性別の話になってしまう」「みんなお互いをすぐにキャンセルしすぎ」などと見解をツイートしていた。繰り返すが、これらのいずれも明確にPCに反するものではない。ただ、これもまた繰り返しになるが、PC全盛のこのご時世において、ずいぶん危なっかしいことをするなと思い、いつか本格的に炎上しないといいけれど……と案じながら彼のツイートを眺めているのは私だけではないはずだ。

そんなREASONの〈危なっかしさ〉は、所属レーベル《Top Dawg Entertainment》からのデビュー・アルバムとなった『New Beginnings』の「Fall」においても発露した。彼は同曲において、どんなに才能溢れるラッパーであっても、男女ともに紋切り型のラッパー像に合致することを求められるインダストリーの闇を指摘しつつ、「お前が次のマック・ミラーになるかもしれない」とラップしバックラッシュを浴びた。本件について、REASONは「マックのことは大好きで、業界として向き合うべき問題を正直に指摘したにすぎない」と説明している。

ただ、こうした〈危なっかしさ〉の裏にあるREASONの正直さ・歯に衣着せぬ姿勢は、TDEのCEO=Anthony “Top Dawg” Tiffithが間違いなく買っているものであり、REASONが同レーベル入りを果たした最大の要因でもあるようだ。実際、レーベルを信用しきれない心情を吐露した「Windows Cry」は、REASON自身もTopに聴かせることを躊躇したようだが、Topは「うちのアーティストはみな同じように感じただろうけれど、それを実際に表現したのはお前が初めてだ」と気に入り、『New Beginnings』収録に至ったのだという(参考)。

では、本作の根幹をなすのは、そうしたREASONの正直さ・歯に衣着せぬ姿勢だろうか? それが重要な要素であるのは間違いないが、より重要なのは、その正直さをもって彼が表現した〈迷い〉ではなかろうか。今作の後半には、《Dreamville Records》周辺の仕事で知られるシンガーソングライター=Merebaを招いた「Westside」をはじめとしてメロウな曲が目立つが、アルバムを通して繰り返し聴くと、序盤のストリート受けを狙ったと思しき楽曲群においても、もっと無機質に仕上げてもよさそうなビートが柔らかめに処理されていることに気づく。こうした各曲の質感は〈迷い〉を隠そうとしないREASONの言葉をお膳立てしているかのようだ。

レーベルメイトのケンドリック・ラマーがヴォーカルで参加する「Show Stop」で、REASONは「コンシャスなんてクソくらえ」と吐き捨てる。が、これは音楽を通じて大上段に構えてメッセージを発信することを避ける宣言にすぎず、コンシャスネスそのものの放棄ではないと捉えるのが正解だろう。そんな今作におけるターニング・ポイントともいえるのが、現時点で多くが明らかになっていないシンガー=Alemedaを客演に迎えた「Slow Down」だ。REASON自身も最もパーソナルな楽曲だと認める同曲において、彼はかつてパートナーとの間に子供を儲けて中絶したことや、前作収録の「Better Dayz」で題材とした友人に不誠実だった過去を告白する。痛ましい告白の曲でありながら、未来に向けて自らを改めていこうとする謙虚さが感じられる曲でもある。実際、「Slow Down」制作にあたっては「Better Dayz」の反省を活かし、リリックの題材とする女性に事前に許可を取ったことを明かしている。

「Slow Down」以降の楽曲では、言いたいことをぶちまけていた前半の楽曲群からわずかに、しかし確実な態度の変化を見せる。Isaiah RashadとJIDを招いた「Extinct」においては、典型的なセルフボーストのヴァースを披露するが、Zayの見解に反対する旨を述べつつ、JIDに自分の発言を諌めさせる構成を採っている点が新鮮だ。Vince Staplesを迎えてボスを自称する「SAUCE」でも「しくじるかもしれない」というフックの一節が不安げに響く。ニプシー・ハッスルやDom Kennedyなど西海岸のラッパーの諸作品を手がけてきたMike & Keysプロデュースの「Gossip」では、“Middle Finger REASON”を自称しながらも「親戚に秘密を暴露されてしまうかも」と不安を隠そうとしない。先述した「Windows Cry」もまさに〈迷い〉の曲である。

レーベル加入前から《TDE》のファンであったことを、REASONは公言している。先輩のケンドリックはデビュー・アルバム『Section.80』(2011年)で「俺は23年間、この地球でずっと答えを探してきた(I spent 23 years on this earth searching for answers)」と言ったが、彼もまた正直さ・歯に衣着せぬ姿勢をもって、時にコントロヴァーシャルな意見を発しながら「答えを探し」ている段階なのだと想像できる。我々が『New Beginnings』を聴くことで得られるのは、彼の「答えを探す」過程への巻き込まれ体験であり、それは一見ぶっきらぼうな外面に反して、実はずっと優しく不安定なものだ。本作と並行して制作に取り組んでいた次作はよりパーソナルな作品になることを本人が語っている。〈迷い〉を抱きながら答えを探し続けるREASONにとって、「新たな始まり」と題された今作は文字どおり序章にすぎない。(奧田翔)


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