Review

Lil Yachty: Let’s Start Here.

2023 / Quality Control / Motown
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全てを歪ませる、快楽的な旅

20 February 2023 | By Tatsuki Ichikawa

眩暈がする。その眩暈は人々の気分を、世界を歪ませるだろう。それは最早、思考が介在する隙間がないような歪みにも感じる。例えば、その朦朧とする頭で、目の前のテーブルにあった何かわからないものを、腹が減ったと口の中に詰め込み頬張ってしまうくらいに。その先には酷い腹痛と頭痛、後悔が待っているかもしれないが、そんなこともお構いなしに満たされようとする。目先の欲望は毒を含んでいるかもしれない。しかし、リル・ヨッティ『Let’s Start Here.』は一貫して快楽主義的であり、思考の前に自由の感触がある。

眩暈の正体は簡単には解き明かせない。ただ少なくとも、アトランタのラッパーが本作を意図的に“歪ませて”いるのは明白だろう。まず、ジャケットの笑顔は歪んでいる。これはストーナーな「sAy sOMETHINg」のMVにも見られる印象的な歪みだ。彼はビジュアルをまず歪ませる。このまま朦朧とした頭で視界に入ったものを指摘するのであれば、大文字と小文字が違和感ある形でアンバランスに入り混じるタイトル表記はどうだろうか。彼が、些かわざとらしく表現する歪みは、当然作品のサウンドに準じている。

『Let’s Start Here.』の音風景が湛えるものは混沌とスピード。頭の中を整理して話そう。確かにピンクフロイドにも連なるようなサイケデリック・ロックの風情を身に纏いながらも(5曲目「:(failure(:」の終盤に聞こえる叫びは、かつて「The Great Gig In The Sky(虚空のスキャット)」で響いた叫びのようにも聞こえる)、例えば開幕と終幕に鳴らされる幻惑的なシンセは一味違った感触を付与する。80年代のホラー映画にでも流れてそうなこの音は、まるで長くカオティックな、そして歪んだ道の入り口と出口とでも言おうか。あるいは、3曲目「running out of time」のメロディや続く4曲目「pRETTy」のバックに聞こえる高音域の声の甘美さは、彼が『Lil Boat』(2016年)の頃からすでに持ち合わせていた声にも聞こえる。自らの特性と音楽的な趣味。各要素は混ざり合いながら、一直線に進んでいるとはとても言えない。言い換えればそこには自由がある。過去に形成されたジャンルに対する単純なオマージュからは逸脱を図る。“変化”や“コンセプト”という単語を人々の頭に連想させやすい本作において、寧ろリル・ヨッティはリル・ヨッティとして、そのカオスを、そして旅を、大いに楽しんでいるように見える。

スピードはどうだろうか。『Let’s Start Here.』が提供するのは、思考や理屈を超えたグッドな、またはバッドな感覚、そして飛距離のあるトリップである。朦朧とした頭ではスルスルと通り抜けていってしまいそうだが、そこには確かに展開があり、リスナーをギリギリのところで繋ぎ止めるだろう。メロウでリラックスした6曲目「THE zone~」と7曲目「WE SAW THE SUN!」は途切れることなく、まるで同一曲のように繋がる。作品は、このような曲間の繋ぎを他所でも仕掛け、アルバムのムードを二転三転と変化させていく。そのドライブする感覚は我々に風を感じさせるだろう。多量な情報量はスムースな感覚で目の前を通り過ぎて行く。混乱も束の間、我々は各展開で別の景色を見せつけられ、この旅にふさわしい距離が生み出される。

歪んだ作品はシラフになることを許してくれない。苛烈さと恍惚、または歌詞のモチーフに見られるセックスへの耽溺と愛の渇望。音楽的な欲望と性欲に、あくまでも忠実で、快楽的な旅のアルバムは、朦朧とする我々を、気づかぬうちに移動させる。それこそ太陽にも手が届きそうな(「REACH THE SUNSHINE.」)、できるだけ遠くの場所に。(市川タツキ)


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