Review

Caleb Landry Jones: Gadzooks Vol.1

2021 / Sacred Bones / Big Nothing
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ハリウッドの異能が鳴らす“自由闊達なムード”

05 October 2021 | By Kenji Komai

俳優の音楽活動といえば──とりわけハリウッドで活躍しているならばなおさら──「スターの手慰み」なるバイアスがかかりがちだが、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズに関しては、スカーレット・ヨハンソン(全曲トム・ウェイツのカヴァー・アルバムで歌手デビューをしたのを覚えてる?)と並ぶ異能だと言い切ってしまいたい。『アンチヴァイラル』『神様なんかくそくらえ』といった主役級の作品から、『スリー・ビルボード』のような助演作まで、そこにいるだけで作品に強烈な異化作用を与える役者としての存在感と、シュールなサウンドを鳴らすエッジーなミュージシャンシップ、その両方を有する、稀有な存在であるだろう(そして今年はついに、ジャスティン・カーゼル監督『Nitram』でカンヌ国際映画祭男優賞まで受賞してしまった!)。

新作は、高い評価を獲得したファースト・アルバム『The Mother Stone』(2020年)と同じく、ロサンゼルスの《Valentine Recording Studios》を舞台に、プロデューサー兼スタジオ・マネージャーのニック・ジョーダン、そしてラナ・デル・レイやキラーズとの仕事で知られるドリュー・エリクソンをストリングス&ホーンのアレンジメントとして起用。緻密でプログレッシブなプロダクションは受け継ぎながらも、テープでのレコーディングに踏み切り、アナログの音質を追求していったという。かつてビーチ・ボーイズやフランク・ザッパなどが使用した《Valentine Recording Studios》は、近年ではブラック・リップスも『Sing in a World That’s Falling Apart』(2020年)を録音し、60年代当時のヴィンテージのギアを活かしたスタジオ内の様子は、ポール・トーマス・アンダーソンが2017年に監督したハイムのスタジオライヴ映像『Valentine』で確認することができる。

テキサス州出身で、教会のワーシップ・バンドをその音楽キャリアの出発点とする彼は、幼少期にクリスチャン・ミュージックにどっぷり浸かっていたことへの反動から、よりラフで生々しい音楽へと目を向けるようになった。ひとつの楽曲にいくつものアイディアを盛り込むスタイルが、「うんざりしていた」大仰でドラマティックな教会音楽からの影響であるというのはなんとも皮肉なものだが、Gadzooks(ちくしょう)=God’s hooks(神の鉤/キリストの十字架の釘)という言葉をアルバムタイトルに据えている点にも、彼の神聖さと俗っぽさの間で揺れる心情が伺える、というのは深読みしすぎだろうか。そしてもうひとつ、映画の撮影現場で書き留めていた歌詞から膨らませていく、というソングライティングのプロセスにも触れておきたい。自身のアイディアを赴くままデモとしてレコーディングしていく宅録的な表現ではなく、脳内で熟成させ再構成しスタジオに持ち込む過程が、ポップとエクスペリメンタルの振れ幅として表現されているのは間違いない。

アルバムの後半を占める20分強の大作「This Won’t Come Back」は、スタジオでプロフェットを弾きながらこれまでの楽曲の構造や小節から解き放たれて制作したという、コーネリアスを思わせる大胆なミュージック・コンクレートだ。ドリュー・エリクソンはどのようなアルバムを作りたいかというディスカッションの際に、ヴァン・ダイク・パークスの名前を挙げたそうだが、曲ごとに目まぐるしく変化するヴォーカリゼーションとそれを支えるプロダクションともに、やりたいことを誰にも邪魔されずやっているという、自由闊達なムードがとにかく痛快だ。

最後に、燃えるような赤毛が強烈なアートワークは、ガールフレンドである気鋭アーティストKatya Zverevaによるもの。彼女は映像作家ジャクリーン・カステルによる「The Loon (A Gate Away)」のミュージック・ビデオにも参加。日本の前衛演劇やアイラ・コーエン監督によるアンダーグラウンド映画の古典『Invasion of Thunderbolt Pagoda』などからインスピレーションを受けた不穏な世界をサポートしている。 (駒井憲嗣)

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