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Charli XCX: how i’m feeling now

2020 / Atlantic / Asylum
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未来的なプロセスが予見するコロナ以後の世界

16 May 2020 | By Daiki Takaku

妖しく輝くピンクダイヤモンドが闇の中でレーザーを屈折させ私たちをアジテートする。ノイズ。甘美な狂騒。永遠に似た刹那と永遠など存在しないという予感。惹かれあい、身体を揺らし、触れ合う。振り返れば長く曲がりくねった道。揺るがない愛情。自己嫌悪。朝が来たらお互いを昨日より近くに感じて、まだ知らない太陽を見る──コロナ・ウイルスの感染拡大に伴い自己隔離期間に入ったチャーリー・XCXことシャーロット・エマ・エイチスンは5月15日までにこの新作を完成させることをZOOM上で自らに課しました。そして私たちが物理的な距離を保とうと努力していたその2ヵ月足らずの間、彼女はアルバム完成までのプロセスを主にSNSを通して共有しながら、アートワークのディレクションやMVの素材となる動画の募集、楽曲のステム・データを解放しリミックスを募るなど、ほとんど共作といっていいほどにファンとのやりとりを重ね、締切を守った上でついに本作を完成させました。このシャーロットとAngels(彼女は自らのファンをときおりこう呼びます)にとってのかつてなく親密な制作期間は、ポップ・ミュージックを愛しながらもそこに巣食う慣習を憎む彼女にとってひとつのショウケースともいえるでしょう。彼女は一見不自由にも思えるネット上のコミュニケーションを楽しみ、《PC Music》と100 gecs、BJ Burtonらと共にいつ始めることができるかわからないレイヴへの妄想を掻き立てます。作品そのものを含めた一連の流れはいうなれば、夜が始まる前の想像上のレイヴ。明晰夢かもしれません。

もしかすると、この様なコミュニケーションが閉鎖的な一部のファンダムの中で行われているもののように感じる、あるいはファンは彼女をカルト教祖のように崇めている、との見方があるかもしれませんが、このコミュニケーションは事実として世界に開かれたものでした。加えて過去に楽曲の不正リークに悩まされていた彼女がファンと共に自由な世界を望み続けたことの集大成でもあります。『Pop 2』のアフターパーティーで何度か披露したものの未リリースだった「party 4 u」がファンへの還元として本作に収録されていることは象徴的です。

また、この期間シャーロットは恋人と2人の親友(マネージャーでもあります)とともにLAの自宅に籠もっており、恋人であるハック・クオンは普段NYに住んでいるため、普段は遠距離恋愛でしたが、奇しくもこの緊急事態によって2人は物理的な距離を縮めました。基本的にリリックはそうして隣の部屋にいる恋人との愛の機微や変遷について綴られています。しかしどうでしょう、これはまるで隔離された私たちのことを歌っているかのようです。聴いてください、オートチューンが深くかけられたチャーリーの歌声を。聴いてください、硬い鉄が腐食していくようにグネグネと捻れるシンセサイザーの音を。それらはまるでInstagramに投稿される写真のほとんどが加工されているのと同様に不自然で自然です。私たちはもはや無意識のうちに頭の中で曖昧な境界線を引き、テクノロジーと同化して物事を意識下に置いて、ときに物理的な距離をも超えていくことができるのです。境界線は日毎に曖昧になっていきます。だからこそ、そこで自己とは何なのかを自問することで私たちは他者へ向ける想像力を培うことができるのでしょう。あなたも知ってるはずです。松戸市役所の窓口で男性が金を求めて自らに包丁を突き立てようとした裏で、4月の自殺者数は前年と比べ約20%も低下していたことを。コロナ禍で世界が露呈したものは、これまで人類の発展に寄与してきたように思えた経済が、今や人類を蝕んでいるということだけではなく、どれだけ私たちが物理的な接触にかまけて、想像力を欠いていたかということでもあったのです。『how i’m feeling now』は前作『Charli』と比較してもポジティブかつ快楽主義的に私たちが今後どうしていくべきかを問うています。「anthems」では自滅的な衝動の中、アフターコロナの世界で人々の距離がさらに縮まることを予知し、ラストソング「visions」でチャーリーは私たちよりも早く、そして明確に目的を捉えたかのごとく“I got pictures in my mind”と言い残して音の嵐の中へと消えていきます。

最後に、コロナ・ウイルスによって犠牲となった方々に、心よりお悔やみを申し上げます。いま私たちが感じていることがこの先の未来を作るはずです。(高久大輝)


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