Review

SiR: Chasing Summer

2019 / Top Dawg / RCA
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夏を追いかけて──地に足の着いたSiRが求めた“自由”

11 September 2019 | By Sho Okuda

ロサンゼルス国際空港(LAX)からわずか約5kmの所に、カリフォルニア州イングルウッドは位置する。ランドマーク的なドーナツ店《Randy’s Donuts》や、屋内競技場兼コンサート会場の《The Forum》で有名な同市の上空を、飛行機が頻繁に通り過ぎていく。同市出身のシンガーソングライター=SiRは、そのうちの1台に乗り、彼が言うところの“夏を追いかける”旅に出た。パスポートの見開き1ページがス タンプでぎっしり埋まった。そのスタンプたちは、道中でしたためた14の楽曲だ。

収録楽曲のほとんどをツアー中にレコーディングしたという、SiRの最新作『Chasing Summer』。同作をプロモートするソーシャル・メディアの投稿には、しばしば飛行機の絵文字が使われている。そのアートワークも、SiRの友人の父親が集めたクレーム・タグを敷き詰めたデザインのものだ(​参考​)。さらに、同作はパイロットの声で幕を開け、パイロットの声で幕を閉じるといった具合に、飛行機での旅というコンセプトがアルバムを通貫している。そんなSiRの旅、すなわち“夏を追いかける”ことは、​彼いわく​“自由を追う”こととほぼ同義なのだとか。「子供の頃、夏といえば完全に自由だった。学校も心配事も無くて、ただ楽しくて。俺らはみんなそれぞれのかたちで夏を追いかけてるんだよ」。なるほど、パスポートの見開き1 ページいっぱいにその名を記された14曲は、彼なりに追い求めた“自由”を形にしたものだというわけだ。

レーベルメイトのケンドリック・ラマーとの先行シングル「Hair Down」において「みんなが見ていることに気づいているけれども、気にすべき理由が見当たらない」と強気な姿勢を見せるSiR。その後の13曲ではそれぞれに異なるトピックが扱われつつも、ある意味で彼の姿勢は変わらない。例えば「That’s Why I Love You」では、互いに肉体関係以上のものを欲していることに気づきながらもそれを追い求めない複雑な男女の心情を、サブリナ・クラウディオと共に悪びれず歌い上げている。その既婚のクルーナーは、同曲は過去のことを描いたものであるから変に憶測しないでほしいと​釘を指す​が、スピードが過剰に求められ、アーティストが3日前に経験したことをそのまま曲としてアウトプットすることを期待されているような昨今のシーンにおいて、そのゲームに乗らないSiRの選択は、彼なりの“自由”を謳歌する方法のようにも思える。

TDEにサインされる前から「トラップ全盛の地勢を変え、ソウルを取り戻したい」と​語っていた​SiRは、自分がやるべきことを分かっている。とびっきりソウルフルな「You Can’t Save Me」あたりは、それこそイングルウッドのソウルフード・レストランでブランチを終え、そよ風に吹かれながらチルしているかのような気分にさせてくれる。旅を終えて彼が戻ってくるのがホームタウンの「LA」というあたりも、 地に足の着いた彼らしい。前作『November』収録の「D’Evils」で、SiRは「人生はスローモーションで生きたほうがずっとよくなる」と言っていた。その言葉どおり、今作でも彼は他人の言動に惑わされず、ゆっくりと物事を咀嚼し、形にしている。SiRがあくまで自分にとってのセラピーだと語る音楽に我々が癒されるのは、そこに安心を覚えるからなのかもしれない。(奧田翔)

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