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D Smoke: Black Habits

2020 / WoodWorks / EMPIRE
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黒人歴史月間にD Smokeが見せた、 知性と強さとファリス家の誇り

28 March 2020 | By Sho Okuda

一見幸せな家族の集合写真にしか見えない『Black Habits』のカバー・アートの写真は、D Smokeらが収監されている父=ロナルドとの面会の際に撮影されたものだという(参考)。同作リリースの数日前には数枚の写真がアートワークとして公開され、その中には、獄中のロナルドに宛てられた1通の手紙を写したものもあった。2年生のダニエル少年(=D Smoke)がしたためたその手紙には、こう綴られている。「お父さんがわるいことをしたのは知っています。でも、お父さんはもうわるいことはしません。かれにチャンスを下さい」。

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BLACK HABITS 💽 out FRI FEB. 7

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弟に《Top Dawg Entertaintment》所属のシンガーソングライター=SiR、兄にNe-Yoも認める逸材として話題となったデヴィオン・ファリス、さらに従姉妹にEP『Pillow Talk』(2015年)などで知られるTiffany Gouchéを持つD Smokeは、昨年Netflixのコンテスト番組『リズム+フロー』において初代チャンピオンの座に輝き、一気に脚光を浴びることとなった。同番組の決勝では、ピアノのソロも含めた圧巻のパフォーマンスを見せつけ優勝を飾っており、彼がいわゆる“音楽エリート”であることは疑いようのない事実だろう。実際、高校でスペイン語や音楽を教えるかたわらで、ジャヒームの「Never」のプロダクションを手がけて《ASCAP賞》を受賞するなど、早い段階から裏方として音楽業界に身を置いてきた。しかし、その事実は、彼が生まれてこの方順風満帆に生きてきたことを意味しない。『Black Habits』で語られるのは、我々が『リズム+フロー』の覇者として知るD Smokeの礎を築いた経験である。

「黒人のならわし」と題され黒人歴史月間にリリースされた本作には、D Smoke本人の言葉を借りれば、黒人として経験することの複雑さ・美しさが詰まっている(参考)。それは「誰かに殴られたらそのことを後悔させる」と唱える朝のお祈りであり、自らが属するコミュニティの繁栄への願いであり、両親が薬物中毒になった過去であり、苺のような形をした太腿への深い愛であり、神なる存在に近づくべくハイになる営みでもある。そうしたなかでブラック・エクセレンスを最も盛大に祝福している一曲が、表題曲の一つ「Black Habits I」だろう。「先人の犠牲があって初めて人は偉大になれる」と語るD Smokeは、故・2パックとその母であるアフェニ・シャクールに触れながら、幼い我が子の面倒を見るためにスティーヴィー・ワンダーとのツアーを泣く泣く断った母=Jackie Gouchéを同曲に迎えている。

また、曲間のスキットでは、先述のとおりD Smokeの幼少期に収監されていた父=ロナルドの声を聴くことができる。こうした作りやアルバムのカバー・アートを踏まえるならば、父に捧げられた「Like My Daddy」が本作のハイライトの一つであると言ってもよかろう。2パックの「Dear Mama」やカニエ・ウェストの「Hey Mama」のように母親を題材にしたヒップホップ楽曲は多くあれど、父親について語ったものは多くないなか、父としての役割を立派に務めてくれたロナルドに同曲を捧げることは、特別な意味を持つことだったのだろうと想像できる(参考)。そこで語られているのは、全力でパンチしてもびくともしない父の胸筋の強さであり、ネクタイをダブル・ウィンザーで結ぶことを教えてくれた父のかっこよさであり、ファリス家の強い絆である。

しばしばケンドリック・ラマーとも比較されるフロウを持つD Smokeは、本作でもそのスキルを存分に見せつけているが、そのケンドリックがあえて避けていると思われるド直球のウェッサイ的要素も楽しめるのは嬉しいところだ。中でも、両親がドラッグ中毒に陥った経緯が語られる、DJバトルキャットが手がけた「Sunkissed Child」では、これぞ西海岸といったトークボックスやベースラインがイングルウッドの陽射しを思い起こさせる。また、『リズム+フロー』の予選でD Smokeに「どこ出身だ?」という言葉を投げかけ不敵に笑ったスヌープ・ドッグは、本作で最もアグレッシブな「Gasper Yanga」に客演し、Kojoeの「BoSS RuN DeM」と同ネタの「Bre, Petrunko」(ブルガリアのフォークロア)をサンプルしたビートの上で、そのやりとりを想起させるかのような見事なフックを寄せている。さらに、兄=デヴィオン客演の「Fly」や弟=SiR参加の「Lights On」をはじめ、複数の曲でスペイン語のラップを披露しているが、それらはカリカチュア的なラテン要素とは無縁であり、淡々とD Smokeの頭の中にあるものを伝える媒体に徹するのみだ。スペイン語のリリックには作家の視点でアプローチするという彼の言葉を聞けば、それも納得である。

近年のメインストリームのヒップホップでは聴く機会がめっきり減った3ヴァースの曲も少なくない本作は、1時間2分の重厚な仕上がり。飽きさせない仕掛けを随所に施しているとはいえ、ややヘビーになった感もある。例えばテーマを絞って楽曲を大胆に削るなどしていれば、よりよいチャート・アクションを期待できたという指摘もあろう。しかしながら、それは同時に、D Smokeが自己紹介代わりの本作において、持てるものを惜しみなく披露してくれたことをも意味する。自宅にこもる機会が必然的に増える今、じっくり聴き込むごとにまだまだ新しいD Smokeを発見できそうな一作だ。(奧田翔)


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