Review

Julien Baker: Little Oblivions

2021 / Matador / Beatink
Back

「自身の弱さを認める強さ」を歌い続ける

21 March 2021 | By Yasuyuki Ono

本作を最後まで聴いたとき、ある人物の姿を想起した。パラモアのヘイリー・ウィリアムスである。2000年代のエモ、ポップ・パンクのカリスマ的ボーカリストとしての姿ではない。ひとりのシンガーソングライターとしてソロ・ワークを発表してきた、近年におけるウィリアムスの姿が、脳裏に浮かんできたのである。

ここで少しだけ近年のヘイリー・ウィリアムスの活動を振り返りたい。シンセ・ポップへと接近し、ポップ・バンドとしての可能性を提示した快作『After Laughter』(2017年)リリース前後、ウィリアムスはパラモアからのメンバー脱退や、パートナーとの離別などにより継続的な精神的不調を経験した。そのなか、ウィリアムスはセラピストを交えたメンタル・ケアの過程で初となるソロ・アルバム『Petals for Armor』(2020年)を制作、本年2月にはロックダウン環境下、自宅でウィリアムス自身で作曲と録音を行い、アコースティック・ギターとピアノを軸とした『FLOWERS for VASES / descansos』をサプライズ・リリースするなど、ソロ・ワークを積極的に展開してきた。それらの作品に収められたのは上述した精神的なセルフ・ケアの軌跡と、内省的な感覚、そして自身の弱さを受け止めることで生まれるタフネスであった。『Petals for Armor』のリード・トラックである「Simmer」で歌われる「Petals for Armor(花びらを鎧に)」という一文は脆弱さと強靭さがコインの裏表のように一人の人間の中に存在しているというのだという同作からのメッセージを端的に伝えている。

その『Petals for Armor』に収められた楽曲の中で最も目を引くのは、ジュリアン・ベイカー、フィービー・ブリジャーズ、ルーシー・ダッカスの所謂、ボーイジーニアスの三人がバックグラウンド・ボーカルで参加した「Roses/Lotus/Violet/Iris」だろう。“違う美しさを自分のと比べたりしない/自ら棘をまといはしない/昔の私には戻らない”というリリックにみられるように、そこでは過度な他者依存にも、徹底的な他者排除にも偏らない自己に照準した実存の在り方を模索するというテーマが四人の歌声が重なり合いながら歌われていた。ゲストの三人中、特にベイカーはフェイバリット・ミュージシャンとしてウィリアムスの名を挙げ、昨年は《Tiny Desk (Home) Concert》にて共演、さらにウィリアムスのソロ・ワークにおけるキー・パーソンとして言及されるなどウィリアムスと相互に影響を与えあってきた。そのような出来事を背景の一つとし、ベイカーによりこの度届けられたのが本作『Little Oblivions』である。やや結論を先取りするならば、同作に収められているのはウィリアムスが近年のソロ・ワークを通じ描いてきた「自身の弱さを認める強さ」と結びつくような歌。それが冒頭で述べたようにヘイリー・ウィリアムスの姿をこの作品から浮かび上がらせるのである。

まず、サウンド面からいえばベイカーの名前を一気に世界中まで届けた前作『turn out the lights』(2017年)にて展開されたアコースティック・ギターとピアノを中心としたミニマルな楽曲構成に大きな変化がみられることが本作の何よりもの特徴だろう。再生ボタンを押すと聴こえる一曲目「Hardline」の一音目の呻くシンセサイザーとそこから続くドラム・ビートの重なりから伝わるように、全編を通じてベイカー自身が演奏した数多くの楽器による(バンド・)サウンドが、楽曲一つ一つの深さと厚みを増し、時にダークなノイズを、時に暖かな陽光のようなピアノの音色を伴って展開していく。楽曲に応じサウンドも変化を重ねていく本作であるが、いずれもベイカーの最も優れた表現手段である歌声を埋没させることはなく、その強さとしなやかさをより一層感じさせてもくれる。

そのうえで本作のハイライトとなるのは、8曲目の「FAVOR」とそれに続く「SONG IN E」。ボーイジーニアスの二人がサブ・ボーカルとして参加している「FAVOR」では何層にも重ねられたサウンドのなかで際立つ乾いたドラムがベイカーらの歌声を先導していく。シンプルなピアノ・サウンドを中心として、前作を思わせるような空間的なエコー処理がなされたエフェクト・ボーカルが響く「SONG IN E」ではベイカーの代名詞というべきエモーショナルな歌声が混じりけなく耳へと真っすぐ届いてくる。

ベイカーは「FAVOR」で他人に生かされているだけの自分に気づき、時に傷つきながら、「SONG IN E」では自身に対する哀れみに対してノーを突きつける。そこにあるのは自分自身が小さく、弱い人間であるという認識を責めるのではなく、それを赦し、受け入れ、弱さと共に生きていく術を考える姿勢だろう。それこそが自身に生じた辛く、時に耐え難いほどの経験を綴ったファースト・アルバム『Sprained Ankle』(2016年)から本作にまで通底するベイカーのリリシズムの根源であり、「自身の弱さを認める強さ」を歌いあげてきたウィリアムスの歌とベイカーの歌が交差する地点でもある。シンガーソングライターを中心とした〈内省〉的な歌が時代の感覚を描いている現在、ベイカーが本作に至るまで伝えてきたその感覚へ連なるアクチュアリティの背後に、彼女の創作を支えてきたであろうウィリアムスの姿を、私は捉えずにはいられない。(尾野泰幸)

More Reviews

1 2 3 62